若草山山焼き
古い日程表を見てタイトルにしてしまいましたが、発表時のままにしてあります。)
「あ、あのう、せっかくお越し頂いたのに、お手伝いさせてしまったのでは申し訳ありませんので…。」
「ああ、はるかのことは気にしなくていいのよ。つまりは罰ゲームなんだから。」
「? 罰ゲームですか?」
「いいから、えるむさんも座って下さいー。はる姉は私がしっかり監督しますので。」
「なっちゃんそんなこと言いながら、自分もしっかり座ってるくせにー。」
「はる姉の監督ぐらい、遠隔操作で平気だもん。」
「むー、その笑顔が凶悪なのよね…。」
もそもそと口では文句を言いつつも、そうした給仕のサービスが嫌いでもないはるかは、周囲の手元を覗き込みつつ、炊き出しの手伝いに加わって働き始めた。恐らくはそんな流れになるのだろうと、構わず席についてしまったヤガミは、やしなに命じられてようやく腰を降ろした最後のバトルメードを、それとなく観察してみた。
確か先程の農産物取引の現場でアシスタントを努めていた女性も、こんなデザインのスーツ風の服装に身を包んでいたような気がする。全く同じものであるのかは、自信のないヤガミだったが、この国で秘書的な業務に携わる女性の、標準的なファッションであることは間違いないのだろう。そんなヤガミの推測に気が付いたかのように、やしながヤガミに向かって説明をし始めた。
「少し職種は違いますが、彼女も我がバトルメード部隊の所属でえるむと申します。はるかとも、何度か顔を合わせてるわね。えるむ、こちらはるかの飛行隊の隊長で、ヤガミさんとおっしゃるそうよ。」
「…え、こちらの方も、や、やがみさんでいらっしゃるんですか?」
「そうなのよ、面白い偶然でしょ。それで博士に会わせようかと思ったのに。」
「……はあ、ホントにもう、申し訳ありませんです…。」
「いや、だから、何もえるむが謝らなくても。」
先程からどうも、自分の名前に関して何かがありそうだと引っ掛かっていたヤガミが、内心で首を捻ると、小さな簡易椅子に大きな身を縮めるようにして傍らの席に座った王島が、笑顔で注釈を差し入れた。
「えるむさんのお知り合いの方も、岩神さんとおっしゃるんですよ。後程でもお会いになれますでしょう。」
「…ああ、そういうことでしたか。面白い偶然ですな。」
当たり障りのない返答を返しながら、状況に得心のいったヤガミは、出来れば会わない方が平和なのかもしれないと内心で背筋を緊張させながらも、改めて目前のえるむという名のバトルメードに意識を集中させた。行動のマイペース振りを物語るかのようなのんびりとした口調と、何処かぼんやりと夢見るような表情は、やしなやなつきといったバトルメード達とは随分と毛色が異なって見える。しかし休憩にと席に付きながらも、おさんどんに立ち働く女性達の中から、ちょくちょくと指示の確認が入っている辺りを見ると、この慌ただしい現場を取り仕切っていることは確からしい。そんなことを考えている側から、お盆を片手にそそくさとはるかがやってきたかと思うと、えるむに向かって話しかけた。
「えるむさーん、マフィンはもう無いですかって。」
「あ、すいませんです。そこに出ているものが最後でした。」
「了解です、今度お菓子の作り方、私にも教えてねー。えーと、そんでもって、おうどんが二つと、レンコンシチューと、後は何だっけ?」
「ええ、もちろん。いつでもどうぞですー。」
「はーい、私とヤガミさんがおうどんで、王島さんはレンコンシチューをどうぞ。」
「はっ、はいっ! 光栄です!!」
「…はるか、私のアップルパイを意図的に抜いたわね。」
「えー、そんなことはしてないけどー、そう言えばパイもそろそろ売り切れっぽかったかもー。」
「ちょっと! えるむの自信作を楽しみに来たのに!!」
「あ、やしな先輩の分は、ホールでお取り置きが…。」
「えっ、やしなってば、ホールケーキ丸ごと一人で食べるの!?」
給仕と客のポジションに分断されても、なお勢いの衰えないバトメ同士の舌戦に半ば圧倒されつつも、ヤガミは、はるかとえるむとがにこやかに、何処かほのぼのと接している姿にそっと胸を撫で下ろした。その横で、椅子に座った姿勢としては、限界一杯まで背筋を硬直させつつ、なつきが目の前に差し出したレンコン団子入りのホワイトシチューを、感動の眼差しで眺めていた王島に、背後から子供達の声が投げ付けられた。
「王島のおっちゃん、そんなにレンコンシチューが好きなのかよ。」
「うーん、それはちょっと違うんじゃないのかな、コースケ。」
ヤガミと王島とが、妙に息の合った動きを見せて振り返ると、ジェドとコースケとが背後に佇んでいた。コースケは都合三つ目であろう緑色のマフィンを片手に、まだもぐもぐと口元を動かしたままである。
「おう、コースケも、よっぽどマフィンが気に入ったんだな。」
「へへ、初心の人達のお菓子って、意外と食べたことないからさ。給食にはお菓子出ねーし。」
「ははは、そりゃそうだな。ジェドも、うどんは旨かったか。」
「味は面白かったけど、箸はまだ少し苦手なんです。」
「そうか、まあフォークでもいいじゃないか。」
「うん、乾麺ていうのを茹でるのは、やらせてもらって面白かった。」
「おう、成程、保存食だから今回は乾麺か。菓子作りも確か、調理実習ででもやることが決まった筈だったな。女の子達はどうした?」
「まだ向こうでクッキー食べてるよ。」
「なんか作り方あちこち覗いてたし、女って食うのが遅いからさー。」
「コースケ、それを直接言うのは…。」
悪ガキ共と楽しげに話を続けていた王島が、ふと言葉を途切れさせて、視線を彼らの背後へと投げかけた。反射的にそれを目で追いかけたヤガミと子供達にも、二人の若い男が足早に近付いて来るのが目に映る。少しウェーブがかった髪を、男にしては珍しい長さまで伸ばして風になびかせた、綺麗な顔立ちの男と、それとは見事なまでに対称的な、まるで性格の悪さを反映しているとでもいうようかのように、姿勢と目付きの悪いひょろりとした男とが近寄って来る。たった今まで続いていた楽しげな会話の余韻を、背後に取り残すかのように、王島は瞬間で表情を改めてすっくと立ち上がると、二人の男達へと歩みを進めた。
「…どうした、何かあったのか。」
「いえ、まだ具体的に何があった訳でも無いのですが。」
「…嫌な奴見かけたんで、一応な。」
「うーむ、柊星に嫌な奴と言われてもなあ。」
「まあ、そうなんですよね。」
「……てめぇらなー。」
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