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Scarlet Leaves

 

***   幽世の花   ***

 

「榊殿!」
「…赤の媛君にはご機嫌麗しゅう」
「ごめんなさいねー、こんな夜更けにお呼び立てして」
「いえ、媛様方のお呼びとあらば」
「あら、違うでしょう? 榊にしか出来ないことで呼ばれたと、もうご存知なのでは?」

紅に染め上げられた唇が、美しい笑みの形を刻んだの見やってから、榊と呼ばれた男はその背後へと視線を投げ掛けた。天井の高いだだっ広い空間の真ん中には、場違いに古めかしい、木造の舞台が畏まっていた。二方に壁を持つ四角い舞台と、左手へと伸びる橋掛かり、だが、その壁面には何も描かれておらず、真新しい白木造りの肌を晒している。
「…山桜の能舞台、ですか」
「ええ! 急ごしらえですが、材だけは間違いないものを選ばせました。本当は、お化粧もしてあげるつもりで準備もしたんだけれど…」
白装束の女性は、舞台の周囲に雑多に並べられた機器へと目を走らせた。設置に動き回る黒ずくめのスタッフ達をちらと見たものの、だがそれを振り切るように、にこりと笑みを深めてみせる。

「折角だから、お力をお貸し頂いて、自らの花を咲かせてあげようかと。今年最後の花になるかしら」
「…そうですね、北の最果ての頃合いでしょうか」
そう呟きながら、背の高い男は舞台へと歩み寄った。古来より、楽器や船にも利用される狂いの少ない素直な木肌は、仄かな香りを放つように淡い光を放っている。男が手を伸ばして、指の長い綺麗な手を板へと置くの見て、上機嫌な笑みを浮かべた女性は、お付きの者達へきびきびとした声を上げた。
「最上の助け手がお出でなのだもの、ホロの用意はもういいわ。上位以外の技術者は下がらせなさい」
「は? しかし…」
「半端な電子機器を動かしていると、榊殿に壊されてしまうわよ」
「…申し訳ありません。装置を確認させて頂く時間が無いようですので、念のため。照明以外の機械設備は止めて頂けますか」
「は、はい。ただいま…」

「……媛様はご息災かしら」
「ええ、久也君が良く面倒を見ていますよ」
「西王殿にも一度ご挨拶に伺わなくては。襲名のご披露も無しなんて、つまらないわ」
「…佐々原殿の結界にはご注意下さい。奥屋敷の外では、あの方も手加減がありませんので」
「まあ、怖い怖い」

言葉とは裏腹な、如何にも楽しそうな笑い声を上げながら、白装束の女性はくるりと身を翻し、舞台へと続く階段を昇り始めた。鉄壁のポーカーフェイスの片隅に、極僅かな微笑の気配だけを浮かべると、男は板へと添わせた指をぴしりと揃えた。その手が、ほんの微かに上下して、板を叩く。小さな動きからは思いも寄らぬような大きな音が、舞台を覆う板全体に鳴り響いた。次の瞬間、つい今し方までは白い肌を晒していた舞台の上に、薄紅色の霞が浮かび上がる。幻のような桜色が、風に揺れるように波打ち、渦を巻いて、白い花と赤い若葉の幻を描き出す。

「騒がしい上に、せっかちだわ」

「私達を挑発しようだなんて、ねえ」

 

「準備はいいかしら」

「そうね、勿論分かっているわね」

「でも、仕方がないわ、だって」

「そうね、あの子のためだもの」

「ICG、戦域イニシアチブを奪還す」

「吾が名は緋奈、各務真名衆の一羽にして、酒場の女主人の末座に並ぶ者」

「一人で二人」

「流転を舞う」

「いざ」

「友軍を確認。竜とその巫女の物語からの助力。猫神の助力。折れたる杖、泣き虫達の落下、そして、登壇者」

「陽の出る東の舞台より、道の魔術を行使する」

「遠き黒の大地より、面々と」

「だが立ち上がることなく隠された偉大なる発明」

「摂理の美を守る吾が責を果たす」

「返してもらうわ、当然でしょ」

「投げられた骨よ」

「その全てのツールをまとい」

「人の拳に」

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