進路修正
んー、はるかちゃん編がやや甘めになっているので、バランス取って激戦担当ライラちゃんにしてみました。でもこんな感じの方が、隠しモデルの方に近いかな、っとか……思わず背後を確認してしまふ。
どうもネタの振幅がやたら激しくなって、しばらく乱高下になりそうな予感がしております~。
その日、ライラの姿をそれとなく探しながら勤務前に食堂へとやってきたドランジは、彼女を見付けることが出来ずにやや首を捻りながら、ゆっくりと食事を続けていた。同じ飛行隊所属で生活サイクルが一致することもあって、最近では大抵ライラの顔を見ながら食事をすることが出来、それがドランジにはささやかな楽しみになっていたのだ。
いつもより長めの食事を終えてしまい、微妙に気落ちしながら食堂を出たドランジだったが、しかしそれを待ち構えていたかのように、背後から忍び寄った黒髪の姿がその腕にするりとまとわりついた。
「ドランジ、ちょっと。」
「ラ、ライラ?」
思わず口元が弛んでしまったドランジだったが、対照的にライラの方はやや緊張した面持ちである。滅多に見ることのないその表情に、ドランジは慌てて気持ちを引き締めた。
「ちょっと話がしたいの、付き合って。」
「話?」
ドランジの返事をろくに聞きもせず、ライラは腕を組んだまますたすたと歩き出した。厨房と医務室前を通り過ぎ、ダメコンへと向かうのかと思いきや、その手前の予備BALLS室へと入り込む。普段人気のない薄暗い部屋で、今度は別の意味で緊張したドランジだったが、落とされた照明にぼんやりと浮かび上がるライラの顔は、ドランジが始めて見るような張り詰めた気配がある。ドランジもまた眉をひそめると、浮ついた気持ちを頭の中から追い出した。
「みんなには、まだ内緒ね。次の戦闘はかなり大規模になるわ。」
「そんな情報を何処から。」
「ごめんなさい、それは言えないの。でも情報は確かなのよ。」
ドランジの脳裏を、背を向けて歩み去って行くヤガミの姿がよぎった。都市船でライラが狙われた時にも、恐らくは事前に情報を入手していたのはヤガミであろうとドランジは確信していた。そして、その情報にヤガミが対処するに当たって、ライラや夜明けの船の危険を顧みない行動に出るかもしれない、ということも間違いはない。ドランジは思わず険しい表情になっていた。
「戦力も相当整えてくるけど、たぶん正統派の正面作戦を仕掛けられると思うの。夜明けの船には、最もやりにくい相手になりそうなのよ。」
「確かに、それが一番やっかいだな。これまでは派遣軍同士の足並みも揃わなかったが、いい加減縄張り争いにも飽きて、頭が冷えてくる頃だ。」
「その辺りはドランジが一番身に浸みているわね。」
ライラの表情が少し緩む。彼女は、そういった立場の違いによって相手がどんな心境に追い込まれるのか、その心の機微に対して酷く敏感なところがあった。気持ちを推し量っているのとは、また少し違う、状況を把握してシミュレートする能力が高いのだとドランジは考えていた。
彼女の特異な能力、戦場で相手の気持ちを読み取るらしきその力は、本当に戦場でのみ発揮されるようだった。むしろ必要のないときには、その力を封じてしまっているようにも、ドランジには思えた。
「ラインを展開して包囲されてしまったら、夜明けの船でも突破仕切れないかもしれない。戦闘時間を、出来る限り短くしたいの。」
「そうだな、こちらはどう出る?」
ライラが真っ直ぐにドランジの眼をのぞき込んだ。遅まきながら、自分が酷く不利な状況に立たされているのだと気が付いて、ドランジは唇を引き結んだ。
「いい、よく聞いてね、ドランジ。包囲網が伸びたら、私がその戦線を突破して、背後に出るわ。」
「駄目だ。」
一瞬の躊躇もなく、反射的に言葉が口から飛び出した。その言葉を聞いて、ライラが泣き笑いのような表情を返す。
「…そう言うんじゃないかと、思って。」
「背後に回るのなら、迂回か、もしくはどこかに身を潜めて待つべきだ。」
「時間短縮のための作戦よ。それに、向こうは私が出ないだけでも確実におかしいと判断するわ。」
「だったら、俺も行く。」
「ドランジ、速度の勝負なのよ。私単独の方が速いわ、そうでしょ。」
「……嫌だ。」
必死に頭を働かせながら反論の糸口を探すドランジだったが、口から出てくるのは我ながら子供じみた言葉ばかりだった。充分に数を揃えての艦隊ラインに対してでは、夜明けの船の速度をもってしても逃げ切るのは難しいだろう。それはRBについても同じである。如何に個々の能力が高くても、圧倒的な物量で持久戦を仕掛けられたら、対処は仕切れない。希望号の姿を見せて敵を引き付けてから、高度差移動と速度を生かしてあえて敵戦線を突破し、背後から挟み撃ちにする。ライラの驚異的な戦闘能力を考えるなら、それが最も効果的な戦い方になるのはドランジにも嫌というほど分かっていたのだ。
