Oldest Trick in the Book Vol.2
例によって、技が物理的に可能か否かについては、保証致しかねます。
あくまでもフィクションということで、ご了承下さいませ。
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Oldest Trick in the Book Vol.1
Vol.2
「んだよ、やっぱ喧嘩売ってんじゃねーのかよ。」
なお言葉とは裏腹に、何処かしら浮かれたようなにやにやとした笑みの雰囲気を声音ににじませながら、柊星は手早くセンサーを回収して次のアクションへの準備に動き始めた。普段から礼儀や挨拶について、並以上に律儀で口煩いところのある王島だが、一度戦闘に入ってしまえば、その行動選択はむしろ大胆で思い切りがいい。逆に言うなら、その戦闘行動時の大混乱に、少しでも秩序を刷り込むための規律であるということを、良く理解しているからこその王島の生真面目さであるのかもしれなかった。いくら小言を繰り返されても、それに大人しく従う気配は一向に見えない柊星だったが、王島と何度か行動を共にする内に、それが王島なりの地道な戦闘準備なのであるということが、理解出来るようになってきているようだった。
「ま、いーや、先手を取ると決まったらさっさと行こうぜ。ドア方面の前衛3人は足音が軽い。速度重視で武器も小回りが効くだろう。部屋の奥、今のこのポジションに近い方は重量級だな。ドンファンが入ってるならこっち側だ。」
「ふむ、人質が中にいる可能性が否定できない以上、こちら側はまだ飛び道具が使えんな。この部屋だけでも俺達で制圧して、出来るだけ瑞穂は温存したいところだが。」
「何言ってやがんだ。人質が何処にいるのか、少なくとも視認出来る状態まで辿り着かなけりゃ瑞穂は呼べねーよ。人質が周囲にいない状態で手加減無しに瑞穂が突っ込んでみろ。下手すりゃ俺達が轢き殺されんぞ。」
「…幾らなんでも、それは言い過ぎだろう。」
「ふん、建物破壊が許可されてるなんてまたとないチャンスを、瑞穂が逃すとは思えねぇ。しかもこっちはドンファンの着用中だ。今日こそはあれの本性拝めるぜ。」
そう言いながら柊星は、小さく折りたたむようにして屈み込んでいた姿勢から、流れるような動作でドンファンの巨体を引き起こすと、そのまま天井を走る配管に向かってセンサーの視界を投げ掛けた。
辛うじて人間の形態の範疇を超えないサイズに、高機能な装備を詰め込んだ甲殻型WDドンファンは、そのパワーと引き替えに、繊細なコントロールの習得にはやや難しいところがある機体であるとされている。知覚できないものをコントロールすることは不可能であり、どんなに充実したセンサー群を機体に組み込んだとしても、それを戦闘時のリアルタイムに使いこなすのは、やはり操縦者本人の感覚であることに代わりは無いからである。実際ドンファンは、その装甲と敏捷性を武器に、巨体を生かした運用が行われることがほとんどであると王島は認識していたのだが、柊星はこの機体を、通常のWDとほとんど変わらないような滑らかさで、完全に制御しているようだった。
「うーむ、まあ脱出の余裕を考えれば、俺達だけでここをクリアしたいところなのは確かだな。」
「人質に対して手加減しなけりゃならないのはこっちの不利かもしれねーが、向こうはそう思い込んでこっちが無茶はしないだろうと舐めてかかってる。それが弛みになるんじゃねーの。」
唇を歪めた柊星の笑みが見えるようなその声を聴いて、王島はもう一度改めて、この男は敵に回したくないものだと心中で呟いた。柊星の能力は野性的な勘の良さといった、単純な偵察能力だけには留まらない。戦場において一歩速い情報を入手するということは、その旗を目印に、その後の戦闘全てが左右されることを意味する。敵を下すために最も効果的なその一撃を、何処にどう叩き込むのか、柊星の感覚は全てその一点に特化して発揮されているのではないかと、王島は考えていた。それは言うなれば、敵の喉笛に喰らいつくだけのために与えられた、生まれながらの猟犬の鼻の良さである。王島は思わず、正にこれからその餌食になろうとしている室内のWD部隊員に、一抹の同情を禁じ得なかった。
「…とはいえ2対8以上では、いくらドンファン着用でも何か手を考えんと難しいだろう。」
「まあ、そうだな。おっさんこの間、面白い奴練習してたじゃねーか。あれ、やってみようぜ。」
