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2006年7月 7日 (金)

おたんじょうび

さて、絢爛舞踏祭発売一周年ですね。プレイ日記を先に一本出したかったのですが、すいません、間に合いませんでした。
ということで唐突ですが。お祝いにちょっと変わったものでもお見せしてみようかと。

いやー、ホントはちゃんとした二次創作シリアス編の続きを書くつもりだったんですけども、まだちと後遺症が残っておりまして。何だか全然文章のコントロールが効いておりまへん。んで、どうも、へ、変なものが、混ざったような。義体割り込みまではネタだったんだけど~。あの、どっかで見たことが、とか思われた方は、気のせいですわよ、きっと。お祭りだから見逃してよ。番外編ということで、ひとつよろしくお願いいたします。あう~はるかちゃん早く戻って来てくれないかしら~。

 

 

***   Pre-ludus   ***

 

そこにはかつて、冷たく乾いてひび割れた、赤い岩の荒野が広がっていた。遠い昔のことではない。誰もが覚えているのに、日常に流されて意識しなくなってしまった記憶の中に、今も確かに存在する光景だ。風さえ吹かない見捨てられた荒野が、どこまでもどこまでも続く呪われた赤い星。

命ある者の気配を失った戦いの赤い星を哀れに思ったのか。それとも永い永い戦いの果てにこそ、再会の約束が叶うのだと証明しようとしたのか。ある日突然その戦いの星に、呪いを打ち砕く甘い命の水の音が轟きわたる。赤い地表のありとあらゆるものを押し流し飲み込んで星を揺るがし、やがて包み込んだ水には、誰かの祈りが溶けていたのだ。白い腕で戦いの星を抱いて、遠い未来の豊穣の海を夢見る、誰かの祈りが。

 

厄介で頭の痛い、時によっては胸が悪くなるような都市船での仕事の山を片付けると、ヤガミは足早に夜明けの船を目指した。既に出港時間が迫っている。太陽系総軍にリークする情報を操作し、都市船近辺での戦闘をコントロールするのは容易いことだったが、準備不足で手痛い被害を出してしまうようでは元も子もない。
都市船から離れた場所で敵艦隊に囲まれてしまうよりは、ある程度敵の情報を掴んだ上で、予測された都市船入出港時の戦闘に持ち込んでしまう戦法を選んできたが、それにも限界が迫りつつある。いったんヤガミが飛行長に納まり、飛行隊にはるかとタキガワを残したシフトは予想外に良い戦績を上げているが、それでもじりじりとRBの被害は増加しつつある。この状態からどこで戦力配置を切り替えるか、そしてはるかから、さらにもう一段上の戦闘力を引き出せるのかが、勝負の分かれ目になるだろうとヤガミは考えていた。
既にはるかはヤガミやタキガワの3倍に迫る撃墜数を叩き出している。だがそれが彼女の真の戦闘力でないことは、少なくともヤガミの目には明らかだった。そしてその驚異的な能力を解放してしまうのを、はるか自身が拒絶しているのだ、ということも。

そこまで考え、ついでに至近距離から見上げるはるかの涙に濡れた瞳まで思い出して、ヤガミは歩きながら思い切り眉をひそめた。あれ以来はるかは、見事なほどにさりげなく、しかも完璧にヤガミからの距離を確保していた。にもかかわらず、ヤガミがまいっている時には、何時の間にやら傍にいたりするのだ。そしてふとヤガミが我に返る頃にはもういなくなっている、その繰り返し。
人通りがほとんど無いのをいいことに、ヤガミは口をへの字に曲げた不機嫌丸出しの表情のまま、足音も荒く歩き続けた。街は夜から朝へと移りゆく時間を表す、薄墨色に包まれている。都市船にも朝があり、昼があり、夜があるのだ。特に光線を遮る建築物の少ない農業系の都市船では、その時間の経過は他の都市船よりもリアルに目で見ることが出来る。地球から遠く彼方に離れ、しかも海に沈めた都市船内の人工環境にさえ、人知類は故郷の星と同じ24時間の生活リズムと、それに基づく昼夜を忠実に再現して生活していた。マワスプと呼ばれる最初の入植者にして火星の支配者である人々が頑なに守り続けるそれらの習慣は、詰まるところ、そんな形骸化したしきたりを守ることに意義を感じない、火星人や他の知類との溝を確実に広げている。

