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2009年11月19日 (木)

レオニスの雨

 

 

***   星のしるべの照らす刻4   ***

 

斜めに傾いていた身体を支えようと、首から肩に巻き付いたはるかのしなやかな腕が、酷く緩慢に肩の線を辿りながら、細い指がそっとヤガミの髪を滑ってゆく。ヤガミの上から伸し掛かるような姿勢にも関わらず、それでもはるかは完全に体重を預けることを躊躇っているのか、何とか態勢を保とうと身を引いている。その余りに軽い身体が、まるで自分が知らないはるかの過去の空白そのものであるような気がして、ヤガミはほっそりとした腰に回した腕に力を込め、強引に引き寄せ続けていた。はるかの胸に寄り添ったヤガミの耳には、早鐘のようなその鼓動が響いている。

「……はるか。」
「な、な、なに!?」
ぽそりと呟いたヤガミの声に、緊張に裏返りかけた返事が返って、はるかの鼓動が一層速くなる。その音をもっと確かめたくて、身体を支えようと張り詰めた背中の緊張を、こちらも緩やかに辿りながら、はるかの胸に頬を擦り寄せて距離を縮めようとするヤガミと、少しでも間を確保しようとするはるかとの微妙な綱引きは、なお続いていた。

「…この後は?」
「あ、後って…。」
「この次の展開は? 続きをどうするつもりなんだ。」
「つ、つ、次の展開なんてありません!」
甲高くなりそうな声を、懸命に止めているらしきはるかの口調に、ヤガミは口元を緩めてにやりと笑みをもらした。深い考えも無く衝動的に取った行動であるのは間違い無さそうだが、そんな風に、何かに突き動かされるように無意識のまま身体が動いてしまう程に、はるかが自分のことを考えてくれているのだということが、その声音の中ににじんでいるような気がしたからだ。
「……何だ、これでおしまいなのか。詰まらないな。」
「ちょっと、詰まらないってなんなのよ。本格的に落ち込んでるなら、少しぐらいならいいかなとか思ったら。そうやってすぐ調子に乗るからね、うっかり優しくもしてあげられないんでしょーが。」
「…そちらに手が無いなら、攻守交替だ。」
「へ?」

ヤガミの言葉に気を取られたはるかの緊張が、ほんの少し緩んだ。その隙を縫うように、ヤガミははるかの身体に回した己の腕に、さらに力を込めて抱えつつぐいと身を起こして、そのまま強引に自分の身体に回転を懸けた。その場でぐるりと体を入れ替えたヤガミの回転に引きずられ、ふわりと浮き上がったようなはるかの身体が、巻き込まれて下へと入り込んだ。今度ははるかの身体が、ソファとヤガミとの間に挟まれているような状態になる。はるかがその回転の勢いのまま、ソファへと衝突しそうになるのを阻止し、ヤガミが重みを支えて浮かび上がらせると、腰から背を支えられて仰向けに浮いている状態のはるかは、反射的にヤガミの首へとかじり付いた。

はるかがしっかりと自分の首に抱き着いているのを確認したヤガミは、満足の笑みを口元ににじませながら、改めてはるかの身体をふわりと着陸させた。未だ事態の把握もろくに出来ないでいるらしいはるかが、ようやく身体の硬直を緩めて、ほっと息を吐いている。ヤガミの首に巻き付いていた腕が、ぱたりと力無くソファへとの上へと落ちるのを待って、ヤガミはおもむろに、はるかの上から覆かぶさるようにしてのしかかり、顔を覗き込んだ。
「…これで形勢逆転だな。次の手を用意しないで、迂闊に攻撃を始めるからだ。」
「……迂闊で、悪かったですねぇ。」
ぷくりとむくれたはるかの口元を、ほんの間近から眺めながら、ヤガミはその唇に、不思議なほど柔らかな笑みを浮かび上がらせた。はるかの背後について、ヤガミが何も知らないというのは間違いなかったが、もうそれはさほど大きな問題ではなくなっていた。こんな風に、これからの思い出を、ひとつひとつ増やしていけばいいだけのことだ。

「…すまん、怖かったか。」
「怖くなんか、ないけどっ。」
「……プラネタリウムへ、行ってみるか?」
唐突なヤガミの問いに、はるかはぱたぱたと瞬きを返してから、少し考えて小さな声で返事を呟いた。
「…んー、そうね、エノラがみんなで行こうとか、誘ってくれたらね。」
その答えが、自分の予想した通りであることに、ヤガミは満足した。その気持ちが思わず形になってにじんでしまったかのような柔らかい笑みに、今度ははるかが見惚れたかのように、微かに頬を染める。
「…そうか。じゃあ、向こうから来てもらうかな。」
「来てもらう?」
「BALLS達に作らせれば、室内投影用のプラネタリウムぐらいは出来るだろう。」
「えっ、ホント?」
その言葉を聞いた瞬間、まるでスイッチを切り替えたかのようにころりと機嫌を直したはるかは、目を輝かせてヤガミの顔を見詰め返した。

「…まあ、簡単なものなら。本格的な航宙図のホログラム投影と言われたら、多少時間はかかるかもしれないが。」
「そうかあ、BALLSは単独で宇宙移動が可能なんだものね。」
「元々宇宙開発用だ、星図情報は必須データだな。雰囲気だけでいいのなら、ランプシェードにでもして、キャンドルを中に入れたらいい。」
「あ、それがいいなー。」

ヤガミの脳裏に、炎が揺れるのに合わせて陽炎のように揺れる星空が、はるかの部屋一杯を染めている光景が浮かび上がった。それと同じ揺らめきを、はるかもまた同じようにその脳裏に見ているであろうことを確信して、まるでその光が見えるのではないかとでもいうように、ヤガミははるかの瞳を覗き込んだ。この世界の何処にも未だ現出したことのない光景を、共有する者がいる、それは二人だけの光景であり、二人だけのために存在する意味であった。

「…けっこう、暗いな。」
「え、そ、そうね。」
「まあ、暗い方がいいか。いや、やっぱり少しは光が無いとな……。」
「えっ、ちょっと、それどういう意味なのよ。」

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