九月菊
個人的に、アイドレス用イメージボードが気に入ったりなんかしたので、はるかちゃんにも繋げてみました。ちょっといつもの彼女と違う雰囲気、という感じかな。
ついでに今後のための導入ってことで。うーん、伏線というには、ちと強引ではありますねえ。
遠いどこかの世界で。あるいは最も己に近いどこかで。
虚空の浸みるように密やかな祈りの歌が、静かに流れ続けていた。
遠い遠い歌声を聴いて、はるかは闇の中で眼を開いた。一瞬自分が何処にいるのかを掴みかね、そのまま意識を漂わせる。それが夜明けの船の個室の自分のベッドであることを確かめてから、ゆっくりとその身を起こして、彼女はそのまま遙かな歌声に耳を澄ませていた。
空気を振動させて伝わる音ではなく、宇宙の闇よりももっと深い己の内側の奥底から、想いを振るわせて伝わってくる音のない歌声。もう誰もいない何処かの世界で、たった独り謡い、舞い続ける者の、透き通った祈りの歌が響いている。その幻の歌に、同じように耳を澄ませている誰かの気配をこの夜明けの船の中からも感じ取って、はるかは立ち上がってそっと部屋を抜け出した。
歩き慣れた筈の艦内が、まるで良く似た別の何処かのように現実感がない。夢を漂うように歩いて、誰にも会うことなく、はるかはいつの間にかハンガーへとたどり着いていた。
部屋一杯に聞こえる低い機械の動作音の、そのさらに外側にも、やはり音の無い歌声が充ちているようだ。その歌に誰が耳を澄ませているのかは、すぐに分かった。唇の端にほんのりと笑みを乗せて、はるかは希望号の傍らに歩み寄った。ぱくりと口を開けたコックピットに座らずに、その縁に腰を降ろし、冷たい機体に寄り添って頬を押し当てる。
「……お前が、呼んだの?」
力が支配するこの世界の象徴そのものたる巨大な姿が、世界の一欠片にも干渉することがない、音の無い歌に耳を澄ませていた。抱き締めるには大き過ぎるその巨体に、はるかはそれでも精一杯腕を伸ばして、一人と一機は共に遠い歌声に聴き入っていた。この希望号もまた、長い長い時を超えて旅する者の一人だった。その魂に請われた気がして、はるかは立ち上がると、遠い歌声に乗せてゆるやかに踊り始めた。
地を踏みしめて背を伸ばし、重心を低く保ったゆるやかな舞い。白く小さな花をつけた姿のない若木が、仄かに花の香を引いて宙に匂いの姿を描いた。息を吐いて問い、その答えを己の内に飲み込んでゆく。白い腕が泳いで、祈りの言葉を文字として世界に織り込んで、回り続ける。その唇から、まるで歌そのものが望んだとでもいうように、静かな歌声がこぼれ始める。
想いが、想いである、ただそれだけを祈る、静かなる歌。
姿のない小さき者達が、その足下に身を寄せ合って集まって来た気がして、はるかは優しく微笑んだ。あるいは、ハンガーで黙々と作業を続けるBALLS達も、その全てを内側に抱いた夜明けの船そのもの、MAKIもまた、そうして聴き入っていたのかもしれない。完全な人の形をした者は誰ひとり聴くことのない歌は、そうして虚空を充たすように流れ続けていた。だが、しかし。
その舞いは力尽きたように、不意に失速した。はるかは息を切らせて動きを止めると、よろめくようにもう一度希望号の縁に座り込んで、ぐったりともたれかかった。
この義体では、駄目なのだ。この身体は人の形をしてはいても、何十億年にも渡ってこの人の形を試行錯誤してきた連綿たる命の流れから、切り離されて孤立している。爆発的なパワーも、稲妻のような反応速度も、それによって制圧できるのは力に支配された世界だけでしかない。ありとあらゆる真実を、森羅万象の何もかもを超えて勝利するには、この義体では。
はるかは唇をかんで、もう一度眼を開いた。遠い歌がそれでもなお響いているのを聴きながら、その眼は運命に反逆するものの鈍く光るような決意を宿して、迫り来る未来を見詰め続けていた。
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