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2009年1月17日 (土)

シレーンの海

…えー、原理的に本当に可能かは、責任持てませんでした。RBというのは、かさに引っ張られるみたいに進むのかなと、そんなイメージで…。

 

 

***   フィギュア・レース 2   ***

 

一度戦闘行動に入ってしまえば、はるかもヤガミも、身体に刷り込まれた無意識の動作で、最短時間の手順をこなしていくことが可能である。整備班の面々が、久しぶりの見せ場に腕を振るった機体は、難無くチェックを通過し、パイロット達はRBの内部へと滑り込んだ。ハッチが閉まり、一瞬の沈黙と暗闇が内部を支配する。次の瞬間、息を吹き返したスクリーンの灯りが、燐光のようにコックピット内を照らし出した。

パイロットという”意志”を手に入れ、戦闘機械としての命を取り戻したRBの内部は、独特の動作音に満たされている。その息を潜めて指示を待つような気配に取り囲まれながら、ヤガミは素早く、スクリーンに提示されたレースコースを確認した。

夜明けの船を発進後、船体を2回周回し、海底方面の通過ポイントが2カ所連続、一気に直線を駆け抜けてポイント通過から反転、岩場の難しい進路を抜けて夜明けの船近くのゴールへと向かう、難易度が高めのコースが提示される。速度コントロールが要求されるコース設定に、ヤガミは脳裏でRBの具体的な移動ラインと海流の抵抗を想定しながら、そのまま機体を火星の海へとダイブさせた。

射出の勢いを殺さないよう機体の方向を微調整しながら、ヤガミは夜明けの船周回の円軌道に乗る方向へとシールドを操作し、機体を加速させた。トポロジーレーダーに、ほぼ同じタイミングで出撃してきた、はるかの機体を示すマーカーが瞬く。単純な速度だけでいうなら、はるかの方がおそらく速いだろう。だが、コースをシミュレーションして最低ロスの移動ラインを計算する能力は、ヤガミに分がある筈だ。まるでその分析を聞き付けたとでもいうように、ほぼ同時に周回を終えたはるかのRBが、ヤガミを残してぐっと加速をかけた。

海底ぎりぎりに設置された通過センサーは、一カ所のみなら一気にダイブをかけ、一撃離脱に上昇することも可能だが、至近距離に2カ所となると、海底に平行になるように進入する方が速度のロスが少ない。それを計算して速度を抑え気味に、はるかの後を追う形になったヤガミは、さらに軌道を選んでセンサーポイントよりも手前を目標に深度を進めた。

一方のはるかは、そんな計算など何処吹く風で、最初のセンサー目がけてまっしぐらに進んでいる。あの状態から、どうやって速度をコントロールして次の方向へと進むのかと、思わずヤガミが眉をひそめたその時だった。

突然はるかの機体が、大きく不規則なぶれを起こし急激にスピードを緩めた。一瞬故障かと肝を冷やしたヤガミを余所に、はるかのRBは次の瞬間、くるくると綺麗な螺旋軌道を描いて態勢を立て直し、その螺旋の端に引っ掻けるような形で、見事第一通過ポイントをクリアしたのだ。

計算通りの無難な進入角度で海底と平行の軌道に入り、続いてポイントを通過して追うヤガミの前で、まるで海底にバウンドしているかのようにぶれを描き続けるはるかの機体は、再びぎりぎりに第二ポイントを通過すると、その螺旋を開くように強引な加速行動に入る。さらにその後を追って、ポイント通過から加速に入ったヤガミは、はるかがシールドの方向と出力を操作し、機体にわざと水の抵抗を掛けることで、RBの不規則運動をコントロールしていることに気が付き、思わず声を絞り出した。
「……あのじゃじゃ馬が…。」

今頃ハンガーでは、沈黙を解かれたやじ馬共が、一斉に歓声を上げていることだろう。疾走するRBを映像で捉えるのは大変難しいが、それでも通過するポイントが決まっていれば、レース観戦には十分な場面を確保することが可能である。RB射出後、ハンガーでは大型スクリーンで、この映像が流されている筈だった。おそらく映像で見たところで、はるかが一体何をしているのか理解出来る人間は、夜明けの船の中にも何人もいないかもしれない。しかし、それが判断出来るだけのRBに対する知識を持つ者は、呆気にとられているに違いなかった。

こちらも歓声を上げていそうな勢いで、伸びやかにさらに速度に乗っているはるかを追跡しながら、ヤガミはもう一度脳内で作戦を練り直した。こうもアクロバットを見せつけられてしまっては、負けず嫌いのヤガミとしても、大人しく教科書通りの安全コースに甘んじている訳にはいかなかった。
これまではるかが、こんな動作パターンを見せたことは、一度も無い。切り札を取って置かれたことは腹立たしいが、気紛れな性格の割に、がむしゃらに力を見せつけるということを嫌うはるかは、本当に必要な状況で無ければ、自分の全力を発揮するということをしたがらない。こんなはるかとやり合う機会は、滅多に巡っては来ないのだ。