とはいえ、本物の太陽が昇る朝を知っているヤガミのような人間にとっては、例え人工のそれであろうとも夜明けはやはり特別な時間だった。ヤガミは少し機嫌を直し、MAKIに連絡を取った。
「MAKI、これからそちらに帰艦する。まだ都市船内に残っている乗組員は?」
「はい、はるかがまだ戻っていません。」
「…はるか一人だけか?」
「そうです。現在は公園内にいるものと思われます。」
このところはるかは、タキガワと行動を共にしていることが多かった。飛行隊が二人体制なので当然のこととはいえ、夜明けの船の中では、睡眠中以外は常に一緒にいるような状態である。タキガワに自覚があるのかどうかは定かではないが、それはRB二機のみで戦闘を繰り返すという、タキガワの実力であっても無理を強いていることへのはるかのフォローだったのだろう。しかも同時にヤガミとしては、タキガワの目の前でははるかに込み入った話が出来ないでいるのだ。加えて外出時には複数で行動をすることを推奨しているせいもあって、最近のはるかが一人で行動していることは全くと言っていいほど無かったのだが。
ヤガミは記憶済みの都市船の構造図から、公園までのルートを思い浮かべた。食糧難の危険が少ない農業系の都市船へは移住の希望者が後を絶たなかったが、構造上大量の人口を抱え込める都市設備が整っておらず、単純な直線に近い移動ルートがほとんどになるのがこの種の都市船の特徴だった。少し遠回りすれば、公園の横を抜けて船に戻ることも可能である。ちょっと寄ってみた、という表現に無理が無いことを、言い訳がましく確認しながらも、ヤガミの足は既に方向を変えて歩き始めていた。

 

夜明け間近の広大な公園にたどり着いたものの、ヤガミは見渡す限りの芝生の原で、人影らしきものを見つけることが出来なかった。もちろん乗組員の都市船内の行動は全てMAKIに把握させているので、確認すれば現在地はおろか、行動から会話まで丸裸にするのは簡単なことだ。現に今も、ヤガミの行動がMAKIに筒抜けになっているのも承知の上である。それでもヤガミには、MAKIの情報に頼ることなくはるかを見つけることが出来そうな、奇妙な確信があった。

空だけが明るさを増し、まだ地上には薄もやが立ち込めている、そんな細やかな朝が演出された緑の風景の中を、ヤガミは湖の縁を回り込みながら、ためらいなく歩き続けた。そこを、何かが流れているのだ。風のようでいて、だが空気のように実体を伴う流れではない。にもかかわらず、そこには確かに見ることも触れることも出来ない何かが、緩やかな流れを作っている。それは歩き進むにつれて、徐々に速さを増しているかのようにも思えた。
印象派の絵のようにさり気なく配置された木立が、前方の視界を僅かにさえぎっている。その向こう側へと、ヤガミはまるで呼ばれてでもいるかのように、足を踏み入れた。

朝の光が地上に届く瞬間を再現する強い光が、辺りを照らし始めた。まがいものとはいえ、薄明かりに慣れた目に染みるような明るさに、ヤガミは目を細めた。その視界に見慣れた青い色が写る。近寄ってみると、それは間違いなく濃い青の軍服の上着だった。無造作に足元に脱ぎ捨てられているのを拾い上げ、ヤガミは違和感に顔をしかめた。太陽系総軍の軍服をはるかは思いの外気に入っていて、しかも姿勢の良いはるかに良く似合っていると密かにヤガミは思っていたのだ。剣鈴で戦う者の舞踏服だからと、はるかが笑う。それがヤガミには、彼女の決意の現れのように思えてならなかった。普段の彼女ならば、こんな風にこの軍服を扱うとは考えられない。

その時木々の間を、駆け抜けるように冴えた音が響き渡り、ヤガミははっと辺りを見回した。それが鋭く手を打つ音だということに、一瞬遅れてヤガミは気が付いた。魂に刺さるように真っ直ぐな拍の音がまた響く。方向に当たりをつけ木立を抜けたところで、ヤガミは一層眩しい光の中に、青い何かが揺らめいているのを見て、思わず立ちすくんだ。

