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2007年8月 2日 (木)

初一念

えっと、おかしいな、このお話はもう少し、甘くてほろ苦い話になる予定だったのだが、ノリが体育会系だ。どうも上手く行きませんなぁ。
ということで。はるかちゃんとタキガワです。

 

このお話実は、私の絢爛の二次創作の中で一番古い世代のネタのひとつです。タキガワは、ヤガミには絶対に言えない台詞が言えるのかも、というのが糸口だったんですが。
絢爛序曲のようなお父さんとお母さんがいて、絆創膏が必要じゃないタキガワが嬉しかったなあ、というような感じ。

 

***   明けの海   ***

 

その夜、珍しくもなかなか寝付けず、ベッドの上で何度も寝返りを繰り返していたタキガワは、諦めて薄暗い部屋の中でむくりと起き上がった。シフト交代までは、まだしばらく時間がある。休息を充分に確保して体力を蓄え、次の戦闘に備えるパイロットの習性が身についているタキガワとしては、自分がそのセオリーに反するというのは何とも居心地が悪い。そしてそれ以上に、自分の気持ちがすっきりしないということそのものが、彼にとってはかつて経験したことのない事態というのが正直なところだった。

原因は、まあ自分でも分かっているのだ。ただそれを、自分自身で認めたくはない、それが何より居心地悪いのだった。
がしがしと自分のピンク色の髪をかきまわしながら、タキガワはふと浮上中であることを思い出した。ついでいいタイミングで、時間がちょうど明け方であることに気が付いて、気晴らしにトップデッキでも散歩に出ようと決めたタキガワは、部屋を出てのろのろと歩き始めた。

夜明けの船が浮上する機会はそう多い訳ではなかったが、艦の位置確認のため浮上せざるを得ない場合は、通常夜間を狙うことが多かった。言うまでもなく、探査網に引っかかる可能性を少しでも減らすためであり、時間も最小限に留めるケースがほとんどになる。パイロットの勤務時間とは上手く合わないことも多く、ましてちょうど夜明け間際に海を眺められるチャンスは、滅多にあることではない。
最も安全な海域を選んで行われる浮上中には、艦内も何とはなしに穏やかな空気が満ちている。自分の思いつきに満足してやや機嫌を直しながら、そんな艦内を抜けてデッキへと顔を出したタキガワは、そこに人影が無いのを見て少しほっとした。

いつもなら、逆に誰もいなければ人恋しくなってしまう性格のタキガワは、そんな自分の心境にもどうもしっくりとしないのだ。再びうーんと首を捻ってデッキを歩き出したタキガワは、だが、ハッチから一番遠く回り込んだ場所に、一人佇んでいる後ろ姿を見つけて立ちすくんだ。すらりと細い太陽系総軍の青い軍服の人物が、最も太陽に近く、ほんのりと明るさを増している空の下で風に吹かれている。
そのまま背を向けて部屋に引き返したくなる自分自身に対して、タキガワは思わず腹を立てた。別に、そんな風にこそこそしなくてはならない理由など、何も無いのだ。その苛立ちを込めてトップデッキを蹴飛ばしながら、タキガワははるかへと歩み寄った。そのぐらいの勢いでなければ自分の足が進みそうもないことは、もう考えないことにした。響き渡る靴音に、はるかが振り返る。

「おはよう。早いのね、タキガワ。」
「ウィッカこそ、いつもぎりぎりまで寝てるくせに。」
反射的に憎まれ口を返してしまってから、タキガワははたと気が付いた。ヤガミが何故いつもこんな調子ではるかに話しかけるのかが、良く分かってしまったのだ。案の定、少し唇を尖らせたはるかが言い返してくる。
「何よ、そういう可愛くない言い方は、ヤガミの悪い影響だな。」
「……一緒くたに、するな。」
「あはは、全くよね。タキガワまであんなに可愛くなくなったら大変だもの。」
一転して笑顔になったはるかを見て、ずるいよな、とタキガワは考えた。ころころと変わる表情に、こちらがどんなに振り回されているのかなどということは、まるでお構いなしのはるかである。

