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2007年3月13日 (火)

献上品

はうあー、さすがおねーさま、こちらの弱点はきっちり分かってらっしゃる、あうあう。

お題
「ラブコメ。それも格好良く。」

 

にしても、おねーさまも我が身を省みず、捨て身の攻撃ですね。

 

 

***   コミュニケーション・ギャップ   ***

 

執拗に追跡してくる機雷を何とか剣鈴で始末すると、ドランジは混戦真っ直中の僚機の位置取りを掴もうと、素早くレーダーに目を走らせた。夜明けの船のエンジン不調のため、戦線離脱に失敗して増援を振り切れず、乱戦に持ち込まれてしまったのだ。先行艦隊はおそらく足止めを命じられていたのだろう。増援組の方がむしろあっけなく蹴散らされても、粘り強く戦闘を継続させる練度の高い部隊だった。
魚雷を撃ち尽くしたイイコ機が、剣鈴を当てるために敵艦周囲へとにじり寄っている。魚雷も剣鈴もあまり命中率の高くない彼女は、狙いを定めるとそれだけに集中しきって動きを止めてしまうのが悪い癖だった。
「イイコ、速度が落ちてるぞ! 魚雷に追いつかれる!」
「もう少しですから、だ、だいじょう……」
誘爆に巻き込まれるのを上手く回避し、いったん距離を稼いだタキガワ機が、イイコの援護のために反転してくるのを確認しながら、ドランジは顔をしかめた。若手二人の操縦技能が、ずば抜けて高いのは十分承知している。だが戦闘が長引けば、勝負の分かれ目になるのは、やはり技能よりも咄嗟の判断力だ。既に相当長時間戦闘は続いていて、二人とも集中力は限界に近いだろう。これ以上の戦闘継続はリスクが高すぎる、ドランジがそう通信を返そうとしたその時だった。この混迷の戦場においてもなお、不可思議なほど鮮明なライラの通信が切り込むように飛び込んで来た。

「タキガワ機、イイコ機は直ぐに離脱して着艦。そのまま待機、いいわね。」
「ま、まだ俺行けるぜ、ライラ!」
「駄目よ、戻って、タキガワ。」
悔しげなタキガワの抗議に対して、いつもよりやや低いライラの声が、まるで自分と同じRBの中で聞こえているかのように響く。そしてそのまま、希望号が無茶な加速行動に入るのに気が付いて、ドランジは声を張り上げた。
「タキガワ、イイコを頼む。大人しく夜明けの船に戻れ!」
二人の返事を確認している余裕がドランジには無かった。あの声、あの何かを突き放したかのような声を聞いた後、ライラはしばらく沈黙する。それは、死の女神の舞が始まる前触れだった。

火星の海を白く裂いて浮上方面へと加速していく希望号を追跡しながら、ドランジはきりりと歯を食いしばった。ライラの戦法は普段、見事なまでに無駄もムラもない教科書通りの鮮やかな展開を見せる。最小限の水雷を効果的に使って、まるで打ち合わせでもしているかのように思い通りに敵機を追い込んでしまうため、僚機を危険にさらすことすら滅多に無いのだ。
だが、今のように、危険度が一線を超えてしまった瞬間。単独で凄まじい戦闘行動に突入してしまうのが、ライラの切り札だった。
その寸前の短い沈黙が、ドランジには彼女の祈りなのではないかと思われた。かつて、ドランジの声を聞いたという、その瞬間だ。今にして思えば、ほぼ初対面の自分に対してあんなことを告げてしまうことすら、彼女の優しさなのだろうと、ドランジは遅まきながら気が付いていた。自分のしたことの結果の全てを、相手の憎しみでさえも受け止めようとする、そんな優しさ。

ライラは相手の降伏を待っているのかもしれなかった。ドランジの時にも、僚機の救出を優先していた彼の行動がライラの判断の分かれ目になって、結局ドランジは命を拾ったのだ。だが、おそらくは夜明けの船を追い詰めていると判断しているだろう目前の敵艦隊が、降伏を考えるとは思えなかった。これからその剣を振り下ろそうとしている相手の声に寄り添って、今正にライラが泣いているような気がして、ドランジは己に鞭打つ思いでRBを疾走させた。だがどんなに自分の限界に挑もうとも、彼女よりも速く戦場を駆けることはおろか、盾となることさえままならない。その戦闘能力の差は、歴然としていた。ドランジとて、宇宙総軍ではその名を知られた名うてのRB乗りだったのだ。その自分が、これほど必死になっても埋めることの出来ない、桁違いの戦闘力をライラは持っていた。

希望号が速度を保ったまま、敵艦隊ど真ん中目掛けてダイブしようとしていると読んで、ドランジは大きく息を吸い込んだ。この状態のライラは、剣鈴でしか戦わない。タキガワやイイコに合わせたそつのない飛行隊戦とは正反対に、敵陣のさなかで鬼神のように舞う、まるで自分を危険にさらすことこそが、その戦闘力と引き替えなのだといわんばかりの無謀さなのだ。普通なら単に攪乱程度にしかならない凄まじい速度を保ちながら敵陣に飛び込んで、しかしライラは信じ難い精度で敵影を捉え、確実にそれを墜とす、未来を見てでもいるとしか思えない驚異的な反応能力を誇る。ドランジとしては希望号から距離を保ちつつ弾幕で援護、それが正解なのかもしれない、だが。
ドランジはことさらゆっくりと、息を吐いた。そして彼もまた希望号を追って、敵艦隊の赤い塊を貫いて突撃するべく剣鈴を抜いた。

