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2009年12月21日 (月)

終い弘法

 

 

***   感謝祭のますかれーど9   ***

 

華奢な細い腕ではあるものの、急所を捕らえて的確に巻き付いた攻撃に耐え切れず、姿勢を下げさせられたはるかは、どちらかというとむしろ、無駄な抵抗と観念しているらしき状態で、じたばたとしている他には術が無いような有り様だったが、なつきと呼ばれたその小柄なバトルメードは、まるで手加減するつもりがないらしい。体重の軽さを補うように、勢いよく切れの良いその動きに合わせて、はるかと同じくややくせの強い髪を短めに切り揃えたボブヘアの毛先が、まるで性格を反映しているかのようにくるりと巻き上がって、ふわふわと宙に躍っている。小さな顔の中で、大きな瞳が表情豊かにくるくると色を変えているのは、普段なら可愛いらしくも見えるのかもしれないが、今のところ、とてもそんなことを言えるような状況ではなかった。だが、怒りに見開かれたその黒い瞳が、はるかと同じ深く昏い闇の色を湛えているのを見て取ったヤガミは、確かに二人は同じ一族に属しているのだろうと、妙な確信をもって納得していた。

「その制服がこの藩国でどんな意味を持ってると思ってるの。はる姉なんかが、面白半分に着られるような代物じゃないのよ! 今、ここで、直ちに脱いでもらいましょーかっ!!」
「な、なつー、なっちゃん、お願いだから、ちょっとれーせーに…。」
突如として始まった女性二人の応酬に、一体どう手を出していいものやら判断を下しかねて、ヤガミは深い困惑を眉間に刻みながら、むっつりと腕を組んで立ち尽くした。互いが親しい間柄らしい会話を確認している以上、ここで無闇に手を出して、さらに混乱に拍車を掛けることになったのでは堪らない。何よりも、このはるかをして、ここまで徹底的に互角以上にやり込められていることそのものが、ヤガミとしては正直信じられない程なのである。恐らくは、先に声を掛けてはるかの行動を誘導したのであろうその手際といい、目にも止まらぬ突撃の速度といい、無策に手を出せるような相手でないことは確かだった。

一方の王島という男も、先程までの有能そうな対応振りはどこへやら、姦しい姉妹喧嘩にどう手を出していいものか判断しかねて、おろおろと大きな身体を彷徨わせているような様子だった。なつきというバトルメードに、特別な感情を抱いているらしきことは端から丸わかりの純朴さと、その相手が姉と呼ぶ相手とど派手な喧嘩を始めたその発端が、正に自分であるのだという生真面目な後悔が、真っ向から対立しているらしい。その時、そんな男二人の出口の無い困惑を吹き払うかのように、きりりといた涼やかな声が、一同へと投げ掛けられた。
「なつきちゃん、往来でバトメ同士の取っ組み合いもちょっと問題だから。まずは落ち着きなさい。」

それ程大きな声という訳でもないのに、その声は不思議に耳に飛び込むような明快さで、その場へと飛び込んで来た。今度はヤガミを除いた全員が、その声に対して見事な程即座に反応を見せた。はるかの首を締め上げていたなつきが、はっと我に返ったようにその手を離すと、ついさっき自分が走り込んで来た方向へと向き直ってぴしりと姿勢を正す。王島もまた、再び気を付けの姿勢でぐいと背を伸ばしたかと思うと、閲兵式のように見事な回れ右を披露して、そのまま見事な肩の筋肉を盛り上げた背中を一同に晒しながら、敬礼の姿勢で凍り付いた。ようやくのことで妹の攻撃から解放されたはるかはといえば、ぜいぜいと息を切らしながら、歩み寄ってくるその人物へと、ヤガミが思わずむっとするような情け無さそうな声を掛けた。

