比翼の鳥4
タキガワとイイコが先を争うように快調に飛ばして、急速に接近してくるのを確認しながら、ドランジは盾の艦隊の残る一隻が、ゆったりと接近してくるその動きを、油断無く観察していた。ドランジが牽制に放った機雷を回り込むように、緩く旋回を見せる敵艦は、母艦というその責務に相応しい高耐久力を具現化した巨体を見せつけるような悠然たる動きである。活動限界が近付いているドランジ機は、タキガワ達と入れ替えに着艦に向かわなくてはならなかったが、あまりにも余裕綽々たるその様子に、引き際を躊躇したドランジは思わず顔をしかめた。
海賊行為からの防御として輸送船を先導する護衛艦や、航路の哨戒に行き交う高速艦隊とは、やはり手応えが違う。艦の布陣をもって戦うレベルになれば、数や艦船規模だけでは、その実力は計り切れなかった。まして、敵本隊は母艦三隻と中型艦複数という大戦力を温存したまま、こちらも悠然と夜明けの船に接近しているのだ。場合によっては、この目前の盾の艦隊の生き残りを助けるためには、本隊がこちらへの合流を目指すことも有り得るだろう。
あまりに戦域を離れがたく、珍しくも行動選択に迷うドランジを見兼ねたように、ライラが努めて明るい声で通信を送り付けた。
「ドランジ、うろうろしてないで、着艦に向かって頂戴。何もタキガワ達を律義に待たなくてもいいのよ。」
「…ライラ、全機いったん夜明けの船付近まで戻るという選択肢もある。着艦のサイクルが敵にあからさまに把握されてしまっている以上、そこに目を付けられるのは確実だぞ。」
「そうね、タキガワ達の着艦を狙われるのは、難しいところだけど。でも、この母艦に無傷のまま接近されたら、最悪夜明けの船が十字砲火を浴びることになるわ。」
確かに、海底方面から接近した飛行隊を迎え撃つために、深度を深めたこの母艦は、既に夜明けの船よりも下方に回り込まれてしまっているような位置取りである。速度に緩急を付けRB隊に接触した盾の母艦と、ゆったりと動じない進軍を続ける敵本隊とは、ちょうど現在夜明けの船から、同じぐらいの距離といったところだろう。たった一隻とは言え、この規模の母艦になれば、侮れるような戦力ではない。夜明けの船の安全を考えれば、自由に動き回られるのは避けたいところだった。
「ドランジ、この母艦が、ほとんど水雷を温存しているのは、私も分かってる。油断はしないわ。でも、夜明けの船付近まで戻るとしても、せめてこの母艦にある程度の打撃を与えてからにしたいの。」
「……そうだな、その判断が一番賢明だろう。了解した、最短の時間で戻ってくることにする。」
ドランジとしては、若手二人を守ろうとして、ライラが無茶をするのではないかと思われるところが、最大の気掛かりだった。二機で一組の行動を取らせている以上、タキガワとイイコが一機としての戦闘力ではやや劣るのだということは、敵からも十分把握されてしまっているだろう。
その牽制として作戦開始の最初に、つまりは敵側の対処が整う前の、こちらにもっとも戦況が有利である間に、二人のみでもあれだけの戦闘力を持つのだと印象づけるのが目的での出撃を、敢行させたのである。無闇に若手を庇うような行動を取れば、かえって二人を危険に晒す可能性もあるとはいえ、やはり心情というのは、そう簡単に割り切れるものではない。つまりはたった今繰り広げられている、ライラを心配するドランジの心中での葛藤を思いやるかのように、笑いを含んだ柔らかい声でライラが答えた。
「あら、こんなところで、スピード記録でも樹立するつもりなの?」
「ゆっくり休憩してきていいんだぜ、ドランジ。」
「あ、あの、私達も頑張りますので。」
「…分かった、後は任せよう。頼んだぞ。」
