Oldest Trick in the Book Vol.5
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Oldest Trick in the Book Vol.4
Vol.5
「<敵は手強い方がいいっていうのは、柊星の口癖じゃないか。>」
「どんな強敵よりてめーが見境無く突っ込んでくる方がよっぽど始末が悪いっつってんだろーがよっ!」
「<見境無いとは失礼な、柊星じゃあるまいし。突入の必要性を検討してるだけだよ。>」
「だから、わざわざ、んな物騒な必要性を検討すんな。後方支援に徹してろ。」
暇は無いと言いながらも、柊星は瑞穂と軽口の応酬を続けつつ、同時に王島のWDを引き上げて、新築棟の壁面へと張り巡らせたワイヤーにドンファンの腕を接近させる作業を、順調にこなしている。実戦を控えた柊星の、張り詰めた切れ味の沈黙を知る王島は、この程度の演習では本気を引き出すことも出来ないのかと、半ば呆れながら、ドンファンのバランスを保つべく左右対象に張られた二本のワイヤーの位置を確認し、機械腕を伸ばしてそれを掴んだ。
床に大穴を開けられた上に、天井の梁にまで大打撃を与えられた渡り廊下は、一度折れ曲がって均衡を崩してしまうと、建物壁面の壁材を道連れにもぎ取りながら、己の重さで呆気なく崩れ落ちて、改めて周囲に轟音と地響きとを轟かせた。もうもうと巻き上がる粉塵の向こう側、新築棟の壁面には、先程まで廊下だった筈の空間がぽかりと口を開けている。三階の高さからその突入口に向かって、ちょうどいい傾斜を確保して張られたワイヤーへと、雲梯のように渡りながら、王島はようやく柊星達の会話に割り込んだ。
「瑞穂、ナビを頼む。」
「<はい、失礼しました。通路は二方向、直進と右折です。どちらも突き当たりで会議場の入り口扉に到達します。距離は同じぐらいですね。>」
「会議場内部の構造は確認出来たのか。」
「<来客用の案内図を見付けました。転送します。>」
柊星と言葉の鍔迫り合いを続けながら、瑞穂もまた自分の仕事はきちんと進めていたらしい。ちょうど渡り廊下の側からの順路を示した、会議場の案内図がドンファンに送られてくると、王島と柊星とはそれに素早く目を走らせて、それぞれにぼそりと声を上げた。
「…階段状の座席配置かよ。」
「こちら側のコーナーに向かって登っているということだな。」
「<そうですね、ただ、廊下のどのあたりで階段が始まってるのかや、最終的な高さは、この案内図だけでは確認出来ません。反対側のコーナーに演壇が設置されていますが、こちらは建物の角でもあり、座席では無い壁面二方向は窓になっています。ピケで飛んだら、中が覗けるかもしれませんが。>」
「止めとけ、カーテン閉めるぐらいの時間はあっただろうぜ。会議場なら、映像撮影の設備とか無いのかよ。」
「<外部中継用の回線があった筈なんだけど、死んでる。引っ越しの時点で止めてるか、破壊されてるんだろうね。>」
「…内部配置が確認出来ない以上、廊下側から壁に穴を開けるのは危険ということか。」
「<はい、今度は行儀良く、扉からの侵入に挑戦するしかないようです。>」
渡り廊下の爆破音が鳴り響いている以上、少なくともディフェンス側に、この場所へ到達しているのだという情報までは、確実に知られてしまっている。第一ラウンドのように、フェイントを侵入経路に仕掛けられないということは、相手側に先手を譲ることを意味していた。王島は慎重にワイヤーを伝ってドンファンを前進させながら、作戦行動を組み立てるのに必要な情報を、脳裏で再確認し始めた。
「…柊星、このワイヤーで一度にドンファン二体の重量は支えられるのか。」
「無理だな、壁面の強度が保たねーんだよ。おっさんが渡り終えるまで、俺は移動出来ねーぜ。一階分高度差もあるからな、到達のタイムロスは覚悟してもらうしかねぇ。出来るだけ急ぐけどよ。」
「了解した。距離が同じなら、セオリーから言えば後続に少しでも近い右折を選ぶべきだろう。」
「普通そうだと考えて、相手が何か仕掛けるのも右折だよな。瑞穂、直進して左側の室内とかはスキャン出来てるのか。」
「<会議場一杯にジャミングが掛けられてるから、それを挟んだ向こうは確認出来てない。右折通路も現状完全チェックは難しいけど、壁面に近い分、ドンファンが進めばそっちをリレーしてスキャン範囲を拡大出来ると思う。直進だと、かなり限定的になる。>」
「条件的に、直進は通常まず選ばれない。右折に絞ってまた爆弾が設置されている可能性もあるし、その裏をかくというのも、挑戦の価値はあるかもしれんが…。」
王島はいったん言葉を切ると、研究棟の壁に開けられた大穴の上に垂れ下がった、渡り廊下の残骸に、ドンファンの機械腕を伸ばしながら、暗がりの向こうを覗き込んだ。そのまま真っ直ぐ伸びた廊下の奥には、反対側の壁側に開いているらしい窓から差し込んだ光が、遠く見えている。直進であれ右折であれ、どちらも罠が設置されている可能性は否定出来ないが、人質の安全を脅かすような無茶が出来ないのは、ディフェンス側であっても条件は同じ筈である。同じで無くては困るのだと、反射的に上がりそうになる心拍数を、ぐいと押さえ込もうとしている王島の耳に、何処か面白がっているような気配を隠した柊星の声が届いた。
「瑞穂、てめーが一番他人事で冷静だ。決めてくれ。」
「<右折を推します。データに虫食いはありますが、今のところ罠らしきものは見当たりません。直進側にはシーカーを飛ばしててもらえれば何とかこちらから監視出来ますし、挟み撃ちの場合には遅れる柊星が対応するのが順当と考えます。>」
「だそーだ、おっさん。」
「了解、右折を進む。」
「<壁際の通路なら、万が一の時には俺も援護出来ますよ。>」
「…挟み撃ちを熱烈に期待すんぞ、俺は。」
進路が決まった後の王島の行動は素早かった。綱渡りの地道さとは打って変わった流れるような動きを見せて、機械腕で開口部の縁をがっしりと掴むと、反動をつけて投げ込むかのように、一気にドンファンを建物内に突入させる。訓練で叩き込まれた無意識の動作のまま、直進側の通路にシーカーを放つと、王島は無造作に右折通路を進み始めた。窓の無いこちら側の通路は、突き当たりまで薄暗い。反射的に暗視装置の視界に切り替えた瞬間、ドンファンのシグナルと瑞穂の通信とが、王島に同時に警告を告げた。
「<王島さん、右折側のドア開きました。>」
「…こちらでも見えている。迎撃に出るのなら爆発物は無いんだろう。右折で正解のようだな。」
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