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”ブラッド・ハウンド”の悪名高い柊星を含んだ、最も手強い最終チームの迎撃を命じられたディフェンス側のWD部隊員達は、ちょうど建物内の配置を完了しようやく緊張も解れ、落ち着きを取り戻し始めていたところだった。一先ず安全地帯に腰を落ち着けてしまうと、次の行動へと移るタイミングを計るのは、中々に難しい。まして今回は、思っていたよりもこの研究所跡が大規模な建物で、これをノーヒントで捜索するという最初の課題がまず、極めて難しいと改めて実感出来てしまったことが、彼らの判断に影響を与え始めていた。自分に難しいことは、相手にも難しいだろうと考えるのは、人間なら誰しも無理からぬところである。人質とは別行動を取り、捜索対象を増やしてオフェンス側を攪乱すると共に、彼らが発見に手こずっている間に、侵入感知のセンサーやトラップを配置してさらに迎撃に有利な状況をセッティングするのが彼らの班の当初の予定ではあったのだが、そんな細工を準備するまでもなく、場合によっては発見すらされずに、タイムアウトになってしまうのではないかと思われるような状況だった。適当に選んで安全を確保した室内から、次のアクションへと移行するのを躊躇しているその隙を突くようにして、唐突にそれは始まることとなった。
一応は警戒の態勢をとって、密やかに室内を歩き回っていた彼らの耳に、突然、雨が窓を叩くような軽くて勢いの良い連続音が響き渡った。たたたた、というような小気味の良いその音が、分厚いスチール製の扉から響いて来るのを確認して、入り口側で前衛を務める数人が、訓練のままの反射的な行動で、そのまま突入を警戒する配置に吸い寄せられる。だが、急激に高まった彼らの緊張を裏切るかのように、突然始まったその音は、徐々にその勢いを落として小さくなっていく。そして、まるで力尽きたかのようにその音は途切れ、突入に備えてじっと身体を強ばらせていたWDダンサー達が、深い皺を眉間に刻んだ、その時だった。
突入の大音響は、予想外の場所から轟いた。ドアの付近に身を沈めた彼らの背後、廊下に面している壁に、何かを力任せに撃ち付ける鋭くて鈍い衝撃音が駆け抜けた。耐熱耐火の分厚い壁から、突如として、幾つもの黒く鋭い爪のようなものが、丸く円を描いて一斉に並んで突き出して来たのである。凄まじい勢いで壁を突き抜け、一瞬にして壁に黒々とした円を描いたその金属製の爪は、だが次の瞬間、まるで何かの冗談のように、くたりと揃って首を下げ壁にぶら下がった。余りに予想外の事態の連続に、反応以前に理解すら出来ずに一同が見守るその目前で、その黒い爪は再び息を吹き返したかのように、ぐいと揃って立ち上がる。そしてそのまま、突入のその瞬間を逆回しにしたような勢いで急激に後ろに引き絞られたかと思うと、びぃんと走ったその衝撃に耐えきれず、壁材が円形に崩れて黒い爪達と共に背後へと崩れ落ちた。廃棄の際には容易に粉砕可能なように、粉末状の新素材を焼き固めたこの手の壁材は、突き抜けるような鋭い衝撃を与えられると意外に簡単に粉砕出来る構造になっている。だがまさか、黒い爪に掴まれて破砕されることになろうとは、新素材の設計製造者達も思ってもみなかったに違いない。
ドンファンが現場に投入された当初から、王島を始めとするWD部隊員の一部は、この機体を室内戦闘用に向けて運用研究を重ねてきた。人工筋肉だけでは支えきれないような装備を組み込み、燃料を消費して動作する甲殻型WDとは言え、航空機や大型I=Dと互角に戦えるという訳では無い。むしろ、そういった大型の機体が入れない場所で、通常のWDでは不可能な運用を行うには、単純なパワーや速度と言ったスペックではなく、それをどう動かすのかという運用ノウハウこそが重要となる。人質奪還作戦という課題は、その時点からドンファンに対して要求されてきた注文であった。その一環として、如何に建物構造全体を損傷することなく、局部的に破壊して浸透するのか、そんな突入方法の議論は様々な試みを重ねられてきたもののひとつだった。王島が練習していたというのは、カーボンファイバーの捕獲用ネットの周囲に、金属製の円錐形をした錘をぐるりとぶら下げた、物騒な投網のようなものだった。これをドンファンの機械腕で加速して壁に打ち付け、爪が壁を貫いている状態で網を後方へ引き絞れば、室内に人質がいるような状況でも、極めて小規模な余波で止めることが可能である。アイデアとして面白いものだったが、網が綺麗に広がった状態で壁を貫通しなければ、突入穴のサイズを確保することが出来ない。他の隊員達が早々に諦めてしまったその企画倒れのような試作品を、王島が例によって生真面目に練習し続けていたのに、柊星は気が付いていたのである。
