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2008年10月26日 (日)

れっすん わん

'08/11/01
当初公開時は逆になっていましたが、記事タイトルとショートストーリーのタイトルを入れ替えています。ご了承下さいませ。
(素で誤植です。直そうと思ってて忘れました。ぺこり)

 

 

***   瑠璃の鳥   ***

 

「…うーん、おっかしいなー。」
「別にそんな、気にすることねぇんじゃねーの。」

ハンガーの片隅で、エノラとタキガワがぼそぼそと話し合っているのに気が付いて、ヤガミは自分の仕事の手を休めて顔を上げた。エノラとタキガワのコンビは、めきめきとRB整備や設計についての実力を伸ばし始め、最近は二人で話し合いながら、ハンガーでの様々な問題に対して、解決策を見出すまでのレベルに達しつつあった。夜明けの船の飛行隊と、それをサポートする整備班という二人三脚を主導するポジションを、着実に確保しつつあるとも言える成長ぶりである。

「どうした、エノラ。」
「あ、ヤガミ。」
ヤガミが二人に近付きながら声を掛けると、一体のBALLSを前に座り込んだエノラと、その傍らにたたずんだタキガワが同時に振り返る。この床にぺたりと座ってしまうのは、はるかの影響だろう。良くも悪くも影響力の強いはるかの存在感に、今更ながら心中でため息をつきながら、ヤガミもまたそのBALLSに視線を移した。

「うん、あのね、ちょっとBALLSが…。」
「BALLSがどうかしたのか。」
「歌を歌ってるとか言うんだぜ。」
「歌?」
「だって絶対、歌ってるみたいに聞こえるのよ。」
「…どういうことだ。」

ヤガミもまた、片膝をついて視線を下げると、しげしげとBALLSを覗き込んだ。この絢爛世界の日常生活の中では、空気のように存在することが当然のBALLSではあるが、それを改めて意識する機会というのはあまりないかもしれない。それはこのBALLSという存在と、大変付き合いの長いヤガミにとっても、同じことである。

「駆動モータの回転速をコントロールして、音を出してるみたいなの。速度を上げると高い音が出て、落とすと低い音が出るでしょ。ディスクユニットの調子をみるのに、そういうのを確認したりするじゃない。その音が、一定のパターンを持ってて、同じフレーズを繰り返してるみたいに聞こえるんだもん。」
「ずっと繰り返してるのか?」
「だったら故障かと思ったんだけど、いつもって訳じゃないのよね。」
「だからたまたま、そんな風に聞こえただけなんじゃねぇのかよ。」
「でも、一個だけじゃないの。何回か聞いたんだってば。」

どうやらこの件に関しては、エノラの言葉に真面目に取り合うつもりがないらしいタキガワは、既に興味のなさそうな話半分の態度が言葉ににじんでいる。確かに、BALLSの行動に興味を持ち、きちんと観察しようなどとするのは、この夜明けの船のクルーでも、エノラか恵ぐらいのものだろう。それほどまでにBALLSという存在は、絢爛世界において当たり前で在り過ぎた。興味も疑問も持たれないほどに。
だが、そのいい加減な口調にむっとしたらしいエノラは、改めてBALLSに向き直ると、友達の悪戯を言い付ける子供のような口調で、BALLSに話しかけた。
「…ねぇ、BALLS、この石頭にも聞かせてあげてよ。」

三人にぐるりと取り囲まれ、無言で見下ろされたそのBALLSは、まるで緊張してでもいるかのように、ぴたりと動きを止めて三人を見上げ返した。それから、まるでマイクテストだとでもいうように躊躇いがちに、脚部を動かさずにそのモータだけを回転させ、低く響く音を立て始めた。

「あっ、そうそう、そういう感じ。やっぱ出来るじゃないの。」
嬉しそうなエノラの声に励まされたとでもいうように、BALLSはその音をぎこちなく上下させた。歌の苦手な子供が、自分の声の高さを確かめながら、慎重に歌の練習をしているような様子である。しばらくそれを続けた後、BALLSは不意に音を途切れさせた。そして、エノラが失望の声を上げそうになるのを制するかのように、もう一度ゆっくりと歌い始めた。

ひとつひとつの音を丁寧に確認しながら、ゆったりと間延びしたフレーズが響く。音階が聞き取れるというには、やや不明瞭ではあったが、確かにメロディラインに聞こえなくもない。それはシンプルなパターンを繰り返すうちに、次第にフレーズの形を整えて、まるで発声練習をしてでもいるかのように、徐々に歌の形を整えていくようだった。
「ほら、やっぱり! 歌ってるのよ、そうでしょ、BALLS。」
「うおっ、すげーな。こんなの初めて聞いたぜ。」
「だから言ったじゃないのよー。タッキーったら、最初っからぜんぜん信用してないんだもん。」
「あ、いや、その、わ、悪かったって…。」

何度も繰り返されるそのフレーズを聞きながら、ふとヤガミは首を捻った。どこかで、同じメロディを聞いたことがあったような気がしたのだ。自分の記憶の中を探っていたヤガミは、それが誰の口ずさんでいた歌なのかを思い出した途端、反射的に勢いよく立ち上がった。
「わっ、びっくりした! 何だよ、ヤガミ。」
「そうよ。あ、BALLSも驚いたのかしら、歌が…」

文句を言い立てるエノラとタキガワを残して、ヤガミはくるりと背を向けそのまま慌てて走りだすと、ハンガーを飛び出した。艦内MAPを確認するまでもなく、ほぼ常に把握してしまっているはるか居所へ、エレベータを待つのさえもどかしく、階段を駆け降りる。

「は、はるか! お前…」
「え、なに、どうしたのよ、ヤガミ。」
「お前、BALLSに歌を教えたのか。」
「えー、そんなことしてないわよ。」
厨房へと飛び込んでくるなり、咳き込むように話し始めたヤガミにさして驚くでもないはるかは、しかし、例によって例のごとく、にやりと笑みを作った。

「勝手に覚えちゃったのよ。」
「…はるか…」
「いーじゃないの、別に。BALLSにだって、娯楽は必要でしょ。モータ構造ならどんなBALLSでもそんなに変わらないから、どの世代の子でも歌えるしー。」
「……俺はあれから、一度もあの歌を聞いていないぞ…」
「えっ、そういう問題なの?」

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