« かなめ | トップページ | ふらっとらんど »

2009年3月 9日 (月)

ありがとうの日

 

 

***   人魚のうろこ   ***

 

はるかが幾らかRBの開発実験に協力的になり、黒いプロトタイプの調整は、実戦的シミュレーションによる改良点の確認段階に入っていた。新しい動作データを組み込んだBALLSの制御は概ね順調で、はるか以外のパイロットからも、好意的な感触が得られている。この動作パターンデータを最大限に生かすために、今度はRB側の機械的な弱点を補強して行かなくてはならない。

だが、机上の空論であるところのデータと、現実の機械システムとの齟齬を埋めていくのは、地道な確認の積み重ねと人間の勘が雄弁に物を言う、それこそ職人芸の世界である。気まぐれなはるかが、その根気のいる作業に何処まで付き合ってくれるものか、微妙に心配していたヤガミだったが、その予想を裏切って、はるかはRBの反応を丹念に確認するという単調なデータ収集を、思いのほか楽しんでいるようだった。

「調子はどうだ?」
「うーん、突撃速度重視なのは分かるんだけど、その分関節部とかの反応はいまいちかな。強度的に、難しいのかもしれないけど。」
「…回避行動には、多少不利があるか。」
「そうね、速度が上がったメリットを生かし切れないと、もったいないかも。」
「一撃は入れられても、離脱が出来なければ意味が無いということだな。」
「うん、そんな感じ。」

基礎的な動作確認から一歩踏み込んで、模擬戦闘の負荷を掛け始めると、機体の癖が形になって現れてくる。これを何処まで個性として許容し、もしくは弱点として改良するのか、ここがRB開発者の腕の見せ所であった。自分自身もパイロットとしてチェック能力を持つヤガミだったが、はるかの勘の良さにはそら恐ろしいところがあると、ヤガミは内心で舌を巻いていた。いつの間にやらはるかは、RBの機械構造論などに徐々に詳しくなっていて、ヤガミが驚くような専門的指摘をしてくるかと思えば、相も変わらぬ「なんとなく」のヤマ勘で、潜在的問題点を狙い違わず蹴飛ばしたりしているのだ。

コーヒーを片手に、得られたばかりのデータの検討を続けていたはるかとヤガミの背後から、その時、タキガワがひょいと顔を出した。さらにそれに続いて、エノラが懸命にディスプレイを覗き込んでいる。こちらはこちらで、RB設計についての専門知識を貪欲に学習し続けているエノラとタキガワとしては、はるかとヤガミの会話には常に興味津々といった雰囲気である。まるで餌をねだるひな鳥さながらの必死さに、はるかとヤガミはそっと目配せし、それでも彼らのプライドを尊重して、苦笑を何とかかみ殺した。

「あ、あのね、ヤガミにちょっと、相談があるんだけど。」
展開されたデータの読み取りにじっと目を凝らしていたエノラが、やがて意を決したように緊張のにじむ声を上げた。ついぞ聞いたことのないエノラの真剣な声に、ヤガミとはるかだけでなく、タキガワまでもが改めてその顔を見詰め直した。結果、周囲の三人の視線が集中して、一瞬怯んだエノラだったが、その自分の弱気に腹を立てたかのようにきゅっと唇を引き結んでから、再び口を開いた。

「あの、RBの機体の、水抵抗についてちょっと考えてたんだけど。」
「…ああ、材質の組成構造を、随分熱心に調べてたみたいだな。」
目立たない努力に、ヤガミが気が付いていたのが嬉しかったのか、エノラは微かに頬を染めて顔をほころばせた。一方のタキガワはそんなエノラの顔を、少し驚いたような顔付きで見詰めながら、ぱたぱたと瞬きを繰り返している。
「そ、それでね、機体の構造材を大きく変えるのは難しいかもしれないけど、少しでも水の抵抗を減らす、被膜保護の技術とかは、あってもいいんじゃないかなと思って。」
「…被膜?」
「そうなの。あの、最初に思いついたのは、戦闘用機械義体の、皮膚再現の技術なのね。合成蛋白被膜は今、かなりの弾性も強度も出るでしょ。あれをRBに被せて、流線型のフォルムを形成したら、機体表面の水の抵抗を、減らせるんじゃないかと思ったんだけど…。」
「…ふむ、被膜保護か…。」
「あ、なんか面白そう。水着を着せるみたいな感じね。」
「そうなの! ほら、今年流行の虹色の素材があったでしょ。」
「あっ、あれは可愛い色だよねー。」

微妙に話が脱線し始めている女性陣を余所に、ヤガミは思考を総動員させて、思わぬ方向性に向けられたエノラの発想を吟味していた。宇宙空間から持ち込まれた人形という兵器に、絶対物理防壁という強力な機構を加えたRBというシステムには、確かにこれまで厳密な水に対する流体抵抗を減らすという努力は、あまりなされて来なかった。しかし、はるかが実際に実演して見せたように、シールドを極限してのRBの運用が広がれば、いずれはそれも検討しなければならないであろうことは事実なのである。だがその脳内計算は、はるかがもらした何気無い一言で、見事頓挫する羽目になった。

「水着かー、確かに私も最近は、自分が泳ぐ時のイメージで、RBを動かしてる、かも。」
「……えっ?」
「私、泳ぐのは得意なんだー。火星に来てからは泳いだりしてないけど、ここのところRBの反応が良くなってからは、ちょっと自分が泳いでる感覚に近いかもねー。」
「それだっ!!」
「ちょっとウィッカ、どうしてそーゆー大事なことを先に言わないのっ。」
「そうか、艦船のAIだって、イルカ知類ベースのが能力高いんだ。人型は人間の動きの情報を組み込んだら…。」
「機械義体設計の技術に、なんかヒントがあるんじゃないかな。データベースを調べなきゃ!」

口々に興奮した意見を叫びながら、ばたばたと走り出して行くエノラとタキガワを、やや呆然と見送っていたはるかは、きょとんとした顔をしながら、深々とため息をついているヤガミを振り返った。
「…え? えっと、RBって、人間が泳ぐデータとか、参考にしてたりしないの?」
「……人形が開発されたのは宇宙なんだと、分かってたんじゃないのか。だいたい人間の感覚を、どうやって直接操縦技術に変換するのかが問題なんだ。」
「ええー、だから、なんとなく…。」

|

« かなめ | トップページ | ふらっとらんど »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ありがとうの日:

« かなめ | トップページ | ふらっとらんど »