日願
…うぬぬ、色々な意味でリベンジ致したく…。
新造された夜明けの船のまだ真新しいハンガーには、久しぶりに活気と緊張を含んだ声が飛び交っていた。せっかく拡張された飛行隊周りの設備は、本格的戦闘が遠のいた現状では、その真価を発揮することの出来ない日々を送っていたが、そこに今、黒々と冷たい光を放つ一体のRBが運び込まれようとしているのだ。
火星はひとまずの平穏を手に入れ、火星軍本体ですら最低限の配備を残してRBの削減を始めていたが、夜明けの船においては、むしろ実戦が始まっては注力が難しいようなRBの改良やデータ収集など、地道な裏方の努力が継続されていた。
搭載RBの増加が図られ、業務量も増大した整備班を切り盛りするニャンコポンを支え、情報解析の能力を遺憾なく発揮して、最近では開発担当としてのその才能を開花させ始めたエノラが、嬉々として作業員達の間を走り回っている。
「全然見たことねー機体だな。ヤガミ、どっからこんなRB調達して来たんだよ。」
「…F級フレームがベースのプロトタイプだ。」
「あ、なーるほど、実験機か。どおりで趣味に走ったデザインだと思った。」
確かにその見慣れないダークカラーの機体は、量産と使い捨てを宿命とする「人形」らしからぬ優美な曲線を持つ姿をしていた。製造にもそれなりの技術と手間隙を要するに違いない凝った装飾は、シンプルを旨とする兵器の美学に慣れ親しんだタキガワにしてみれば、異質な美しさに見えるのだろう。
「何か、メカ物にでも出てきそうな派手なデザインじゃん。癖が強そうだな。」
「あら、この子はね、洒落が分かる機体なんだから。」
射出スペースに運び込まれるRBを見上げていたヤガミとタキガワは、背中間近で不意に響いたその声に驚いて、揃って振り返った。いつの間に忍び寄ったのか、二人の背後に立つはるかが、コーヒーを片手に同じように上を見上げていた。
「…しゃれ?」
「うん、そう、洒落。」
「そう、そうなの、みんなで力を合わせて創ったんだから。」
今一つ意味が飲み込めず首をかしげるタキガワを、さらに引っ掻き回すかのように、今度はエノラが勢いよく割り込んで来る。
「お、さすがエノラ。ちゃんと分かるのね。」
「あったりまえでしょ! 気持ちを込めて創られて、たくさんの人に大切にされてる機械は、本人にだってそれがちゃんと分かるようになるのよ。」
ねー、と顔を見合わせてにこにこと意気投合している女性二人を前に、さらに混乱した顔のタキガワは、思わずぼそりと呟きをもらした。
「…ええと、何かよく分かんねーんだけど。」
「何で分かんないのよ、タッキー、パイロットでしょ。あ、そうか、きっと乗ったら分かるんじゃない。設計資料とか見る? あのね、ネーミングがいいんだ…。」
辺り構わず床に図面を広げ始めた若手二人を微笑んで見下ろしながら、はるかはヤガミの傍らに立ってコーヒーを手渡した。軍伝統の泥のようなコーヒーとは一味違う、深みの在る香りが周囲に漂っている。最近のはるかは、何処から調達してくるのやら、本格的なコーヒーや紅茶にはまって艦内に配達して回っていた。
「白兵特化でセンサーと突撃速度の勝負、随分思い切った機体だなー。」
「…じゃじゃ馬向きだ。」
「あら、そうかもね。」
はるかがいつものように、唇の端を吊り上げて猫のような笑みを作る。だがその向こう側に、鋭い牙を隠した何かを見たような気がして、ヤガミは緊張に背筋を堅くした。
はるかの義体が変わったことを、艦内の誰もが疑いも無く、火星に平和が訪れ、戦闘用義体の必要性が無くなったためだと信じていた。耐久力にも反応速度にも抜群の性能を誇る戦闘用機械義体よりも、生身の人間の戦闘力の方が高いなど、誰も信じはしないだろう。
だが現在のはるかの、その驚くほど気配の無い、人には慣れない野生動物のような敏捷な身のこなしを見るにつけ、ヤガミは静かな脅威を感じざるを得なかった。はるかが、この身体を、さらなる戦闘能力を求めて手に入れたのだと、ヤガミは確信していた。