「やしなちゃーん、いいところに来てくれましたー…。」
「何言ってるの、自業自得でしょうが。自分が何をしでかしたのかちゃんと分かってるの?」
「はうう、ごめんなさい…。」
かつかつとした軽快な足取りで、彼らの所へと歩み寄って来たのは、すらりと背の高いひとりのバトルメードだった。先程の声と同じように涼やかなアーモンド型の瞳と、美しい弧を描く意思の強そうな眉が、細面の顔立ちにくっきりと描かれている。細く長い首から肩の線がすっくと伸びて、軍人的な鍛錬で鍛えたのとは異なるしなやかな姿勢の良い身体の動きは、空を泳いで躍っているような柔らかさと、風を切るような鋭さを併せ持っている。黒々とした艶のある真っ直ぐな髪は、綺麗に編み込まれて頭の高い位置にまとめ上げられていたが、伸ばせば恐らくそれなりの長さがあるのだろう。東洋的で芯の強いその美しい身のこなしと、はるかやなつきと同じやや装飾過剰な甘さを持つバトルメードの制服とのミスマッチが、逆に何とも言えない不思議な雰囲気を醸し出していた。

「王島さんにもご迷惑をお掛けしました。危険人物の捕獲、感謝致します。」
「あっ、はっ、いいえ。その、な、なつきさんのお姉様とは思いませんで、大変失礼を…。」
「…いえ、確かになつきの姉ではありますが、素行に大変問題のある人物ですので。サンプルとはいえ、ほとんど本物の貸与品と見分けが付かない品物を、不注意に流出してしまった事態にはお詫び申し上げます。」
「はあ、まあ、リボンの色が違いますし、見慣れている我々からすれば間違えるということもないでしょうが、一般の方には区別が付かないかもしれませんな。」
「そうですね、何と言ってもハイ・バトメは、まだ数が少ない状況ですので。ほら、なつきちゃんも謝って。」
「…王島さん、申し訳ありません。不束な姉がご迷惑をお掛けしまして…。」
「は、はいっ、いいえっ。ご迷惑などということは全くありませんしむしろこうしてなつきさんにお会い出来ましたことはその…。」
「……えー、そんなに私が悪者…。」

自分の失態をやしなとなつきが二人してフォローしているその姿の方が、よほどはるかには堪えたらしい。子供のように唇を尖らせながら、口の中でもごもごと不満をもらそうとしたはるかに向かって、ぴしゃりとやしなが言い返した。
「お黙りなさい。いい、残念ながら国内に民族紛争の火種を抱えた我が国にとって、軍籍でありながら奉仕者でもあるバトルメードという存在が、どんな風に藩国民の方から認識されているのか、どんな存在でありたいと私達が願っているのか、そういう話は理解してくれていた筈よね。その中でも現在最上級職のハイ・バトルメードは、最高の攻撃能力を持ちながら同時に不殺能力を持って、冷静で公正な判断を求められる、必要な時に必要なだけしか行使されない戦力の象徴なの。その信頼を軽々しく扱うようなことは、バトルメードである私達が容認してはならない。…はるかなら、分かるわよね。」

厳しい口調ではあっても、何処か静かな揺るぎなさを含んだやしなの言葉を、はるかは大きく瞳を見開きながらじっと聞き入っていた。そしてやしなの言葉が終わると、はるかはその黒い瞳を微かに潤ませながら、子供のように素直にぺこりと頭を下げた。
「……ごめんなさい。」
「まあ、仕方がないわよ。はるかのことだから、その制服を着てバトメに成り済まして悪事を働くような奴がいるなんて、そんな事は考えもしなかったんでしょう。」
「むう、そんな奴がいるの? なっちゃんも、ごめんね。」
「…はる姉の考え無しはいつものことだけど、ちゃんと説明したらいつもちゃんと分かるんだから、今度は先に少し考えてね!」
「……でも説明してくれたのはやしなちゃんで、なっちゃんにはいきなり首絞められたられただけだし…。」
「だからそーゆーことを言ってる暇があるのなら、さっさとその制服を脱ぎなさいって!!」
「ああ、待って、なつき。その制服を一度着たからには、そう簡単にじゃあ脱ぎますで済ませてもらっても困るから。」
「…やしな先輩?」
「その制服に相応しいように、ちゃんとそれなりに働いてもらう。ということで今日はそのまま勤労奉仕、その制服の信用を落とすような真似をしたら、後でタダじゃ済まないから、その覚悟でどうぞ。なつきちゃん監督官ね、礼儀作法からみっちり仕込んで上げなさい。」
「はいっ、了解しましたっ!!」
「ええっ、ちょっと、それ待って…。」

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