水中にぽつりと設置された第三ポイントを駆け抜けると、さすがにはるかは速度を緩めて、機体を海底方向へと反転させた。瞬間の反応速度には凄まじいものがあるはるかだったが、その集中力はあまり長くは続かない。次の難しい岩場地帯に向けて、はるかが一呼吸置くであろうことを予想していたヤガミは、通過ポイントを抜けると、敢えて海底を目指すはるかを目がけ、パワーダイブを強行した。

高速移動中のRB、正確にはシールド同士が、細かなコントロールの出来ない状態で接近するのは、かなりの危険を伴う。まして、狭い岩場を抜けるためには機動を充分に制御する必要があるが、はるかはそれが苦手だった。態勢を整えようとしていたはるかが、無茶な接近を図って来たヤガミに、怒号を並べているのが聞こえるような気がして、その口元ににやにやと笑みを刻んで、ヤガミは機動と速度を押さえ込みながら、再びはるかとの間隔を確保した。

そのまま視界の効かない岩場の間へと沈み込むと、ヤガミは迷路のように示されたMAPから読み取った移動ルートへと、RBを滑り込ませた。この岩場に設置された残り2か所のポイントを通過するには、どのルートをどう動けば、最も時間ロス無く行動可能かを割り出さなくてはならない。RBの速度に自信があるはるかは、万が一MAPを読み違えて通れない危険性を避け、やや大回りのルートを選択しているようだ。

これも予想していたヤガミは、極めて狭いRBぎりぎりの隙間を抜ける、地道でもどかしくはあるが、最短のコースを選んでいた。最後のポイントへとたどり着いたヤガミの背後に、ようやく回り込んで来たはるかのマーカーが近付いてくる。始めてリードを取ったヤガミは、もう一度その口元に笑みを浮かべながら、一足先に狭苦しい岩の間を脱出した。

ここからは見た目上では、夜明けの船まで何の障害物もない一直線のコースになっている。だが、ここからが最後の難所だった。この場所でちょうど、周囲の地形に狭められた強力な圧力を持つ海流が激突して渦を巻き、小さなRBでは、真っ直ぐに進むことが出来ないのだ。単純な一方向からの流れなら、シールドで突破することが出来る。しかし、予想不能な渦を造り生き物のようにうごめく乱流は、シールドを展開した背後、RBの最も弱点とする方向から進入し、機体にまとわりつくのである。

そのためこの流れを乗り切るには、RBは手足をまとめてシールドに隠れながら、それでも流されつつゆっくりと進むしかなかった。ヤガミの機体が、予想されたその圧力に身を縮め速度を抑えられると、あっと言う間に後方から、はるかの機体が追い上げてきた。ここで並んで、乱流を抜けた後のラストスパートの勝負、ヤガミはそう予想していた。海流の最も厳しくなる地点よりも前に、強引に加速をかけてヤガミに追いついたはるかが、乱流に揺さぶられながらも器用に接近し、その瞬間、シールドが引き合ってひとつに融合した。

「ヤガミったら、何も人にぶつけるみたいなダイブかけなくてもいいでしょ!」
同じシールドの内部ならではのクリアな音声で、いきなりはるかがまくし立ててくる。高度なテクニックを駆使して、わざわざ文句を言いに来たはるかに、思わずヤガミは笑い声を上げた。
「じゃじゃ馬への挨拶には、ちょうどいいだろう。」
「人がMAP読むのに苦労してるって分かってるくせに、ああいうことをするんだから、もう。」
「だから弱点は克服しておけと、常日頃言ってるんだ。」
「ヤガミみたいな速度のデータ解析なんて、出来るもんですか。」
「まあ、いい。この乱流を抜けたら、勝負だな。」
「…ふーんだ。」

はるかの通信が、ふつりと切れた。もう少し、海流を抜けるまではその会話の楽しむことが出来るかと思っていたヤガミは虚を突かれ、続いてはるかがRBの距離を離し、シールドを分離したことに気が付いて息を飲んだ。小さくなったシールドの隙を埋めるように、どっと海流の圧力が流れ込んで、RBを揺さぶってくる。慌てて態勢を立て直し、はるかの機体を確認したヤガミは、そこに信じ難いものを見い出して凍りついた。

はるかの機体は、ヤガミから距離を確保すると、またしても急速な不規則運動を始めた。シールドを小さく抑え、角度を調節しているらしいはるかの機体は、乱流に流されて振り回されつつも、逆にその勢いを帆に受けた船のように、緩やかに速度を上げ始めたのだ。この荒れ狂う海水の激流を、はるかが読んでいるのだと気が付いたヤガミの口から、無意識の呟きがもれた。

「…そんな、莫迦な、どうやって…。」
呆然とするヤガミを残して、だがじりじりとその差は開き、まぐれや偶然ではなく、はるかがその奔流を確実に配下に治めているのだという事実を見せつけた。そのままリードをもぎ取ったはるかの機体は、やがて海流の乱流地帯を突破すると、未だ自分の目が信じられないでいるヤガミを後に、一気に鮮やかな加速を見せつけて、ゴールへ向かって真っ直ぐ飛び込んで行った。

 

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