「だったら、ドランジがこの作戦に抜擢されたら、どう感じると思う?」
「…RB乗りの誉れと思うだろう。」
「私も同じよ。私は戦うためにこの船に来たの。正直、戦うことが最良の手段だとは決して思わない。それでも、これしか方法がない、それもまた本当のことだから。」
ドランジはふと息を止めた。この船に来た当初の彼女に対する疑問が、じわりと胸に広がってゆく。
「…戦うために、この船に来た、前にも君はそう言ったな。君は太陽系総軍の捕虜として、この船に来たんじゃないのか。」
「それも本当のことね。でも、全てという訳じゃない。」
ドランジは思わず、ごくりと喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。ライラの戦闘能力を知れば知るほど、彼女が表向きの経歴通りの人物ではないということは、余りにも明らかだった。だがそんなことは、どうでもいいことのように思えるようになっていたのだ。それでも、こうしてその秘密を目の当たりにした時、自分がライラのことを何も知らないのだという事実から、自分が眼を背けて来たのだと認めざるを得なかった。
「私がここへ来ることが出来た、それだけでも本当に奇跡のようなことなの。たくさんの努力と犠牲が、そのために払われた、私はそれを知っている。私は、それを無にしたくないのよ。私にも出来ないことはたくさんあるわ。私がここに来たからと言って、それだけで全てが解決する訳じゃない。でも、せめて、自分に為しうる努力の全ては尽くしたいのよ。」
「ライラ、君は…。」
「戦いを、終わらせるわ。」
不思議なほど、静かな言葉だった。だがその言葉に秘められた炎のような決意を感じ取って、ドランジは言葉を失った。同じこの言葉を他の誰が口にしても、それは願望以上の価値を持つことはないだろう。だが、ライラがそう宣言したからには、それは既に決定事項であるかのようだった。運命を覆す女神が語る未来は、幻ではなく、現実と同じ威圧感をもって確かにそこに存在しているのだ。
「永遠に、という訳にはいかない。そんなことは無理ね。でも、限定的な平和なら、手に入れることが出来るわ。例えば、100年、その短い夏を足掛かりにして、次の冬の嵐と戦う力を蓄えることなら出来る。そして……もしその夏の記憶が誰の心にも刻み込まれたなら。」
ライラはドランジから視線を外してうつむいた。その黒い瞳に射竦められていたドランジは、思わず少しだけ身体の緊張を緩めた。それから、そんな自分の感情の動きに、不甲斐ない気持ちでもう一度拳を握りしめた。戦闘能力がどうこうという以前に、既にその決意の強さがライラに負けてしまっている自分に対して、猛烈に腹が立ったのだ。彼女の瞳は、自分よりも遙かに遠いところを見ている。それが如何に困難な望みであるのかを知りながら、それでも諦めることなく未来へと手を伸ばそうとしているのだ。
黒髪が揺れる彼女のその肩へと手を伸ばしたくなる衝動を、ドランジは必死の思いで押し留めた。まだ、駄目だ、そんな気持ちだった。彼女の傍らに立つために、自分に何が足らないのか、それを獲得するまでは。
「……分かった。今回は、今回だけは、君の指示に従う。」
食いしばった歯の隙間から絞り出すような声に、ライラが顔を上げて頷いた。その顔が笑みを作らずに、共に戦う者としての緊張感を保っていることに、もう一度ドランジはぐっと怒りを込めて拳を握りしめた。そして同時に、そのことが己のプライドの最後の一線を守っていることをも自覚せざるを得なかった。こうして自分の未熟を噛みしめている間は、戦うことが出来て、前に進むことが出来る。少なくともその間は、ライラを追い続けることが出来るだろう。
己の腕の中に捕らえたかと思えば、するりと抜けて走り去る風のような姿を、せめて脳裏に焼き付けようとするかのように、ドランジはじっとライラを見詰めた。その彼に向かって、もう一度その闇色の瞳でひたと見つめ返すと、ほんの微かな笑みの気配だけを見せて、ライラはゆっくりと踵を返した。それきり、真っ直ぐ前を向いて歩いてゆくその後ろ姿は、これから戦場へと向かう者の張り詰めた決意に満ちていた。せめてその影となるべく、ドランジもまた一歩を踏みしめて、歩き始めた。
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