バッテリーの日
取り残された男共の様子を気にするでもなく、女の子達のかしましい一群に囲まれたまま、さっさと歩み進んで行くはるかを追いかけ、こちらは悪ガキ共に囲まれて仕方なく歩き始めたヤガミだったが、憮然とした表情の自分をさして恐がるでもなく、至って屈託のない子供達の様子を見ているというのは、それなりに気持ちの暖まる時間であるというのも、また事実だった。
さすがについ先程、悪戯な手をねじ上げた現場を目の当たりにして、ヤガミの腕にぶら下がろうという猛者こそいなかったが、何しろ痛い目を見た筈の当の本人が、一番ヤガミを気に入っているとでも言いたげなご機嫌振りなのである。叱られて痛い思いに懲りるよりも、目前で披露された早業に傾倒してしまうというのは、如何にも悪ガキらしく、ヤガミはこっそりとその心中に共感しながら、への字の筈の口元を微かに緩め、周囲の子供達に改めてさりげない視線を走らせた。
ヤガミのすぐ横を、ばたばたと手足を無駄に動かしながら進んで行く件の悪戯小僧は、その言動には今一つ不似合いな、艶やかな黒髪を持った少年である。コースケというらしい彼は、人種の入り交じるこの国で、一番多数派を占めている東洋系の人間の典型的な姿をしていた。一方でもう一人の金髪の少年については、彼と同じ髪と肌の色をしている人間を、周囲に見つけることが出来なかった。少し納まりの悪いふわふわとした金色の髪と、南国系の浅黒い肌とは、祭りに集ったたくさんの人々の中でも、浮かび上がるように孤立して見えた。
年齢も体格も、ほぼコースケと同じぐらいに見える少年だったが、その表情はずっと落ち着いて、大人びたしっかりとした眼差しが印象的である。恐らくは、コースケがあれこれと遊びだの悪戯騒ぎだのを率先してやり始めるのに、ジェドという彼が手綱を締めるような役どころなのだろう。たった今でも、後ろ向きになってみたり、おどけたポーズを披露したりと、およそ人込みには相応しからぬ態度で、浮かれながら歩いているコースケに、周囲の邪魔にならないよう気を配りながら歩いている様子が丸見えなのだ。グループのまとめ役といったそのポジションに微妙に同類の苦労を感じ取りながら、ヤガミはジェドに話しかけた。
「…自然環境調査というのは、具体的には何を調べたんだ。」
「あ、ええっと。動植物の分布調査です。その、気候変動に適応出来なくて、数が段々減ってるって指摘されてる花とか虫とかが、どこでどれくらい見付けられるかを調べました。畑やたんぼの周りとか、山の中とか、場所別で。全国で一斉に調査して、その結果をまとめて集計するんだって。」
「たんぼのとことかは、誰でも調べられっけどさ、山の上まで入って虫捕りしたりするの、たーいへんだったんだぜ。」
「何だよ、そういうのの方が、コースケよっぽど大張り切りだったくせに。」
ヤガミがジェドに話しかけたのが、微妙にお気に召さなかったらしいコースケが、すかさず話に割り込んでくる。それをさらに雑ぜっ返しているジェドとは、確かに良いコンビなのだろう。いよいよ押さえ切れなくなった笑みを口元ににじませたヤガミを余所に、そのままにしておけば、ラリーはいつまででも続きそうな勢いである。そのやり取りをじっくりと観察しても楽しそうなのだがと考えながら、ヤガミはさりげなく口を挟んだ。
「…お前達だけで、山に入ったりするのか。」
「ホントはその方が、面白いんだけどさー。」
「山の高いところとかに行く時は、ちゃんと大人と一緒じゃないと駄目って言われてるから。タウロ先生が行ってくれたり。」
「あとさ、WD部隊と合同作戦とかもあったんだぜ。」
「WD部隊?」
「そーそー、ごっついおっちゃんが派遣されてきてさ、WD着て一緒に山に登って、調査手伝ってくれたり。普段入れない、部隊演習地の調査とかもしたんだ。」
予想外のところで、予想外の単語が飛び出してきたことに驚きながら、ヤガミは慎重に少年達の表情を観察した。確かに、動植物の分布調査などというものは、こんな悪ガキ共の専門分野に間違いない。子供向けの全国行事として調査を行い、彼らのバイタリティを動員するのはなかなかのアイデアだが、これにWD部隊を随行させようというのは、やはり軍部のプロパガンダの一環なのだろう。一歩間違えば、大量の軍国少年を造り出しかねないやり口に、ヤガミは思わず、その視線を鋭くしていた。
「…身近でWDを見てみて、どうだったんだ。」
「えー、それはやっぱ格好良かったよな。近くで見ると、すげーでけーし、凄い力だしさ。肩車とか、何人も軽々なんだぜ。」
「でも、部隊の人達も、ちゃんと山のマナーとか勉強してて、色々教えてくれたりとか、俺はそういうのも面白かったな。タウロ先生が感心してたよな。WD装備の扱いとかも、凄い速くてさ。」
「けど、非番なのにボランティアとかぼやいてたぜー。結局自分もすげー遊んでたくせに。」
少年達にとっては、特別に楽しかった思い出なのであろう、声のトーンが高くなって、思い出話に笑い声が交じるの聞きながら、ヤガミは成程と内心で大きく頷いていた。人員の選抜を誤らなければ、こういった地道な交流は、結果として軍部全体に対する民間人の印象を、大きく左右するだろう。少年達の反応を見る限り、その目的は十二分に成功しているように見える。紛争事件の火種を抱える国であれば、そのイメージの回復が、国内での武力行使の位置付けそのものを左右しかねない、ある意味では信頼の命綱のようなものなのである。そこまでを考えたヤガミは、ふとあることに気が付いて、柄にもなく微かな緊張を感じながら、再び少年達の会話に紛れ込んだ。
「…WDもいいが、メカもいいだろう。」
「あっ、そうそう。バイクのピケも、格好いいんだぜ。俺、ちょっとピケチャに乗せて貰ったんだ。」
「俺は甲殻型も好きだな。さすがにボランティアに持って来たりはしてなかったけどさ。」
「うちの藩国は、I=Dが弱いからなー。」
「農業博覧会もいいが、メカの博覧会があってもいいんだがな。」
「おー、おっちゃん良く分かってるじゃん。そうだよな、共和国なら、きっとI=D博覧会とかがあるんだよなー。」
「……頼むから、その、おっちゃんというのだけは勘弁してくれ。」
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