その律儀さが開いた十分なサイズの突入穴から、王島のドンファンの巨体が、ぬっと顔を出した。突入に備えた配置のままではあっても、ほとんど茫然自失といった前衛側の部隊員達の頭上に、錘のない、通常の捕獲用ネットがばさりと襲いかかる。今回の演習では、WDに対する被害度を測定し、これが戦闘続行不可能なレベルであると判断されると、その場で戦闘行為からは離脱させられることになっていた。目前であっと言う間に3名を無効化された後衛の面々が、辛うじて我に返ったその瞬間には、既にもう一人の天陽が、王島の機械腕によって薙ぎ倒されていた。
「柊星、後衛6名に訂正。人質はいないが、ドンファンがいるぞ!」
王島のその通信に弾かれたように、素早い動きで柊星のドンファンが壁の穴を潜り抜けた。その巨体の重量故に、歩き回ることなく停止していたのであろうディフェンス側のドンファンが、王島に向けて突進を掛ける。壮絶なパワーを誇る機械腕同士が、ががっという衝撃音を響かせて真っ向から組み合った。その側面を目指して駆け寄った柊星の機体が、突然床へと低く沈み込んだ。長い機械椀を、クラウチングスタートのように床に突き立てた柊星は、その反動を加速に変え、低い姿勢から凄まじい速度でドンファンの腰の位置へと襲いかかった。単純な速度というようなものではなく、精密にコントロールされた人型の瞬発力は、その使い方によってこそ本来のパワーを発揮するものである。人間の身長の上下に装備を追加した設計のドンファンの巨体は、もちろん通常の戦闘においては大変有利ではあったが、同じドンファンのパワーで低い位置を取られれば、さすがに耐えきれない。
横倒しになるその向こう側の天陽が、大慌てで逃げ出すのもそっちのけで、柊星は敵側のドンファンの脚部をすくい上げると、大音響を蹴立てて床へと沈み込ませた。すんでの所で柊星のタックルに巻き込まれるのから待避した王島は、素早く動いて、残る天陽を窓際へと追い詰めた。演習用に威力を弱めた銃を構え、一応は応戦行動を取ろうとした3名の天陽ではあったが、何しろ至近距離でドンファンの巨体が取っ組み合いをしている状態なのである。これを避けながら、尚かつ、その巨体の印象に反して目にも止まらぬ瞬発力を誇るドンファンの腕から、逃れるという芸当はとても出来そうになかった。
室内全ての敵側隊員の無効化を確認して、王島は改めて彼らの背後に守られていたものへと歩み寄った。壁際に設置された、恐らくはこの研究所の閉鎖に当たって、一緒に廃棄されたものであろうデスクの上には、黒いノートパソコンが置かれている。
「…ちぇっ、やっぱヒントだけか。その端末に、人質の位置情報が入ってんじゃねーの。」
喧嘩に勝った子供のように意気揚々といった気配が在り在りとにじむ柊星の声に、思わず苦笑いを浮かべながら、王島はチーム内回線を使って瑞穂を呼び出した。
「瑞穂、こちらは王島だ。まず誘導グループの9名を無効化した。人質の所在はまだ確認出来ていない。」
「<へえ、速かったですね。さすが柊星の鼻の威力というところですか。>」
「全くだ、今日はお前の日頃の苦労が、身に染みるような気がするぞ。」
「ああ? だーから喧嘩が売りたいんだったら、俺はいつでも買うぞ。」
「お前、あれだけ暴れてまだ足らんのか。瑞穂、ノートパソコンを一台抑えたんだが、情報解析を頼んでいいか。」
「<はい、了解です。映像をこちらに回して下さい。>」
瑞穂の指示に従って操作を進めると、程なくして、ディスプレイには数行の文字が浮かび上がった。
「よし、出たぞ。まあ、人質のヒントというところだな…。」
その文字を目にした王島の動作が、唐突にぴたりと停止した。柊星はその王島の横からディプレイを覗き込んで、声を上げてそれを読み上げ始めた。
「ハイ・バトルメード、身長152センチ。なんだ、ずいぶんちっちぇーな。お、建物構造図があるじゃねーか。結構気前いいぜ。」
画面に浮かび上がった、恐らくは人質の所在を表示しているのではと思われる図面を読み取っていた柊星の横で、王島が無言のまま踵を返した。そのままドンファンの巨体は、壁にぶち空けられた穴を潜り抜け、脇目もふらずに突き進んでいった。
「あっ、おいっ、ちょっと待て、おっさん! てめーが勝手な行動取ってんじゃねーよ!!」
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