タキガワとイイコもまた、口々に気合の入った言葉を投げかけてくるのを耳にして、さすがのドランジもその頬を緩めて気持ちを切り替えると、夜明けの船へと機体を転進させた。シールド同士が向かい合うと、RBの通信状態は極端に悪くなる。これから作戦行動に入るライラ達のやり取りに、口を挟むのを我慢したドランジは、後ろ髪引かれる気持ちを振り切るようにして、一気に機体を加速させた。
「イイコ、タキガワ、相手がこの母艦のサイズでは、ばらばらの攻撃では大したダメージを与えられないわ。三機で編隊を組みましょう。私も加速して同期するから、そのままの速度を生かして突入、コースはタキガワに任せるわね。」
「お、俺が先頭かよ。」
「ある程度時間を保たせる必要があるでしょうから、水雷を無駄遣いしちゃ駄目よ。」
「…了解。」
いつになく緊張のにじむタキガワの返答を聞きながら、ライラは改めて、不気味な沈黙を守りつつ接近する敵母艦を睨みつけた。この期に及んでも、接近する飛行隊に積極的対応を見せもしない敵艦は、まるで巨大な鯨が小さな人間を見下すような横柄さで、ゆっくりとだが確実に進んでくる。限界まで速度を上げながら、思い切りよく進んでくるタキガワ達に同調するために、機体を加速させたライラは、敵母艦のそのシールドが、そつなくRBを阻む角度に保たれているのを感じ取って、珍しくもその美しい眉をひそめた。
こちらも凄まじい速度で夜明けの船を目指すドランジ機と、あっと言う間もなくすれ違ったタキガワとイイコの二機編隊は、やや艦首を海底側に下げて俯いた敵艦の、さらに僅かに下から潜り込むような絶妙の位置取りで飛び込んでくる。この速度になると、魚雷を先行させて盾にする訳にもいかない。進入路を確保するべく予想ルートに向けて機雷を撃ち出しつつ、背後から自機を追い越したタキガワ達を追いかけて編隊飛行に加わろうと機体を滑らせたライラは、次の瞬間、はっと息を飲んだ。
今正に機雷を撃ち出したその動きを読んでいたかのように、敵母艦からどんぴしゃの位置で迎撃の機雷が放たれたのだ。互いに誘爆を起こして機雷が照らし出す光を薙ぐようにして、敵艦がぐうっと方向を変え、飛行隊の進路を阻むようにシールドを突き付けてくる。超高速で敵艦間際へ飛び込むコースを辿ろうとしていたタキガワ機は、素晴らしい反応速度を見せて咄嗟に深度を確保すると、その反動で跳ね上がるようにして、大きく迂回したルートを取りながら敵艦から距離を確保せざるを得なかった。タキガワ機よりは少し速度が遅れていたイイコも、辛うじてそれに続いて散開する。
さらに続こうとしていたライラが、深度を確保した反動を船腹の側に逃がして回り込もうとするのに、まるでその動きをあざ笑うかのようなあざとさで、さらに追い打ちの魚雷が射出される。さすがのライラも、態勢が十分でないままに複数の魚雷に追われたのではたまらない。敵母艦から離れつつ加速をかけて引き離すと、振り返りざま剣鈴を抜き放ち、何とか迫りくる魚雷を切り捨てた。
「タキガワ、大丈夫!?」
「…な、なんとか。っくしょう、やられたぜ!」
「機雷の援護が無かったら、どうなっていたか…。」
「これはホントに、一筋縄ではいきそうにないわね。速度に頼った突撃では危険だわ。焦らないで基本通り、粘り強くいきましょう。」
「りょ、了解。」
大変珍しくも緊張の堅さを隠し切れない声で、ライラがそれでも、若手二人に声をかける。普段の戦闘ならば、この規模の母艦と対峙する時には、夜明けの船からの水雷をあてにする場合がほとんどである。コースが読まれ易いRBからの水雷は、こういう状況ではどうしても不利であることは否定出来ない。相手がこの耐久力を誇る母艦規模では、生半可な攻撃では損害を与えることも難しいかもしれないが、それでも二手に分かれて、そうライラが考えたその時。次の予想外の事態が起こった。夜明けの船へと向かうドランジ機を、まるで追いかけるようにして、大艦隊本隊が突然速度を上げたのである。
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