だがそんな彼女が、いつもと同じ調子であるかのように振舞いながらも、どことなく気落ちしているのを感じ取って、タキガワは表情を引き締めた。一見周囲にまるで頓着しないかのように見えるはるかだが、その実、彼女は接する相手の感情に対してひどく神経質な面がある。自分が夜明けの船の戦力の要であるということを、はるかは充分理解していて、最近の自分の不調を周囲に悟られないよう苦心していることに、タキガワは気が付き始めていた。
「ウィッカ、もう具合大丈夫なのかよ。」
「なあに、そんな口うるさいところまでヤガミの真似なの?」
笑って切り返すはるかだったが、そういうまぜっ返しが話を逸らす彼女の手なのだということは、ヤガミとのやり取りを見ていれば一目瞭然である。何で分からないかな、と兄貴分の朴念仁ぶりに改めて呆れながら、タキガワは真顔で言い返した。
「俺、心配して言ってるんだぜ。」
「あ、ご、ごめんなさい。」

こちらが真剣に発した言葉を、はるかが軽々しく扱うことは絶対にない。それを確信しているから、自分もまた、他の人間に対しては取ることが出来ない態度を選択することが出来るのだと、タキガワは思っていた。普段の自分なら口には出せないようなことが、はるかになら言えるのだ。一方で、はるかの前では自分を出来るだけ格好よく、一人前に見せたくて背伸びしてしまうのもまた事実だった。神妙に返事を返してぺこりと頭を下げたはるかは、そんなタキガワの微妙な心境さえ分かっているのではないかと思われる優しい笑みを浮かべて、小さな声で付け加えた。
「でも、心配してくれてありがとね。」
「お、おう。」
横柄な返事を返しながらも、タキガワは赤くなった。はるかの顔を見ていられずに、眼下に広がる夜明けのの海を眺めてみる。頬のほてりに冷たい風が心地よかった。

刻々と明るさを増して白く輝いてゆく空と、対照的に未だ朝の光が届かずに黒々と眠っている海へ、見るともなく視線を投げながら、自分の気持ちが何故こんな風にすっきりと割り切れないのかと、タキガワはらしくも無いことを考えていた。その脳裏に、先日のダンス騒ぎの時のヤガミの表情が浮かび上がる。はるかの手を取ってワルツを踊りながら、彼女の顔を食い入るように見つめていた、必死とも言えるようなあの真剣なまなざし。

ヤガミとはそれなりに長い付き合いになるし、戦いの日々を共にくぐり抜けて来た仲間というのは、やはり特別な繋がりがある。ずば抜けたRBの操縦技術や、戦闘全般に関する不思議に高い経験値に、タキガワとしては一目も二目も置いているのと同時に、それとは反対に酷く不器用な性格であるというのもよく分かっているつもりだった。
その兄貴分の朴念仁ぶりを考えれば、はるかに対するヤガミの態度の煮え切らなさは、まあ仕方が無いとタキガワは思っていたのだ。だがヤガミの、あのどこか危うい程に思い詰めたような表情を見てしまってから、タキガワはヤガミとはるかの間に、自分の知らない何かが存在しているのではないかと考え始めていた。

元々はるかにもヤガミにも、幾つかの謎があった。夜明けの船に太陽系総軍の捕虜としてはるかがやってきた当初から、ヤガミやカオリ、クリサリスといったメンバーとは知り合いらしき節があった。だが本人たちは、それがどういった関係であるのかを口にすることはなかったし、逆に知人というには互いのことをきちんと知らないところもあるのだ。そういうタキガワ自身もまた、カオリとは自分でも説明しづらい妙な関係であり、他人の事情というものにあまり頓着しない性格のタキガワは、別段はるかの過去に興味も持たなかった。だが彼女のことをもっと知りたくなるにつれ、はるかとヤガミが、その間に保っている奇妙な緊張感が腑に落ちなくなっていく。

