初三宝荒神
先程までの舌戦を聞いている限り、この瑞穂と紹介された青年も、綺麗な顔立ちに似合わず相当に容赦のない悪舌ぶりのようである。とは言え、周囲に寄ってたかってあれこれと言われながら、一向にひるんだ様子も無く、その全部に真っ向から噛み付きまくっている相方もまた、やはり相当な問題児であるのは事実のようだった。だがむしろ、それだけの素行の悪さを外部の人間に対して特に隠し立てするでもなく、周囲がそこそこ許容してしまっているというのは、一般的な軍の規律から言えば、これもまた考えられないような寛容さであろうというのが、ヤガミの偽らざる感想だった。少なくとも他の部隊員の身の振る舞いから判断するなら、この国の軍隊全体の素行が悪いということでも無さそうである。こういう個性の強い人物が軍のようなライン型の組織の中で容認されているのは、恐らくは有力な庇護者が存在するということなのではないかと、ヤガミは考えた。先程ちらりと会話に登場した、御大と呼ばれる存在がそうなのではないかと、ヤガミは何とはなしに、その人物に会ってみたいという微かな興味を抱いた。
「ご指摘の通り、WD部隊はいささか藩国民の方からは煙たがられる傾向がありまして。本日も会場警備の主体は、藩国警察とバトメ部隊の方々にお任せしています。」
「その代わりと言ってはなんですが、昨日の設営に関しては、大活躍して頂きましたし。今日も結局、あちこちで非番の筈の方達をお見掛けしました。」
「あ、いや、そうですか。実は私も全員を把握している訳ではありませんので、非常事態にどの程度の人員を動員出来るのかは、はっきりとは申し上げられないのですが…。」
さりげない口調でやしなが挟んだ言葉を聞いて、王島は如何にも嬉しそうに、何の飾り気もない明るい笑顔を見せた。軍組織内では階級的にそれ程高いということもないのかもしれないが、悪ガキ共のあしらいの上手さといい、面倒見の良い頼りになる兄貴分なのだろう。参謀的な作戦構築を要求するには、多少素直過ぎるところが玉に瑕と判定されそうなことは事実だったが、状況に即した判断力と対応能力を見れば、現場指揮官向き叩き上げのウォードレスダンサーであろうことは間違いない。一方のやしなと言えば、こちらはついさっき初対面のヤガミに向かって真っ向切り込んできたのと、同じ人物であるとは思えないような冷静沈着ぶりを見せていた。そこはかとなく、周囲に対して指示を飛ばすことになれた言葉の威圧感を、その丁寧な口調で上手く覆い隠しているような雰囲気が漂っている。
「そうですね、実際にまだ事件が起こったという状況とは言えませんし、無闇に騒ぎ立てて、要らぬ混乱を招きたくはないところです。」
「うーむ、なんにしろまずは警察隊の方に、柊星の情報の信憑性をどう伝えるのか、そこから始めんといかん訳ですな。」
如何にも彼らしく、生真面目に首を捻る王島を見ながら、それでもなお彼が柊星という青年の判断を微塵も疑う気配がないということの方が、むしろヤガミとしては不思議でならないところだった。少なくともこれまで聞いた程度の情報で、それほど差し迫った危機感を感じるかと言われれば、どうも違和感があると答える他は無い。しかしその情報に注文を付ける気持ちが無いのは、やしなもまた同じのようだった。そのほっそりと長い首を傾けながら、やしなはにこりと余裕の笑みを見せた。
「そのあたりは、バトメ部隊からの情報ということにさせて頂ければ問題ないでしょう。根拠は無くても、女の勘には意外に説得力があるものです。とはいえ、具体的に実行可能な対策案と一緒でなければ、それこそ悪戯に騒ぎ立てるだけになってしまいますので。」
「やしな先輩、会場の警備配置図こちらです。」
「あ、ありがとう、なつきちゃん。」