それは水のように透明な青のヴェールを、肩から地につく程に長く泳がせ、緩やかに回りながら踊るはるかの姿だった。軍服の上着を脱ぎ捨てて、しなやかな身体の線を露にした姿は、ヤガミの良く知っているはるかとは別人のように違って見えた。細い腰を折り伏せたかと思うと、きりりと背を伸ばしてヴェールを跳ね上げる。それが勢いを失うより前に、揺らめくように回って腕を泳がせ、眩い朝の光を孕んで円を描いてゆく。それはまるで、青く光る螺旋の形の生き物のように空に遊んでいた。

そしてその合間を縫うように。途切れ途切れの歌声がその唇からこぼれていた。単純な音階を組み合わせただけの、今はもう忘れられた古い古い祈りの歌。囁くように小さな筈のその声は、まるで光に共鳴してでもいるかのように、不思議に周囲に漂いゆっくりと充ちていく。刹那きらめいて消えゆくその運命に逆らって、歌がその姿を取り戻しつつあるのだ。そしてその間にも倦む事なく、はるかの姿は水に漂う影のようにゆらゆらと回り続け、肩に掛けた薄い水色のヴェールが、緩やかに回るその姿を取り囲んで、目には見えない何かを従えて流れてゆく。その女の背に、赤味の強い長い金髪が踊るのを、ヤガミは見たような気がした。
水面に揺らぐ光のように移り変わり、千変万化、一時もその動きを止めることのない美しい青の螺旋。それは確かな此処という時空と、何処でもない幻の何処かの間に流れる青い星の川のようだった。

息を飲んだまま見とれていたヤガミの前で、だがその螺旋は、力尽きたように動きを乱した。重力の法則を擦り抜けてでもいるかと思われる程に軽やかで素早かった動きが、その重さをやっと思い出したとでも言いたげに失速する。重力という現実に絡め取られて、青いヴェールが地に沈んだ。目に見える程に大きく肩で息をつき立ち止まった後ろ姿に、ヤガミは慌てて駆け寄ろうとする。ところが。

そのヤガミに向かって振り返ったはるかは、見ず知らずの他人を見るような表情の無い視線をヤガミに投げ付けた。ヤガミはぎょっとして立ち止まった。警戒心を隠そうともせずにヤガミを見詰め返すのは、確かにはるかの顔に間違いはないのだ。ヤガミは思わず、手の中の青い制服を握り締めた。混乱するヤガミに向かって目の前の女は、はるかと同じ顔と同じ声で、はるかが口にすることはないであろう言葉を言い放った。

「ああ、貴方がソウイチロウ・ヤガミなのね。」
その突き放したかのような素っ気無い言葉に、ヤガミは凍りついた。それは確かにはるかの姿であり、はるかの声に間違いはなかった。だが、そんな風にはるかがヤガミに話しかける筈がない。
ヤガミの動揺を見抜いているとでも言いたげに、はるかと同じ顔が、探るような笑みをつくる。ヤガミの背筋に冷たいものが走った。これは、はるかではない。それは既に確信だった。義体が単なる器でしかなく、条件を満たしさえすればはるかでなくてもそれを操作出来るということは、製作者であるヤガミが一番良く知っている。だが既にはるかが介入している義体そのものを、他人が勝手にどうこう出来る筈が無いのだ。