最初は正直、自分の知らないはるかを知っているヤガミへの嫉妬心だったのかもしれない。だがヤガミとはるかの間にわだかまるものは、タキガワが思っていたよりももっとずっと重い何かではないかと気が付いてから、それは違う感情へと変化していった。
彼らはたぶん、何かと戦っているのだ。自分や、夜明けの船の仲間たちを守るために、あの二人を合わせた桁違いの戦闘力をもってしても抗し難い、恐ろしく巨大な何かと。それを彼らが決して口にしないのは、他のクルー達をその戦いに巻き込まないために違いない。自分がその謎に最も近い位置に立ちながら、戦列に加えてもらえないのは、自分が未熟であるためなのではないかと、タキガワは考えていたのだ。

「…火星のドームはいつ頃完成するのかしらね。」
思考の堂々巡りに沈み込んでいたタキガワは、はるかの言葉にはっと我に返った。普段賑やかによく喋るはるかだが、そのくせ、今のようにこちらが自分の思考に集中したいと思っているのを、まるで読み取ってでもいるかのようにふと静かにしている時がある。そしてやはり今のように、出口の見つからない難問に捕らわれそうになると、不意に話し始めたりもするのだ。
慌ててタキガワがはるかを振り返って見ると、彼女は素知らぬ顔で海を眺めている。タキガワは急いで言葉を捜した。

「ああ、えっと、まだ随分かかるんじゃねえの。火星は金がないから。俺そういうこと、よくわかんねぇけど。」
「やっぱり、戦争が終わらないと、難しいのかな。」
「そうだなー。戦争は金かかるし。」
タキガワの分かったような口ぶりに、はるかがくすりと笑みをもらす。たったそれだけのことが妙に嬉しくて、タキガワは機嫌よく、大きな声で話し続けた。
「まー、俺が言うのもなんだけどさ。タキガワ一族は、戦争無かったら商売上がったりだ。」
「…タキガワのご先祖様は、代々ずっと軍人だったんだっけ。」
「ああ。ロンリー・タイムズから延々、250年だ。」
「…250年……気が遠くなるね。そんな長い時間を、ずっと戦い続けるなんて。」
「へっ、それがタキガワ家の伝統だからな。」

タキガワ家の歴史はそのまま、ゴージャス・タイムズへと到るために世界が乗り越えてきた戦乱と、それに立ち向かうべく磨き上げられた戦闘技術の歴史そのものでもある。タキガワ自身にあまり自覚は無かったが、彼の持つパイロットとしての天賦の才は、一族が積み重ねたその戦闘技術の結晶のようなものだった。
その全てを、はるかは驚異的な速度で学習し、体得してしまったのだ。タキガワ一族が待ち続けてきた見たこともない友人とは誰であるのか、タキガワはそれがはるかであることを確信していた。彼女は確かに、タキガワ一族250年の証しだったのだ。

「……でも、たった独りで…。」
「え?」
「んー、なんでもない。」
ぽつりと彼女が漏らした言葉を聞き返したタキガワだったが、はるかはそれに少し寂しい笑顔で答えた。
「そうやって何人ものタキガワが命がけで戦い続けてくれたからこそ、私はここにいることが出来るのね。みんながいなければ、私には何にも出来ないんだもの。」
タキガワは反射的にむっとした。時折はるかはこんな風に、自分とそれ以外の全部を切り離して対峙させるような言い方をすることがある。戦友同士の繋がり、その絆の強さをもって戦い抜くことを知っているタキガワは、はるかのそういう言い方だけは好きになれなかった。例え捕虜として戦列に加わろうと、ひとたび戦場に立てば、皆等しく一蓮托生である。自分を大事にしないことが、即ち戦友をも巻き込んでしまうと肝に命じておかなければ、互いに命を預けることなど出来はしない。タキガワにとって最も納得がいかないのは、はるかがそれを、理解していないとは思えないからだった。