 

「……全く、無茶するんだから…。」
結局戦闘には見事勝利したものの、己の体力の限界まで身体を酷使したために、着艦してRBから降りところで失神してしまったドランジだった。薬が切れて目が覚めると、彼は医務室のベッドに寝かされていて、ライラがポツンと座って付き添っていてくれた。今彼女は、ベッドに横になったままのドランジの傍らで、小さなナイフを使ってさりさりと小気味の良い音を立てながら、器用に赤いリンゴの皮をむいている。
「どうすれば…」
「え?」
「どうすれば、君と同じように戦えるようになるんだろうか。」
「同じようには無理よ、私は戦闘用義体だもの。」
「いや、そういう問題ではないんだろうな……。」

RB隊の長いドランジにとっても、彼女の持つ戦闘能力はあらゆる意味でイレギュラーだった。必要最低限の弾薬を最大限効果的に運用して、思い通りに敵艦隊を操ってしまう彼女の手腕は、長い軍歴を生き抜いた老将が持つような種類のものであり、決して付け焼き刃に身に付けられるものではない。ましてや、あのリミッターが外れた後の、冗談としか思えないRB戦闘は、常軌を逸しているとしか言いようがなかった。

「……私と同じである必要なんてないわ。ドランジはドランジの戦い方をすればいいだけよ。」
「だが、今の私の力では、到底君と共に戦うことは出来ない。」
「うーん、それにはもう少し時間がかかるかしら。実は私、結構他の人の呼吸を掴むのに、時間がかかってしまうくちなのよ。」
それでは、駄目なのだ。ドランジは胸の中で呟いた。ライラに面倒を見て貰っているようでは、駄目なのだ。
黙り込んだドランジに向かって、ライラは静かに話かけた。
「そんな顔しないで。ドランジとどうコンビネーションを組むべきなのか、正直私にもまだ良く分からない。でも、貴方が相手でなければ、出来ないことがあるような気がするの。だから安易な結論を出したくないのよ。
だから焦らないで、もっと時間をかけましょうよ、ドランジ。目の前の人と話をするのが、私は好きよ。その人が私に何かを伝えようとしてくれる、それは何にも替え難いものだと思うの。」
彼女の真摯な眼差しを受け止めながら、ドランジはもう一つの気掛かりを思い出した。ドランジも己の思いの丈を言葉に乗せるのは全くもって不得手な部類ではあったが、ライラがきちんと話をすると言うことを大切にしている、その気持ちに応えようと、懸命に言葉を絞り出した。

「その、聞いてもいいだろうか、ライラ。」
「ええ、何かしら。」
「この間の都市船の時に、私は何か君を怒らせてしまったのではないかと思って、考えていたんだが。」
「あ、あの時は別に、ドランジのせいじゃ無いわ。そうじゃなくて……。」
先日の都市船での逃亡劇で、結局自分の判断ミスから彼女を危険にさらしてしまったことが、ドランジには悔やまれてならなかった。せめて、二度と同じことを繰り返さないようにと、何度もあの時のことを考え直して見たのだ。加えてあの彼女の涙声を聞いた後、ライラの態度が余所余所しかったことが、どうしてもドランジの頭から離れなかった。
つまり、ヤガミの前だからあんな態度だったのではないかと。

珍しくライラが言葉に詰まっているのを見て、ドランジは助け舟のつもりで、自分のたどり着いたもう一つの回答を口にしてみた。
「えー、ライラ、もしかして君は、その……少し照れくさかったりしたのかな、と。」
思わず目を見張ったライラの頬が、ぱっと朱色に染まる。それから彼女は頬を染めたままふいとその視線を逸らした。
「そ、そんな事には、気が付かなくってもいいのよ。」
図らずも図星を突かれて横を向いた彼女の赤い顔が、あまりに可愛らしくて、ついでに言うならヤガミについての疑念が払われたその嬉しさに、ドランジはつい口を滑らせた。
「……君はもしかして、意外と泣き虫なのかな。」

その言葉を聞いた瞬間、ライラの黒い瞳からはらはらと大粒の涙がこぼれ落ちた。それを見て一瞬頭の中が真っ白になったドランジは、はっと我に返ると大慌てで跳ね起きた。
「ライラ、済まない。いや、許してくれ、俺はつい嬉しくて、その…」
「……違うの、ドランジ。ごめんなさい、大丈夫よ。」
しどろもどろのドランジを制し、ライラはその涙を拭いながら、潤んだ瞳のまま優しく微笑んだ。
「私、それほど泣き虫だったりはしない。少なくとも、今まではそうだったのに。貴方が私の気持ちを考えてくれる、それが私も嬉しいだけよ。貴方が私を泣かせてるんじゃないの。」

その笑顔に息を飲んで見とれながら、ドランジは半ば無意識に、彼女を抱きしめる腕を伸ばそうとした。そして、はたと、動きを止めた。
ライラの手には、まだ赤いリンゴと白いナイフが握られている。
「……ライラ、あー、その……」
「…なあに? ああ、いけない、りんごね。ちょっと待って。」
ドランジの視線を勘違いしたライラは、無邪気にりんごの皮むき作業を再開した。まさか結構鈍い方なのでは、そういえば先日のチョコレートの時にも、見事に誤解されたのだったとドランジが認識を改め始めるのにも気が付かずに、ライラはふと顔を上げ、悪戯っぽく微笑んで見せた。
「ねえドランジ、りんご、食べさせて欲しい?」

 

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