だが一方で、このボディが少なくとも耐久力では、これまでの機械義体とは比べ物にならない程脆弱であることも動かし難い事実である。その事実を元にして、明快に推論可能な危険性を無意識に計算するたび、自分の身体が冷えるような何かと戦って、ヤガミは乾いた唾を飲み込む羽目になっていた。
「はるか、いいか、これまでとは」
「これまでとは違う、無茶な真似をするな。はいはい、大丈夫ですよーだ。」
軽くいなされて、思わずむっと口を引き結んだヤガミだったが、まるでそれすら予測していたとでも言いた気に、はるかの身体がふわりと泳いで、ほんの刹那ヤガミの傍らに寄り添った。そしてそのまま、風が流れるようにさりげなく離れて行く。直ぐ側の床で、RB談義を繰り広げているエノラとタキガワが気が付きもしないほど、気配の無い動作だった。
その時、プロトタイプの機体が設置を完了して、大きな軋みを上げてそのコックピットの口を開いた。タキガワ達が歓声を上げながら駆け寄って行くのに追い越され、ヤガミは一人微妙に赤い頬を隠してコーヒーを飲み込んだ。
「あれ、ウィッカ、パイロットスーツは着てみないの?」
「うん、私はやっぱり、この総軍の制服がいいかな。」
「まあ今日は別に、機体の動きを見たいだけで、デコイも用意して無いし。直ぐに始めてもいいかな。」
「そうね、早く乗ってみたいかも。チェックは終わってるのね。」
「もちろん! いつでも行けるよ。」
「何か内部の構造も、凝った造りだよな。職人芸っつーか。」
「そうなのよねー。良い機体なんだけど、整備泣かせになりそうな感じ。」
ひとしきりコックピットに首を突っ込んで騒いだ後、はるかはそのRBを火星の海へと滑り込ませた。データ収集の映像撮影のために、夜明けの船の横に明るくライティングされたテストエリアが設置されている。
その明かりの中に、黒々と光を放つRBの泳ぐ映像が、夜明けの船の艦内にも大きく映し出されていた。
「ウィッカ、まず機体の動作データ取るから、シールドオフでお願いね。」
「<りょーかい。行きまーす。>」
夜明けの船の面々にとっても、実は火星の海を舞うRBの映像を目の当たりにする機会というのは、そう多い訳ではなかった。シールドを展開して高速で移動するRBが、映像で捉えるのに不向きであることは言うまでもない。
興味深々で見守るその視線の前で、はるかが操る新型RBは、ゆったりと滑らかな動きで、設置済みの障害物と遊ぶかのように泳ぎ回っていた。
「…へえ、ずいぶん綺麗に動くんだな。あんな華奢な動きで速度出るのかよ。」
「うーん、おかしいなあ。もっとこう、がつんて感じの動作になるかと思ってたんだけど。」
「でも、俺もちょっと、乗ってみてえかも…。」
何処か腑に落ちないながらも、滑らかに美しいそのRBの軌跡を目で追いながら、タキガワ達が思わず声を潜めて見入っているのを、ヤガミは彼らとは異なる緊張を持って眺めていた。タキガワが乗れば、いや、ヤガミが乗ったとしても、確かにあの機体は一撃離脱を得意技とする剣鈴勝負の白兵機となるだろう。どう間違ってもあんな風に、まるで水中を飛ぶように舞う、水棲動物の敏捷さを再現することは出来ないに違いなかった。
だがはるかは、まるで自分の身体が水を縫ってでもいるかのように、RBと水の流れとを、自在に操っている。ほんの僅かな手足の角度やバランスの違いで、機体に対する水の抵抗がどう変化するのかを、完全に掌握していることは間違いない。これこそが、余りにも当たり前に見えて、誰もが気が付かないようなこの生き物の持つ脅威の順応性こそが、次の戦いの胎動であることを感じて、ヤガミはゆっくりと息を吸い込んだ。
「ウィッカ、そろそろシールドを展開して、第二段階のテストをお願い。」
「<りょーかいでーす。>」
先程とまるで変わらない、はるかののんびりとした返答を聞きながら、ヤガミはこの後に起こるであろう衝撃に立ち向かうかのように、しっかりと足を踏み締めて、真っ直ぐに顔を上げた。
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