「私はそのみんなの犠牲に報いなくちゃならない。夜明けの船のみんなは、誰も死なせないわ。もう、誰も。」
タキガワの苛立ちに珍しく気が付かなかったはるかは、独り言のようにぽつりと言葉を続けた。まるではるからしくない、何かを諦めたようなその言葉の響きに、タキガワは本格的に腹を立ててはるかを睨みつけた。
「おかしいよ、ウィッカ。そんな言い方するなよ。ウィッカだって、夜明けの船の仲間じゃないか。」

驚いた顔で、はるかが振り返る。どうしてこんな当たり前の言葉に驚くのか、そんな思いが、タキガワの頭の中を駆け抜けた。ヤガミもはるかも何故、自分だけを犠牲にすれば、何もかも丸く収まるような物言いをするのだろう。どうして、自分には、そんな彼らの助け手となり、彼女を守れるだけのちからがないのだろう。もしもそんな答えが正解だというのなら。この自分の悔しさには、何の意味も無いというのか。

「俺、俺さ、夜明けの船を降りてるヤガミに会った時に、ちょっと怖いと思ったことがあるんだ。艦の中じゃ、口うるさいとか手厳しいとか思っても怖いとは思わねぇけど、夜明けの船を降りてる時のヤガミは、ぴりぴり殺気立ってて別人みたいなんだ。だからヤガミもきっと、夜明けの船に乗ってる時は安心してるんだって、俺はそう思ってた。」
「でも、ウィッカは逆だ。船を降りてる時の方が、何か気が緩んでる。それ、夜明けの船は自分が守るんだって、無理して頑張ってるからじゃないのかよ。」

タキガワが初めて見る、まるで不安な子供のように頼りないはるかの顔が、胸に刺さった。その表情に少なからず怯んだものの、こればかりはタキガワとしても譲れなかった。自分の気持ちを上手く説明の出来ないもどかしさに焦るタキガワから、はるかは視線を泳がせて目を逸らし、さらに小さな声で囁いた。
「……私も、夜明けの船の仲間かなあ。」
「んなの当たり前だろ!!」
本格的に声を荒げたタキガワを振り返りもせず、はるかはじっと海を見ていた。先程とは違う、何かを決意するような静かな眼だった。自分の頭を働かせようとすればするほど、次の言葉を見つけることが出来ないタキガワは、その横顔を見つめながら、握り締めた拳を震わせていた。だが。

はるかの頬に、銀色に光る一筋のしずくが流れ落ちたのを見た気がして、タキガワは硬直した。その瞬間、はるかは風のように身を翻して、タキガワの肩をそっと抱き締めた。大きく息を吸い込んだまま固まっているタキガワの腕に、素早くはるかの腕が絡みつき、はっと思う間も無くそのままぐいと引き寄せられて、タキガワとはるかは諸共に冷たい海へと投げ出される。勢いよく沈み込んでから闇雲にもがいて、タキガワはやっとのことで水面へと顔を出し、げほげほと咳き込んだ。
「な、何すんだよ、ウィッカ! ちくしょー、やられたぜっ!!」
「タキガワ、100年の平和をあげるね。」
ずぶ濡れのはるかの瞳が、真っ直ぐにタキガワを見ていた。今更ながらタキガワは、そんな風に真剣な彼女と向かい合うのが初めてであることに気が付いて、その瞳の美しさに息を飲んだ。
「夜明けの船の仲間はみんな、平和な未来へ連れて行く。誰一人欠けないで全員揃って未来へ連れて行くわ。私のちからで出来るのは、たった100年の仮初めの平和でしかないけど、でも。」
「だから、その”みんな”の中に、ちゃんとウィッカも入ってるんだろうな!」
不思議に、とらえどころのない笑顔を見せて、はるかが笑う。
「…それは私ひとりが決める事じゃないの。」
「ウィッカ!!」
「そう、でも。そうであったらいいと思うわ。心から。」

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