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2020年12月 1日 (火)

Full Gallop改 Ⅰ

 

眼下には、砂の海が広がっている。

頭上から容赦なく照り付ける陽光に晒され、砂漠は熱く、乾いていた。地表に澱んだ熱がうねる風は、常に細かな砂を巻き上げ、水のように揺らぐ蜃気楼と相まって、辺り一面は何処も彼処も曖昧に霞んでいた。

砂の吹き込みを防ぐために、細く絞ったハッチの隙間からその海を眺め、変わりばえのしない光景に殊更じっくりと視線を泳がせてから、彼女は、心底がっかりした特大の溜息をついた。

しばらく前までは仲間達が周囲に展開し、補給やら機体の整備やらと忙しく立ち働いていたのだが、次々と出発した後に残されたのは、最早彼女だけである。見渡す限りの広大な砂漠の光景の中で、意思を持って動いているのは、彼女一人きりという有様だった。

わざわざ目視で砂漠を観察してみたのも、隙間から漏れ出す冷気に業を煮やし、唸り声を上げる空調を素気なく切ってしまったのも、詰まるところ八つ当たり紛いの暇つぶしだった。この暑さですら、完璧な室温管理の単調な快適さよりは、幾らか退屈じゃないかもなどと、ふと脳裏をよぎったりしたのだ。とはいえ、思い付くまま脈絡も無くあれこれ試してみたところで、元より気の短い質の彼女に、大した効果は望めなかった。

白い頬にくっきりと、ハッチ際の曲線が刻まれるのもお構いなしに、だらしなく顔を預けていた彼女は、やがて、蜃気楼の風景にも本格的に飽きてパイロットシートへと崩れ落ちた。居並ぶスイッチ類を器用に避けながら、ぐんにゃりとコンソール上に突っ伏し、何百回目とリピートしたように、ひまーと呟く。自分の台詞を追い掛け、砂漠から忍び込んで来る風の音に耳を澄ませていた彼女の耳に、微かな通信回線の起動音が届いた。

その瞬間、今の今まで使い古されたぬいぐるみのようだった彼女は、待望のシグナルに息を吹き返した。爆速の反射神経を遺憾なく発揮し、シート上の姿勢を整えて身体を伸ばし、エンジンのアイドリングをスタート、同時に機体姿勢を確認するパネルから、進行方向周囲のセンサーまでを視界内に把握して、手足はハンドルやアクセルを支配下に治めている。画像が映し出されるなり、獲物を目前に待てを掛けられた猟犬のような目が待ち構えているのに気が付いて、画面の向こう側の美少女は、明るい笑い声を上げた。

『千穂ちゃん、おへそ見えてる。』
「だって暑いんだよ、宮さま。砂漠のど真ん中に置き去りってひどいよー。」
タンクトップの裾をたくし上げ脇で引き結んだ姿では、コックピットの暗がりの中とはいえ、実際あまりにもラフな格好だった。規定のスーツはとっくの昔に脱ぎ捨てられて、シートの後ろに丸まっていたが、空調を切ったのは他ならぬ千穂自身である以上、理不尽にも程がある物言いである。

『ハッチ開けたりしてるからでしょ、お肌が乾燥しちゃうわ。』
「あ、バレてた。せっかく砂漠なんて珍しいところに来てるんだから、気分も味わっとこうと思って。」
『それでなくても今回の整備は大変なのに、砂が吹き込んで故障でもしたら、また叱られるから。』
「それより、ルート計算終わったんだよね? マップデータは!?」
通信画面にすり寄るようにして問いかけたものの、画面の向こう側から返されたのは、完璧に美しく整った、無言の笑顔であった。嫌な予感に引きつる千穂へと追い打ちを掛けて、宮さまと呼ばれるウェーブヘアの美少女は、微妙に楽しそうな返答を返した。

『んー、まだなの。もうちょっと。』
「ええー!?」
その言葉に打ち抜かれたように胸を押さえて、千穂は再びパイロットシートに身を投げ出した。瞬時に動かせる状態の機体をそのままに、ふて腐れて丸まっているというのもいい度胸だが、詰まるところそれは、自分の手足と同等にこの機体を操縦する、彼女ならではの技量そのものでもあった。

「ひどいよー、鉄砲玉に待機任務はひどいー。ぎぶみーごーさいんー。」
『鉄砲玉って、千穂ちゃん自分でそれを言っちゃうの?』
「だってホントのことだもん。パシリでも鉄砲玉でもいいからさ、もう発進しようよー。」
『燃料補給も簡単じゃないのに、無駄な行動は許可出来ません。いい子だから、もうちょっと待って。水瀬も、もう少しで…』

そう言いながら、画面の中の美少女の目が、一瞬横へと流れた。長い睫毛に縁取られた大きなアーモンドアイだけが、整った優しげな顔の中で、奇妙に鋭い緊張感をはらむ。それが何を意味するのか、頭で判断するより更に速く、千穂の身体は再度機体のコントロールを取り戻していた。その刹那の反応にシンクロするように、もうひとりの女性の声が、ついぞペースを崩したことのない鉄壁の冷静さのまま画面の向こうで響いた。

『千穂、マップデータ送る。』
『えっ、ちょっと待って、水瀬ってばそんな無茶』
「ひゃっほーい!!」

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