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2009年5月 2日 (土)

天安河原

 

 

***   ぶらんくまっぷ   ***

 

新しいRB開発の方向性を模索して、無尽蔵かと思われるようなMAKIのデータベースを放浪していたヤガミは、何処までも断片化していく情報の切れ端に見切りをつけて現実世界へと向き直り、今後の指針をロードマップとして練り込み始めていた。このゴージャスタイムズの世界においても屈指と言われるMAKIの情報収集力は、強力な武器であったが、同時にそのあまりに大量のデータに振り回されてばかりいたのでは、一向に現実での問題解決は進展しない。収集した大量の情報を元に、現実的なタイムスケールに即した行動指針を構築する、それが出来なければ、開発計画は何時迄たっても机上の空論でしかないのである。

細々とした小さな情報の集合体から、騙し絵のように浮かび上がる統計的視点の構図を読み取る能力、それは眼には見えないなにものかを見通す、はるかの能力に似ているかもしれないと、ヤガミはふとそんなことを考え、我知らずその表情を引き締めた。あの風の妖精が持つ、過去と現在と、そして未来とを、ひとつに重ねて同時に見通すような不可解な能力は、何処かに膨大なデータ集積との連携を持っている、ヤガミにはそう思えてならなかったのだ。

「…ヤガミ、今ちょっといい?」
自分の思考に没頭していたヤガミは、飛行長席の背後から躊躇いがちにかけられた言葉に、はたと我に返って慌てて身を捻り、背後を振り返った。いつの間に艦橋へとやってきたのか、珍しくタキガワが、ひとり居心地悪そうに身を縮めながら、背後に佇んでいる。このところ相方のエノラが、それこそMAKIの情報量に翻弄されて孤軍奮闘しているため、暇を持て余している様子のタキガワだったが、ヤガミは敢えてそれを放置していた。そろそろタキガワも、上から言われた目先の課題をこなすだけではなく、自分から己の行動を選択出来る、そういう段階へとレベルアップしてもいい頃合いだと考えたのである。

「ああ、大丈夫だ。どうした?」
「ちょ、ちょっと相談があんだけど。」
「何か問題でもあったのか。」
「えーと、その、問題というか…。」
極めて事務的に返答を返しながら、やっと来たかと内心で笑みを押さえ込んだヤガミの前で、珍しくも眉間に深くしわを刻んだタキガワは、懸命に言葉を探している。目前には生まれた時から当たり前のように敵の存在があり、物を考える猶予さえなく戦場へと駆り出される、おそらくタキガワにとっては、そんな状況こそがこれまで普通であったのだろう。こんな風に長い平和を得たということは、タキガワにとっては生まれて始めての経験なのではないかと思われた。

その辺りはおそらく、陸戦隊の猛者共や古参のパイロット達も同じような状況だろう。だからこそ、RBレースという久しぶりの戦いを得て、夜明けの船は息を吹き返したように活気づいているのである。この状況において、逆に整備班として二人三脚で支えてくれていたエノラが、今正に彼女の戦場で苦戦を強いられているのだ。それに対してタキガワが、一体どんな行動を選択するのか、ヤガミはそれを待っていたのだ。

「…そ、その、エノラが追っかけてる、次世代RBの開発コンセプトなんだけどさ…。」
次世代ときたかと、内心ではその笑みを深めながら、ヤガミはしかめ面しくタキガワの言葉を聞いていた。彼らの間では、既に相当大風呂敷を広げた開発構想が進んでいるのだろう。長く地道な開発という戦場で戦い続けるためには、例え荒唐無稽であろうとも、イメージの翼を広げるということは、発想の源泉を枯らさないためには不可欠であるとも言える。
問題なのは、如何にしてその高い理想を、技術力という網に搦め捕り、空想世界から現実世界へと引きずり出すのかという戦いなのである。

「…エノラが少し苦戦しているらしいと、はるかから聞いてはいるが。」
「あ、そうか、ウイッカが…。」
瞬間タキガワの顔に、悔しそうな表情が駆け抜けた。やや顔を強ばらせたタキガワは、ごくりと唾を飲み込んでから、改めてヤガミに向き直るようにして話し始めた。
「ヤガミから見て、えーと、どんな感じなのかよ、エノラのプラン。」
「どんなと言われても、俺はエノラから特に詳細は聞いていない。合成蛋白皮膜でRB全体を覆ったら、水の抵抗を軽減できるんじゃないかという、最初の着眼点だけだ。はるかも詳しくは聞いていないようだったしな。」
「…パイロットが良く使う、人体用クローンパーツ合成のゲノム制御技術とかを調べてるんだ。どうせ蛋白合成だったら、RBの形状そのものを製造して、そのまんま使えないかな、とか…。」
「発想は面白いが、そこまでになると既存技術のRBへの転用というより、完全に新しい研究分野だな。既に構築済みのDNAという設計図を手直しするのとは訳が違う。ほとんど一から、基礎研究を積み上げることになるぞ。」