いつの間にやらうどんを平らげてしまったなつきが、手際よく博覧会場の地図を運んでくる。やしながそんな指示を出した訳でも無く、なつきが必要性の確認を取った訳でも無かったが、双方が互いの行動は予測済みとでも言いたげに、当然のこととして何の疑問も感じてはいないらしい。やしなはともかくとして、なつきの状況判断の的確さに、ヤガミは内心でやや認識を改めた。あの突撃センスはもちろん、素晴らしいを通り越して凄まじいものがあったが、なつきという人物の本領はむしろ、この参謀的副官のポジションなのだろう。
「現在地がここ、警察隊の方々の詰め所がこちらですね。もう二カ所、こことここにも待機所が設置されて、この間の巡回のルートがこの線になっている筈です。」
「…どちらにしても、現状で既に分散配置にはなっている訳だな。」
「ええ、そうですね。巡回に力を入れるよう申し合わせしていますので、逆に各詰め所の方が手薄なところもあるかもしれません。ただバトメ部隊側は、こちらのコーナー運営を重点的に人員を配置していますので、このお昼時が過ぎれば、巡回や待機に人数を回すことは可能ですね。」
「ふむ、後はそのあたりをうろついているWD部隊の奴らも組み入れて、巡回強化の方がいいでしょうな。ある程度広く薄く配置して巡回の人間が小まめに動き回っていれば、監視網として抑止力にもなるでしょう。後は、何かが発生した時の集合がどの程度の速度で可能かということと、それによって監視網を崩さないで、次の問題発生にどう備えるのかだな。」
「そのあたりのオペレートは、なつきちゃんに頑張ってもらいましょう。バトメ側は情報共有を主に薄く小まめに循環させて、警官隊とWD部隊の方はある程度まとって戦力を維持、この方針でいいのではないかと思います。ということで、人員配置と時間ごとのフロー構築をお願いね、なつきちゃん。WD部隊側の増員は、王島さんにご協力頂いて把握しましょう。」
「はいっ、了解です。王島さん、お願いしますねー。」
「は、は、はいっ! こちらこそよろしく御願い致しますっ!!」
見事な手際で状況に応じた作戦が組み上げられていくのを眺めながら、これはわざわざ自分がしゃしゃり出るまでのことでも無かったかと、ヤガミはほっと肩の力を抜いた。最初の情報にあまり具体性が無いというのは、警備方針として難しいところではあったが、その情報をきっかけに警備体制全体の強化を目指すということに主眼を持ってくれば、それ程問題は複雑ではない。目先の情報に振り回されず、現状戦力から妥当な対応策を堅実に計画するやしなの判断力は、確かなものであるようだった。状況がきちんと動き出しているのを確認して、さて自分達はどう動くかと、ヤガミが考え始めようとしたその時だった。作戦構築の相談がまとまるのをじっと聞いていた瑞穂が、不意に声を上げた。
「…柊星、今日は、何だか大人しいな。」
「んだよ、その大人しいってのは。子供相手みたいな言い方すんじゃねぇよ。」
「いや、こんな凶暴な子供がいても困るんだけどね。」
「てめぇな、喧嘩を売りたいんだったら俺は何時でも買うぞ。」
「……お、おおっ! そうか、そういえば柊星はそうだったな。すまん、これはうっかりしていたぞ。」
瑞穂と柊星とのやり取りに気が付いて、王島もまた不意に素っ頓狂な声を上げた。王島はそのままのしのしと柊星に歩み寄ると、ぐいと腕を伸ばし柊星の背中を手の平で勢いよくばたりと引っ叩いた。
「ってぇな、なんだよ、おっさん!」
「いや、すまん、自分のことで舞い上がって本当にうっかりしていた。そうか、今日は幾らか静かだと思っていたらそういうことだったのか。よし、配置には十二分に配慮する。お前は巡回には出ないで待機組だ。ドジを踏まんように瑞穂も付けてやるから心配するな、任せておけ。」
「……待て、おっさん、何かすげー勘違いしてねぇか。」
「いやぁ、お互いこのチャンスを逃さずに頑張ろうな、うん。」
「だーからちょっと待て、勘違いで勝手に話し進めてんじゃねーよ!」
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