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2006年3月11日 (土)

閑話休題

……公開しようかどうか、ちょっと迷いましたが、これもひとつのけじめかもしれませんので。戦闘描写等が嫌いな方には、お勧めいたしません。

や、プレイ日記も、ちゃんと書いてますよ?

 

 

***   鎮魂歌   ***

 

遠いどこかの世界で。あるいは最も己に近いどこかで。
凄惨な戦いが繰り広げられていた。

大質量同士の激突する耳障りな衝撃が空間を叩く。在り得ない方向に強大な力をかけられた関節部が、軋んで悲鳴を上げ耐え切れずバネのように弾けて引き千切れる。人に似せて造られた鋼鉄の形が、意味の無いただの物へと堕とされてゆく。
刃の下の悲鳴。血の代わりに流れる筈のオイルが飛び散って、漂う。言葉になるより前の力任せの声が、長く尾を引いてそして唐突に断ち切られる。例え造りものの身体であろうとも。そこにある断末魔の激痛は紛れもなく本物である。かつて魂を担う器であった者たちが、世界をすら動かす青い光を撒き散らしながら、物へと還ってゆく。

覚悟の上で切り捨てる犠牲ならば、その死に責を負うことも出来ようものを。ヤガミは己の力の及ぶ領域からもぎ取られて行く仲間達の命を、為す術もなく見送るしか無かった。声を限りに叫んでいる筈なのだ。だがそれは叫びどころか音にすらなりはしない。身体を投げ出してでもその虐殺を止めようとするのだが、知覚することは出来ても、こちらからは何一つ干渉することが出来ない。それも、当然のことだ。ヤガミの身体もまた、既に破壊され命と物の境界にさらされていた。

悪夢であればそれは自らの想像力を上回ることは無いだろう。だがそんなものが及びもつかぬほどの戦場が、そこには確かに存在していた。その壮絶な戦場を縫って。

細くそれでいて決して途切れることのない歌が、銀色の糸のように流れていた。

RBとその乗り手達の残骸が漂う空間を、風のように走っているのははるかの姿だった。義体にいつもの制服の姿と、見覚えの無い仕様の希望号らしき機体がダブって見える。悪夢の世界に充ちている絶望を振り払うように懸命に飛ぶ姿は、しかし徐々に闇に絡め取られてその力を削り取られ、見る見るうちに軽やかさを奪われてゆく。

それでも澱みなく、遠い昔に聴いた不思議に懐かしい歌がその唇からこぼれている。それはか細くはあったが、かつて命であったもの達の傍らに静かに満ち、染み透り、この戦場に充満する闇の波動から守ろうとしているかのようだった。

命が命である、ただそれだけを祈る静かなる歌。

しかしその一方で戦場は確実に絶望に染め上げられてゆく。不意に、はるかの姿が小さくなり始めた。自分がはるかのいる場所から遠ざかっているのだと気が付いて、ヤガミは声のない絶叫をあげた。ひとつ、またひとつと仲間達が引き千切られて墜ちてゆく。そして気が付けば、はるかを除く全ての味方はもはや動かない骸となって虚空に漂っていた。空間に満ちているのは闘争心ですらない。目前にいるものが敵であるとも認識していない、嘲笑。遊びに飽きた子供の残虐。

その只中ではるかは静かに停止した。引き離されて行くヤガミに向かって、その口元に笑みが浮かんだような気がした。そしてはるかは背を向ける。遠ざかる仲間達を守るために最後の独りとして戦場を睥睨する。そして。

歌は途切れた。まるで自分の為の鎮魂歌は必要ないとでもいうように    

 

    ヤガミは白い光の中で目を覚ました。明るい天井が視界に写るが、自分が何処にいるのかが把握出来ない。頭の中に誰かが手を入れて掻き回しでもしたように、酷い頭痛がして思考にまとまりがつかなかった。だが耳鳴りに混じって、先程と同じ歌が聞こえるのに気が付いて、ヤガミは跳ね起きた。

周囲を見回してみると、そこは夜明けの船の医務室だった。見慣れた日常の風景と、先程までの悪夢が二重写しになっているような、強烈な違和感が拭い切れない。歌はまだ続いている。それが水槽に向かい、ヤガミに背を向けている人影から聞こえるのに気が付いて、ヤガミは息を飲んだ。先程と同じ、はるかの後ろ姿。
「ウィッカ…!」
今度こそ力の限り叫んだつもりだったのだが、声がかすれて上手く言葉が喋れない。だがはるかは気が付いて歌を止め、くるりと振り返るとヤガミに向かって微笑んだ。まるで先程までのシーンを逆回しにしたように、ヤガミには見えた。

「あ、やっと起きた。ホントにヤガミは良く倒れるね。」
いつものように軽やかに、はるかが歩み寄ってくる。その姿と、漂う骸を縫って疾走するはるかの姿が、また二重写しになった。はるかがたった独り取り残された戦場と、自分が傍らにいる日常の、どちらが現実であるのか区別がつかない。
「? どうしたの、ヤガミ。真っ青だよ。」
ヤガミの様子に気がついて、はるかが心配そうな顔になる。普段なら医療用ベッドの横でひとしきりヤガミをからかうはるかだったが、そのまま静かにベッドに腰を下ろした。
「まだ具合が悪いなら、サーラちゃん呼んで来ようか。」

はるかが手を伸ばして、そっとヤガミの額に触れた。その優しい温もりがヤガミを引き戻す。ぶれていた焦点がぴたりとあって二重写しの幻影を吹き飛ばし、ヤガミはやっと現実の確かさを取り戻した。はるかの瞳が、ヤガミの眼を覗き込んだ。その光が現実の証明であるかのように、そしてそれを喪うまいとするかのように。ヤガミは反射的に身を起こし、その勢いのままはるかの身体を抱き締めた。
「えっ、こら、ちょっと何してるのよっ。」
柔らかい髪に指を滑らせ、すらりと伸びた背中に腕を回してその暖かさを確かめる。腕の中ではるかが身もがいたが、ヤガミは力を緩めなかった。少しでも力を緩めればあの悪夢と同じように、奪い取られてしまうような気がしたのだ。
今度こそ、守り切らなくてはならない。今度こそ。己の腕の中にある温もりを。
「……頼む……少しだけ、このままで……」
かすれた声で囁くと、小さくため息をつく気配がして、緊張を解いたはるかは大人しくヤガミに身を委ねた。はるかの腕がヤガミの背に回され、ほんの少しだけ、力がこもる。
「……しょうがないなー、もう。気が済んだら、しゃんとしてね。」
言われるまでもなかった。あんな思いを再び味わう事態を回避するためなら、あらゆる努力を払おうと、ヤガミは決意していた。だが、今この瞬間だけは。ヤガミは眼を閉じ、腕の中に取り戻した命の気配を無我夢中で抱き締めていた。

そのヤガミの腕の中で。はるかはゆっくりと閉じられていた眼を見開いた。そしてじっと、虚空の戦場を見詰め続けていた。

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