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2009年1月11日 (日)

塩の日

 

 

***   ぴくしす・なうてぃか   ***

 

「ねー、ヤガミってば。」
例によって深夜に至るまで、飛行隊長席にへばり付いて仕事を続けていたヤガミは、背後からまとわりつくようにして声を上げるはるかを完全に無視して、仏頂面のまま立ち上がった。はるかが言い出したRBによるスピードレースにヤガミが許可を出さないでいると、珍しくもはるかは、子供がおもちゃをねだるような言葉をあれこれ並べながら、長々とヤガミの説得に食い下がっていたのだ。

「良いじゃないのよ、少しぐらい遊びの要素を考えてみたって。メリットもちゃんとあるんだから。」
元々、自分が欲しいものは自分で何とかしてしまう性格のはるかは、これまでヤガミに何かをねだったことは、一度もない。常になく、甘えたようなはるかの態度に、心中ではこっそりと楽しんでいたヤガミだった。実のところ、方法論としては似たようなことをヤガミも考えていたのだ。だから、許可を出すことに、何等問題はない。だが、しかし。

「もう、せっかくみんなで、色々とプラン考えてみたのに。」
ぷくりとふくれたはるかにちらりと眼をやって、正にそれが問題なのだと、ヤガミは胸中で言葉を返した。はるかがこのプランを、最初から自分に打ち明けて計画を練っていたなら、こんな態度には出なかったろう。
はるかの言葉からは、既にエノラやタキガワと、かなり詳細な計画立案を試みていることが、ありありと伺える。それどころか、ドランジやハリーにも打診済みらしいのだ。詰まるところ、そんな風にヤガミを蚊帳の外に話を進め、ディスカッションから自分がのけ者にされたような気がして、へそを曲げているだけなのである。

無言のまま廊下を歩き続けて、ヤガミが自分の部屋へとたどり着くと、はるかはそれでも食い下がって、ヤガミの部屋の中へと付いてきた。はるかの部屋に入り込むことが多くなったヤガミだが、逆にはるかがこの部屋へとやって来ることはあまりない。その事実も何処か、自分の方が負けているような、他愛もない敗北感を感じていたヤガミは、はるかを自分のテリトリーへと誘い込むことに成功し、こっそりと溜飲を下げて少し機嫌を直した。

それでも、はるかに甘い顔をすることが、まだ悔しいような気がして、ヤガミは仏頂面を維持したまま、どさりと自室の椅子に腰を降ろした。そのままコンソールを操作し、仕事の続きをスクリーンに展開したヤガミの真横に、駄々をこねる子供そのものの仕草で座り込んだはるかは、デスクにぶら下がるように顔を乗せ、ヤガミの顔を上目使いに伺っている。

「ヤガミってば。もうちょっと話を聞いてくれてもいいじゃないの。」
「…どうしてまた、そこまでレースに拘るんだ。」
そろそろ、適当な理屈を付けて許してやるかと考えたヤガミは、話の切っ掛けにと何げない言葉を返した。するとはるかは、意外にも言葉に窮し、少し困った顔をしてぱたぱたと瞬きをしてみせた。
「あの…。」
「何か理由があるのか。」

予想外のはるかの反応に、反射的にヤガミは低い声で本気の言葉を返した。てっきりはるかの単なる我がままだと思い込んでいたが、実は何かの意味があるらしい。遅まきながらそう思い至ったヤガミは、じっとはるかを見つめて、その言葉を待った。
「…RBに、戦闘以外の仕事は、ないのかなと思って。」

完全に虚を突かれたヤガミは、思わず息を止め、目を見開いてはるかを見つめ返した。それこそ、想定外の言葉だった。だが、その言葉を聞いて、逆にはるかの気持ちに気が付かなかった自分が、酷く間が抜けていたのだと、思い知らされたような気がした。BALLSに対してさえ、あんな風に優しさを見せるはるかが、RBの削減に心を痛めていない筈が無かったのだ。

「これからの火星が、水資源を燃料として切り売りすることに依存している体質から、脱出しなくちゃならないことぐらいは、私にも分かるの。でも、この水は、火星の重要な資源であることに変わりはないでしょ。だったら、海中で作業をするということが、もっと生かせる方向が開拓出来たら、RBにも兵器としてではない価値が、あるんじゃないかと思って、その…。」

思わずヤガミは手を伸ばし、はるかの髪にふわりと手を置いた。それをはるかが嫌がらないのを確認してから、ヤガミはその指を、そっとはるかの髪にからめた。
「…ごめん、あの、火星が軍事力を持ち続けてると見られるのが、まずいのは分かってるの。それに私が考えるとどうしても、遊びの方向になっちゃうんだけど、でも…。」
「……お前が自分からキスしてくれるなら、考えてもいい。」
「ちょ、ちょっと、何なのよ、それ!!」

 

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