「…お前は、誰だ。」
「さあ? わたしは誰なのかしら。勝手に付けられた名前は幾つもあるようだけど、それがわたしの名であると知っていて呼ぶものは、もう誰もいない。呼ばれることのない名前など何の意味も無い。ただ空っぽなだけ。」
歌の続きのような、不思議なイントネーションで彼女は答えた。その声は耳に馴染んだはるかのものと寸分違わず同じものだ。しかしそれは決してはるかの言葉ではなかった。
答えをはぐらかされて、ヤガミはさらに鋭い視線で相手を睨みつける。魔法のようにその右手に銃が現れた。無意識に呼吸を整え、戦闘態勢に切り替わったヤガミを見て、はるかと同じ顔が、思いがけない花を見つけた子供のように微笑んだ。
「…綺麗な殺気。」
「何故その義体に介入している。」
語気を強めながらも、そのはるかと同じ笑顔に銃口を向けることにヤガミは躊躇した。どのような方法で相手がはるかと入れ替わっているのかが分からない以上、義体の損傷がどの程度許されるのかを決めかねたのだ。そのヤガミの葛藤すら読んでいるとでも言いたげに、息を弾ませながらも、彼女はゆっくりと誘うように銃の死角となるヤガミの左側へと移動し始めた。そして、はるかの顔が、もう一度皮肉な笑みを形作る。
「この義体の中身はどうしているのかって、素直に訊いたらいいのに。」
瞬間頭に血が上ったヤガミの視界を、青いヴェールが鳥の翼のように覆い隠した。その一瞬に彼女の姿はヤガミの前から消え失せ、次の瞬間には、背後から笑いを含んだ声がかけられたのだ。
「動かないで。」
衝撃を覚悟して全身を緊張させたヤガミの背に、続いてくすくすという笑い声が追い打ちをかけた。むっとしたヤガミをなだめるように、その背に、そっと優しい手が添えらる。それに続いて、静かで真摯な祈りの言葉がヤガミの耳にも届いた。
「…旅人を導く智の星が、貴方の行方も照らしますように。」
「……?」

すっかり頭を混乱させて思考停止しているヤガミの横から、はるかの義体を操るものは余裕の笑みを浮かべながら再び姿を現した。
「少しいじめ過ぎちゃったかな。」
「その、貴女は、一体」
改めて落ち着いて観察してみても、それはやはりはるかの表情では有り得なかった。声も顔も同じであっても、その内側に宿る魂がまるで異なっているのだ。
「貴方がわたしに何も望まないなら、わたしは貴方にとっては何者でもない。ただ貴方の為に祈って欲しいと願う者がいたから、わたしはその言葉を聞いた、それだけよ。」
「…はるかが?」
「そう、わたしと同じもう一つの名を持つ者の願いを聞き、わたしはここへ来た、それだけ。」
「じゃあ、はるかは何処に。」
彼女はその質問に直ぐには答えず、ヤガミの目を真っ直ぐに覗き込んだ。もしかしたらその不思議な瞳の色だけは、この二人は似ているかもしれないと、ふとヤガミは思った。火星の海のように深いその奥底に、青く揺らめく何ものかを隠した人ならざるものの瞳。
「ちょっと今は迷子のようね。でも、あの娘はここへ戻って来るわ。まだやらなくてはならないことが残っているから。」
彼女はヤガミの目を見据えたまま、すうっとその眼差しを研ぎ澄ませた。抜き身の刃のように鋭利な視線を突き付けられ、背後を取られた方がまだましという程の圧倒的な緊張感に、ヤガミは思わず喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。
「それが善きことなのか、悪しきことなのか、貴方達が決めるのね。後悔することのないように。」
「それはどういう…。」
「例え目の前に答えがあっても、それを理解しようとしないものには、答えは永遠に見つからない。わたしは先に箱船に戻っているから、頭を冷やしながら一人で帰って来たらいいわ。」
それだけを言い放つと、もう仕事は終わりだとでも言うように彼女はくるりとヤガミに背を向けた。長いヴェールを手慣れた仕草でまとめ上げて、驚くほどに小さくなったその布地は、不思議なことにただの白いヴェールのように見えた。それから彼女は少しだけ表情を緩めると、立ち尽くしているヤガミに再び話しかけた。
「貴方は今日、はるかに会いたいと思ってここへ来たんじゃないの? その自分の気持ちを、何故蔑ろにするの。想いを伝え合うということは、本当に、そんなに難しいことなのかしら。」
「…貴女が、何を知っていると言うんだ。」
「そう? だったら、自分は何もかも知っているとでも、思っているのね。」
ヤガミに言い返せる言葉は無かった。はるかの義体を操るものは、そのヤガミを残したまま、音もなく姿を消した。ヤガミは自分の手の中に残された青い上着を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「…それでも、俺にはこれしか方法が無かったんだ。」

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