素っ気なく返されたヤガミの言葉に怯んだように、タキガワは黙って唇を引き結んだ。だが、それでも自分の言を翻すつもりはないらしい強情さが、その口元にはありありとにじんでいる。短い沈黙の後、タキガワは意を決したように、再び話し始めた。
「……見込み、全然無いのかよ。」
「その判定が出来る段階まで、たどり着いてないと言ってるんだ。これから蛋白合成の実験を始めるようでは、それがRBのパーツとして実用化にこぎつけるまで、何年もかかる。お前が現役パイロットとして操縦出来る間に、完成するかどうかも怪しいんじゃないのか。」
「お、俺、あんまそういう、開発設計とか分かんないんだけど、エノラ、凄い頑張ってるんだ。何とか、なんないのかよ。」
「…そんな、はるかみたいなことを言われてもな。開発というのは、魔法じゃないんだ。」
「ヤガミ、頼む、この通り。お願いします!」

苦り切った顔のヤガミを前にして、タキガワはぴんと背筋を伸ばして気を付けの姿勢を取ったかと思うと、勢いよく頭を下げながら声を上げた。それがおそらく、タキガワに出来る得る最大限の行動だったのだろう。自らのアイデアの練り込みという孤独な戦いで苦戦しているエノラに、何の支援もしてやれないということは、タキガワにとってこの上も無く歯痒い事態だったに違いない。きっちりと頭を下げ続けるタキガワの手が、渾身の力で握られたまま震えているのを見ながら、さてどうしたものかとヤガミが腕を組んだ、その時だった。

艦橋の扉の開く音が鋭く響いて、続いてばたばたと賑やかな足音が飛び込んできた。一拍遅れて顔を上げたヤガミの視界に、満面の笑みを浮かべたエノラが駆け寄るのが見える。頭を下げるタキガワとの間に乱入して来たエノラは、唐突なその勢いのまま、堰を切ったように喋り始めた。
「ねぇねぇヤガミ、ちょっと聞きたいんだけど!」
「あ、ああ、何だ。」
「例のRBの蛋白皮膜の事なんだけどねっ。」
事態に付いていかれずに、エノラの背後でおろおろと視線を彷徨わせているタキガワの姿を視界の隅に捉えながら、ヤガミは辛うじて返答を口にした。

「ああ、今ちょうどそのことで…。」
「あのね、RBに皮膜を被せるんじゃなくて、逆にクローン生物の内部をそのまま、乗り物として改造するっていうコンセプトの研究が、もの凄く昔に存在したって聞いたんだけど、ヤガミ知ってる?」
ヤガミの瞳が、驚愕に見開かれた。その表情を見て、嬉しそうにエノラが声を上げる。
「あっ、ホントにあったんだ! ヤガミなら、きっと知ってると思って。」
「……人型戦車のことか? どうしてそれを…。」
「エステルがねー、ヒントを教えてくれたの。でも全然資料が見つかんなくて。200年ぐらい前の技術なんだって?」
「……そうだ。だが最低接触戦争より以前の技術資料は、ほとんど断片しか現存していない。あれを復活させるのは、どちらにしてもほぼ不可能だぞ。」

あまりの驚きに思考のまとまりが付かないまま、機械的に辛うじて言葉を返しているヤガミに向かって、エノラは満足げに微笑んだ。
「いいの、これで開発の道筋は間違ってないって、私自身が信じていられると思うから。多少時間がかかっても、覚悟は出来てるんだ。頑張ろうっと。」
それからエノラはくるりと振り返ると、呆然とした顔付きで立ち尽くしているタキガワに、もう一度にこりと笑顔を見せた。
「タッキーも色々と相談に乗ってくれて、どうもありがとね。これで心置きなく、黒い新型の改良に取り掛かれるから、また協力してねっ。部分的なマイナーチェンジのアイデアも、ちゃんと探してたのよ。」
「え、俺、その…。」

しどろもどろにさして意味の無い言葉を口の中で呟きながらも、ほっとしたような表情のタキガワが、しかし、もう一度微かに悔しそうに唇を尖らせるのを、ヤガミは見るともなしに視界の隅に写していた。そんなタキガワにはお構いなしに、今にも腕まくりでもしそうな張り切りようで、来た時と同じように賑やかに、エノラはヤガミ達に背を向けた。さっさと先に歩き出してしまったエノラを追いかけようとして、ふと気が付いたような顔付きで、無言のままのタキガワはヤガミにぺこりと頭を下げた。

それから、どこか大人びた引き締まった顔をしたタキガワも艦橋を後にし、ヤガミはひとり飛行長席に取り残されていた。ほんの短い、だが耳に染みるような沈黙を破って、またドアを開く音が響く。続いて艦橋に入って来たはるかは、飛行長席のヤガミが、まるではるかを待ち構えていたかのように、椅子ごと振り返っているのを眼にして、ぱたぱたと瞬きしながら足を止めた。
「えと? どうしたの、ヤガミ。」
「……おまえの差し金か。」
「ええー、何の話しなの。ちゃんと順序良く論理的に話してよ。」
「…お前に論理的とは言われたくないな。全くどいつもこいつも、女達というのは…。」
「んー? なに拗ねてるのよ、ヤガミ。」

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