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2009年10月11日 (日)

大山祇産須奈大祭

 

 

***   目覚めの琴2   ***

 

深夜のハンガーに密やかに流れ続ける優しい音色に、二人は黙ったまましばらく聴き入っていたが、やがてその調べは緩やかに速度を落として、たどたどしさを滲ませ始めた。間延びした音を耳にしてはたと我に返ったらしいタキガワが、慌てたような声を上げた。
「わりぃ、もう部屋へ戻るところだったんだよな。何か、引き留めちゃって。」
「あ、う、うん。もう後片付けだけだから。」
エノラは少し名残惜しそうにしながら、そっとオルゴールの蓋を閉じた。からりと再び、金属のかみ合う微かな音が響いて、それを合図に懐かしい調べは不意に途切れる。

オルゴールという、機械システムの最も原初の時代の音に、共に耳を傾けていたような整備機械達の振動音もまた、躊躇いがちにハンガーに戻って来ていた。エノラは少し迷ってから、努めて明るい声を上げながら、タキガワにオルゴールを差し出した。
「直ぐに終わるから、タッキー、ちょっと持っててね。」
「お、おう。」
結果として、エノラが作業の片付けを手際よく進める様子をぼんやりと眺めながら、彼女を待つ形になったタキガワは、今更のように自分の行動が恥ずかしくなったのか、遅ればせながら微かに赤い顔をして、所在無げに佇んでいる。

最初にこのオルゴールを組み立てた時には、それは単なる整備実習の課題でしかなく、タキガワにとってはそれ以上の意味など何も無かった。火星へと旅立つ時に、両親がこれを選んだ時にさえ、子供時代の思い出という以外のものでは無かったのだ。だから、一度はその存在すら忘れてしまっていた古びたおもちゃを思い出し、ようやくその時の両親の気持ちが、朧げにでも理解できるような気持ちになったのは、タキガワ自身にとっても、不思議なことだった。そしてまた、すっかり自分の手に馴染んでいる筈の古びたオルゴールの箱が、ひとたびエノラに預けた瞬間から、まるで別のものになってしまったような心持ちのタキガワは、それをどう扱えばいいのか分からないらしく、居心地悪そうに両手で捧げ持って立ち尽くしていた。

そんなタキガワにちらちらと視線を送りながら、いつも通りの作業を締めくくったエノラは、にこりと笑みを見せてちょこんとタキガワの前へと戻って来た。
「お待たせー。ありがとね。」
「あ、いや。えっと…。」
オルゴールを手にしたまま、ごくりと息を飲み込んだタキガワは、辛うじて聞こえるような小さな声で言葉を続けた。
「…へ、部屋まで俺が持ってく。その、けっこう、重いしさ。」
「あ、うん。じゃあ、一緒に帰ろ。」
「……おう。」

ぎくしゃくとした動作で歩き出すタキガワの様子に、エノラは一瞬だけはにかんだ笑みを見せた。だが、彼の横に並んで歩き出してからは、そんな雰囲気を見せることも無く、いつもと変わらない賑やかさで、いつも通りのRBの話を並べ始めた。
「やっぱりどうシミュレーションしても、ウィッカの記録の再現が出来ないのよねー。」
「…あ、へえ。やっぱそうなのか。」
「何か観測仕切れて無いデータが、あるんじゃないかと思うんだけどな。そうすると、きっとシールド内部での情報だと思うんだけど。」
「…いっそ、シールドの無い状態での機体運動とか、徹底的に追っかけてみるか。」
「うーん、そう言えば、逆にそういうデータは、あんまり実績がないのかも…。」

多少ぎこちなくはあっても、何とか会話の調子を取り戻したタキガワは、ハンガーから艦内を抜け、個室エリアまで辿り着いたあたりで、もう一度緊張に息を詰めた。エノラと別れるよりも前に、彼女に伝えなければならない言葉がある。本当は、オルゴールを渡した事の方がついでだったのだ。他には人気の無い廊下に僅かに反響する自分達の声を聞きながら、エノラの部屋へと辿り着いてしまったタキガワは、ひとつひとつの呼吸さえ困難なような息苦しさに抵抗しながら、掠れた声を上げた。
「…えっと、エノラ、その……。」
「うん? なーに?」

タキガワへと向き直ったエノラは、にこりといつも通りの笑顔を浮かべて、彼の瞳を真っ直ぐに見詰め返した。その瞬間、タキガワは急に、自分が今の今まで戦っていた緊張感が莫迦莫迦しくなって、すとんと肩の力を緩めた。自分が伝えたいと思い、伝えなくてはと思う言葉を相手に届けるのに、どうして、自分を取り繕って緊張しなくてはならないのだろう。どんな反応が返ってくるのだとしても、それでもそれが、伝えなければならない想いであるのなら。

「…エノラ、ありがとうな。」
「えっ?」
唐突に、けれども酷く優しい声で囁かれた言葉に、エノラの目が大きく見開かれる。その瞳を見詰めながら、タキガワは自分でも不思議な程静かな声で言葉を続けた。
「この間、エノラがトレーニングルームで待っててくれた時、俺、すげー嬉しかったんだ。エノラが、いつも通りに話をしてくれて、いつも通りにちゃんと、自分の考えてることを話してくれたのが、嬉しかった。だから俺も、その、自分の考えてること、きちんと言わなくちゃなと思って。」

丸々と見開いた瞳のままタキガワの言葉を聞いていたエノラの顔が、見る間に赤く染め上げられる。続いて、まるでその熱を静めようとするかのように、ぱたぱたと忙しない瞬きを見せながら、視線を外して少し俯いたエノラは、珍しくもぽつりとした口調で、返事を返した。
「う、うん、あのね、私もそういう風に嬉しかったことがあるの。だから、ちゃんとそういうことは、頑張って言わなきゃなと思って。」
「…エノラも?」
「うん、あの、おじいちゃんとケンカした時に、おじいちゃんがそういう風に、ちゃんと私と向き合って話しをしてくれて、私すごく嬉しかったの。だから…。」
「エノラとパパ・ジョージがケンカしてるところなんて、想像付かねーな。いっつも仲良いし。」

何気無いタキガワの言葉の後に、短い沈黙が流れた。不自然に途切れた会話に、はっと我に返ったタキガワが息を詰まらせる目の前で、俯いたままのエノラはさらに小さな声で、ようやく言葉を絞り出した。
「……おじいちゃんと私、いっぱいケンカしたんだ。長い間、たくさんケンカして、だから、私達は家族になれたの…。」
「……?」
微かに震えるエノラの声に衝撃を受けていたタキガワは、瞬間その言葉の意味を理解することが出来ずに、息を止めたそのままで立ち尽くした。その隙を縫うように、エノラはタキガワの手の中のオルゴールに手を伸ばすと、そっとではあっても躊躇いの無い仕草で、その古びた小箱を奪い取った。

「…オルゴール、ちゃんと預かっとくね。お休みなさい。」
顔を上げないままのエノラは早口にそう言い置くと、素早く踵を返して部屋の中へと姿を消した。独り取り残されたタキガワは、そのまましばらく、足元をBALLS達だけが行き交う無人の廊下に、呆然と立ち尽くしていた。

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