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2021年2月27日 (土)

Full Gallop改 Ⅱ

 

とっぱずれな歓声をコックピット一杯に響かせ、千穂は送信されるデータを待ち構えた。受信中を示す赤いランプの点滅に合わせて身体を揺らしながら、同時に駆動前チェックの計器類へと脅威的な速度で目を走らせ、リズミカルにスイッチを切り替えていく。

ランプが停止した一瞬の沈黙の後、暗号展開された作戦マップがモニターに表示されるが速いか、指示方向と機体角度との差を即座に把握した千穂は、お決まりの発進手順を気前よく切り上げ、勢い任せに制動を解除、少年のようにすらりと伸びた足を思い切り良く踏み込んだ。

鞭を入れられた駿馬のように、四脚の機体はエンジンの回転を跳ね上げた。重低音の唸り声を身体で計り、鳴り響くハッチ閉鎖中の警告音を無視して、千穂は無造作に駆動系を連結する。強引にパワーを投入されたマシンの脚部が、甲高い油圧の軋みを上げて突如息を吹き返し、重量級の金属機体を震わせた。次の瞬間、暗がりに沈んでいたコックピットは、眩しい熱砂の風景に塗り替えられた。

見渡す限りの砂の海ではあるが、純粋な砂の層はさほどの深さにはならない、いわゆる岩砂漠である。機械の四肢はその熱砂の足元を踏みしめ、パイロットの強引さそのままに、荒っぽく身を起こした。駆動の自由度を誇る四脚式タンクには、その跳躍力を発揮するため、死角の少ないリアルタイム三次元投影モニターが欠かせない。タンクとしては異形とも言える四脚の機体は、通常その複雑な駆動のほとんどを、オート制御に任せて運転されていた。マニュアル通りの起動を行えば、機体はしずしずと脚部を展張して、優雅に立ち上がる筈だった。

「<ミレット>、出るよー!!」
『こらっ、まだチェック終わってないのに』
「さっきからもう何べんもやってるもーん」
『大丈夫、宮さま。こっちで把握してる』

だが、安全重視でのんびりな起動が待ち切れない千穂は、自動制御を黙らせてセミマニュアルの緊急発進を仕掛けたのだ。その勢いのままの性急な最初の一歩は、しかし、ずるりと滑って背後へと流れた。どんなにパワーのあるエンジンを積んでも、さらさらと崩れる乾いた砂を踏んだのでは、当然その膂力を生かしきれない。が、僚機が次々と出発していく様子を指をくわえて眺めていた千穂は、初動のロスを目敏く読み取って予想していた。

後脚が滑るのに先んじ、機体特性であるフレキシブルな胴体回転を遺憾なく発揮して、身を捻るように斜め方向へと前脚を突き立てる。浅い砂に埋もれながらも、その下の岩肌に突き当たった手応えを梃子に、千穂は再度後脚を踏み締めて機体を安定させた。重心を下げた四脚のパワーを、今度は広い前後バランスへと投入、長めの胴体をバネに跳ね上げ、前へ投げ出すように次の一歩を確保する。

解像度の高い投影モニターとはいえ、砂と岩盤との微妙に異なる色調を読み取るのは、簡単ではない。高い視点から見下ろす.砂漠の表情を、暇つぶしの観察時間を生かして読み取りつつ、千穂は四脚を駆使して、確実に反動を得られる岩盤に目星を付けて蹴り続けた。ホバーや無限軌道に比べれば地形踏破では確実に劣る四脚の機体は、この神業のような脚部のコントロール無しには、真価を発揮することが出来ない。目的方向との誤差を把握してはいたが、当面はお構いなしである。反作用の酷い揺れを押さえ込んで、辛うじて安定を保ちながら、千穂は着実に機体速度を上げていった。

外部カメラが捉えてピット内に投影する砂漠の風景は、変わりばえのないまま、流れるように背後へと飛び去ってゆく。無限リピートのような流れから、砂の海を渡るのに充分な巡航速度に乗ったのを確認して、千穂はようやく、機体制御をオートへと譲り渡した。この四脚式タンクの脚部駆動には、人類文明の黎明期から長く蓄積されてきた、乗馬調教の脚運びが応用されている。速度や方向さえ指示すれば、相当な悪路でない限り、機体は走行条件から駆動パターンを割り出し、自己の判断で対応することが出来る。それはちょうど、馬の気の向くままに風を駆る、太古の旅人のような光景だった。

一人と一機の彼女らにとっては快適な旅路だったが、いつまでも作戦マップの目標点を無視する訳にもいかない。千穂は緩やかな遠心力の圧を感じながら機体方向を回頭し、指定された地図上の目標へと進路を修正し始めた。果てなく続くかに見えた霞む砂漠の彼方には、遥かに遠く、高い山影がおぼろに浮かび上がってくる。

僚機の先発隊は既に昨日の内に出発し、砂漠を大きく迂回してステップ地帯に出た後、高速走行を予定していた筈だった。思っていた程の速度ロスは感じられないし、これだけ飛ばせればと、ご機嫌に考えていた千穂は、ふと引っ掛かりを感じて首を傾げた。はて、そういえば、僚機の出発方向は把握して待機していた筈なのに、何故こんなに角度差があるのだろう。遅蒔きながら考え込んだ千穂の耳に、AIの合成音声のように冷静な水瀬の声が届いた。

『続けて三次元マップ送る。千穂、こっちも確認を。』
「え、三次元? 地上機で砂漠を横断するのになんで三次元?」
平地の旅をこのまま快調に踏破し、先行を追い上げる気満々だった千穂は、予想外の通信に不審の声を上げた。元より丸い瞳を更に丸々と見開きながら、千穂は思わず視線を落とし、四角く切り取られたような平面モニターを覗き込んだ。が、映っているのはロングヘアの美少女一人きりで、問題の発言はもう一人の声である。

画面の中で、傍らに座る声の主へと意味ありげな視線を投げかけていた巻き毛の美少女は、モニター越しの千穂へと視線を戻すと、指の長い白い手を頬に当てながら、これ見よがしに溜息を吐いた。
『もう、千穂ちゃんたら、本当に毎回懲りないんだから。』
「え、え、宮さま? だって砂漠から草原地帯経由で、山登りはまだ先だよね?」
『そちらのルートは先発隊に任せる。単独行動になるからそのつもりで。』
「そーゆーことは先にさー、まー、聞かないで走り始めちゃったのは…。」

データ受信中のランプを待って、千穂は追加された地図情報に目を走らせた。そして一瞬の沈黙後、先程を上回る叫び声をコックピットに響かせた。
「でー、なにこのマップ、マイナスの三次元移動ってなに?」
『千穂、速度緩めないで、その初期加速計算に入ってるから。』
『だからー、ただの地表移動の割り出しに、水瀬がこんなに手間取る訳ないでしょ。』
「えっ、それどういう意味なの宮さま、へるぷ!」
『全く、水瀬と同じ速度でデータ把握なんて出来る筈ないわ。情報共有の時間ぐらいは確保して欲しいものね。』

 

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