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2009年10月23日 (金)

電信電話記念日

 

 

***   目覚めの琴5   ***

 

結局エノラは翌日、具合が悪いと作業を休んで、一日をずっと部屋に籠もって過ごしていた。はるかが何かに付けてそのエノラの世話を焼き、食事やらお茶やらと運び込んでいたこともあって、実質こちらもハンガーでの業務はそっちのけである。それでなくても最近の夜明けの船では、緊急時に備えてパイロットが常時ハンガーに揃っている必要性が無くなったこともあり、イイコはかねてから興味があったらしい医療関連業務の見習いに勤しんでいたし、ニャンコポンに至っては整備班の業務をすっかりエノラに任せ切りで、夜明けの船の中にいるのかどうかさえ定かでないような状態だった。結果として、女性陣の姿の無くなったハンガーは、日頃からはるかの姿が見えないと周囲に全く容赦の無いヤガミと、何時になく神妙な顔付きで黙りこくったタキガワとを抱えて、殺伐とした状況に陥る羽目になった。

そんなハンガーの様子を他所に、エノラとはるかとがようやく部屋を出て食堂に姿を見せたのは、ほとんどのクルーが夕食を済ませ、閑散とした落ち着きの戻る時間帯になってからのことだった。いつも通りの定食を受け取って、さらに人影の少ない艦内カフェへさっさと移動した女性二人は、それでも普段よりは少し抑えた声で、ぽつりぽつりと言葉を交わしている。そして、二人が食事を終わらせて食後の紅茶を味わう頃になって、カフェにタキガワが姿を見せたのだった。

先にそれに気が付いたのは、はるかの方だった。はるかとエノラとが、そこにいることを確認済みでやってきたのであろうタキガワは、自らの気合を盛り立てるように、口元を引き結んだ形相でドアをくぐったにも関わらず、物音に気が付いてふと顔を上げたはるかと目が合って、その瞬間にそのままの姿勢で凍り付いた。タキガワの余りの反応ぶりに、一瞬その黒い眼をぱちくりとさせていたはるかは、直ぐさまその口元を吊り上げてにやりと笑って見せた。

その猫が獲物を見つけたような笑顔に気が付いて、エノラが首を傾げた後ろ姿が、タキガワの眼に入る。続いてはるかが、如何にも思わせ振りに大きく息を吸い込んだのに気が付いて、タキガワはあたふたと固まっていた手足を動かした。
「あれー、タッキー、カフェに来るのは珍しいねー。」
とはいえもちろん、タキガワがどんなに急いでも、はるかの言葉を遮るのに間に合う筈も無く、タキガワは他には人気の無い艦内カフェに妙に明るく響くはるかの声にせかされるようにして、ぎくしゃくと不自然な動きで二人に近付いて行った。はるかの言葉を聞いて、今度はエノラの後ろ姿が、背筋を硬直させているのがタキガワの目に入る。その緊張感に弾かれたように、今度こそタキガワは大慌てで、二人の横へと駆け寄った。

「タッキーが夕食を、こんな時間まで食べてないってことも、無さそうだけどー。」
「あ、その食事はもう、終わってるんだけどさ…。」
にやにやとした意地の悪いはるかの笑みに、隠しようも無く顔を赤らめながら、エノラの様子をちらちらと伺っているタキガワだったが、エノラは少し俯いたままで、顔を強ばらせているばかりである。どんな時でも、回転数の速いはきはきとした自分のペースを崩さないエノラとしては、余りにもらしからぬその表情に、タキガワで遊ぶのを諦めたはるかが、助け舟を出そうとした、その時だった。

「……えっと、エノラ、その…あ、明日、時間空いてっかな。」
唐突に、タキガワが口火を切った。そしてまるで、その言葉だけを何度と無く頭の中でループさせた挙句に、うっかり外へとこぼれてしまったのだとでも言うように、口にした当のタキガワ本人が一番驚いて、そのまま息を詰まらせた。続いてエノラが、やっとその言葉がゆっくりと意識に染み込んだかのように、俯いたままでぱたぱたと大きな瞬きをした。
「…えー、タキガワ君、ちょっと順序が違うと思うの。そこはまず、具合はもう大丈夫、から始めないとー。」
「あっ、そうか、わりぃ、その…。」

すかさず茶々を入れたはるかの言葉にも、タキガワは律義に、もしくは何処か思考が停止してしまっているかのように、生真面目に丸のままを繰り返しそうな勢いである。長台詞を口にしようとする役者よろしく、大きく息を吸い込んだタキガワに向かって、ぽつりとエノラが返事を返した。
「…明日は、都市船に入る予定よね…。」
「あっ、そ、そう。ヤガミにも艦長にも確認したから、それは間違いない。えー、だ、だから、だな…。」
タキガワはごくりと音を立てながらもう一度唾を飲み下すと、ようやくその言葉の先を喉の中から引きずり出した。
「……明日ちょっと付き合って欲しいんだ、エノラ。」

必死の気迫で絞り出されたタキガワの言葉に答えるように、そっとエノラはその顔を上げた。ただそれだけの仕草で、タキガワの表情に、ほっとしたような明るさが浮かび上がる。それに気が付いたエノラは、まるでそのタキガワの様子に勇気付けられたかのように、僅かに頬を染めながら、小さな声で答えを返した。
「……う、うん。別に、いいけど…。」
「あ、ほ、ホントに? よ、良かった…。」

二人のやり取りがまとまるまで、何とか沈黙を守り切ったはるかは、取って付けた様に明るい声で、ここぞとばかりにタキガワに言い渡した。
「えー、駄目よ、タッキー。そんな素っ気ない台詞じゃ、デートのお誘いとしては30点ぐらいかなー。」
はるかとしては、デートでは無い、とタキガワが反撃して来るところを、さらにからかってみようという魂胆だったのである。だがそれに反して、タキガワはそのまま一瞬黙りこくった。予想外の反応に、少し言い過ぎたかと、慌ててフォローの言葉を捻り出そうとしたはるかに向かって、タキガワは小さな声で、しかしはっきりと返答を返した。

「…は、初めてなんだから、ちょっとは大目に見てくれよ。次はもっと、ちゃんと言えるようにすっからさ。」
「……は、はい?」
「…エノラ、そしたら明日、都市船に入る頃に。頼むな。」
「……う、うん…。」
「んじゃ、また明日。」
顔を真っ赤に染めながら、それでも言うべき言葉の全てをきちんと言い終えたタキガワは、エノラに向かってもう一度、ほんの微かな笑みを見せた。そして、そこまでが限界だったらしく、目を丸々と見開いたまま自分を見つめているエノラとはるかの視線から逃れようとするかのように、くるりと身を翻すと、ようやく調子の戻って来たいつも通りの賑やかな足音を立てながら、勢いよく艦内カフェを駆け出して行った。
「…あらー、タキガワってば、どーしちゃったのかしら…これじゃからかいがいが…じゃなくて、えっと、お赤飯でも無くって、ええっと…。」

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