鹿島神宮白馬祭
「コースケ、何か旨いものにはあり付けたのか。」
「うん! 俺さっきチョコのマフィン貰って、これはとうもろこしの奴なんだ。」
「そうか、二個目なのか。腹の足しになりそうなものは、もう売り切れだったんだな。」
「ううん、ジェドが今、苦労してうどん食ってるよ。俺はうどんじゃ、食べ飽きちゃったからさ。」
「成程、どうせなら珍しいものが食べてみたいからなあ。」
「そうそう!!」
子供の体重とは言え、太い腕に慣れた様子でコースケをぶら下げたままで、王島はさして力を入れている素振りも見せずに平然と歩みを進めている。いきなりの悪ガキらしい歓迎振りに、一度はさすがに足を止めたバトメ達だったが、はるかの状況説明を受けて再びこちらも歩き出していた。これまでは注目を集めはしても、何処か遠巻きに三人のバトメ揃い踏みを見つめていた周囲の人々だったが、コースケの突撃を見せつけられて何処かほっとしたかのように、何とは無しにその雰囲気も親しげに和らいで、ひそひそとした噂話が盛り上がり始めたような気配が漂っていた。
それは全体として決して印象の悪いものでは無かったが、それでもやしなはふうと息を吐き出しながら、小さな声で呟きをもらした。
「…やっぱりお高い女って言われるのね。これは本気で、燃費改善を考えた方がいいのかな。」
「うーん、どちらかというと話題として面白がってるみたいなので、頑張って改善してもやっぱり言われるかもしれませんねー。」
「そのあたり、なかなか難しいわね…。」
「それならいっそ、燃費は悪いけどパワーで勝負って、メリットとして宣伝するっていうのは?」
「…意見としてはもっともなんだけど、はるかに言われるとなんだか中身が無いみたいに聞こえるのは、どうしてなのかしら。」
「そうなんですよねー。」
「ああー、二人ともひどーい。」
まるで磁石がその見えない力で砂鉄を吸い寄せるかのように、周囲の注目を集め、それにはさりげなく気を配りつつも、十分に楽しげなおしゃべりを続けながら、バトルメード達は実演コーナーのテントを目指して歩み寄った。現場はちょうど、最も人の集まる昼食時の炊き出しを終え、慌ただしさの山場を乗り越えた頃合いであるらしい。料理を求めて並んでいる人の列もそれ程の長さではなく、あちこちに設えられたテーブルに座り込んでは、食べるよりはおしゃべりに興じているのが目に付いた。そのテントの中で、ボランティアらしき女性達が、給仕や食べ終わった後始末にと、てきぱきと働いている中から、ハイ・バトメとは少し違う制服のバトルメードひとりがやしな達の姿に気が付いて、いそいそと外へ出て一行の到着を出迎えた。
「あ、やしな先輩、みなさまも、お疲れさまですー。」
華やかでふわふわと広がるハイ・バトメと比べると、随分とすっきりしたスーツ型の制服である。真っ直ぐな黒髪が前下がりに切り揃えられ、食べ物を扱う作業中らしく、ヘアバンドできっちりと押さえられていた。さして大きな声でもないのに、不思議に通りの良いその声は、しかし何時になくやや疲れがにじんで、少し息切れしたかのように、長めの語尾が力無く途切れるようにも聞こえた。
「? どうしたの、えるむ、何だかくたびれてるけど。」
「あ、いえ、そんなことはないんですけれども…。」
えるむと呼ばれたそのバトルメードは、それでも何とか笑って見せたが、やはり憔悴した雰囲気は拭いされない。首を傾げたやしなの後を引き取るように、きょろきょろと周囲を見回したなつきが、疑問の声を上げた。
「そういえば、博士の姿が見えませんねー。今日は確か、ここで一緒にお手伝いって、言ってましたよね。」
そのなつきの言葉を聞いたえるむは、世にも情けなさそうな顔をして、しどろもどろに言葉をかき集めるように説明をし始めた。
「えと、あ、あの、今日はあちこちの屋台で、発電機とかガスコンロとかの故障が多くてですね、博士とWD部隊の方々が、対応に回って下さっていて…。」
「あら、それで便利にパシリに使われて巡回中なのね。」
「……す、す、すいませんっ!!」
「ん? 何もえるむが謝らなくてもいいじゃない。」
「いえ、あの、えーとですね…。」
「とにかく、お昼時も一段落でしょうから、えるむも一休みしたら? 今活きのいいお手伝いを一匹調達してきたから。」
「…はあ、あのう…。」
「……え、待って。もしかしてそれ私のことなの!?」
「当然でしょ。さ、はるかは座ってる暇なんてないし、ちゃっちゃと働きなさい。」
「そうそう、はる姉、私もおうどん食べたい。」
「……うどんは、久しぶりだな。」
「ちょっと、そこ、どさくさに紛れてどーしてヤガミまで座り込んでるのっ!!」
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そのWD部隊のパシリ二人は、呼び出された先へと顔を出すたびに、何故か故障が直ってしまうという偶然を繰り返し、屋台の並びを後にして早々にテントへと取って返す途中だった。人々のごった返す道の表側ではなく、作業用の裏道を通り抜けていた彼らだったが、その片割れがふと足を止めた。テントの並んだ向こう側へと視線を向け、風の匂いを確かめる猟犬のように、じっと動きを止めている。
「どうした、柊星?」
少し先へと進みかけて、その様子に気が付いて戻ってきた瑞穂だったが、柊星の視線の向こうには、テント越しに道を行き交う人の流れが見えているだけである。しかし柊星は、唯でさえ目付きの悪いその目を、さらに眇めるようにして、人込みの流れの行方を睨みつけている。
「んー。今なんか嫌な感じの奴がいた。」
「柊星に言わせると、いい感じの奴の方が少ないんじゃないかな。」
「…ったく、なんで女共はこんなに性格の悪い奴が嬉しいんだか、理解に苦しむぜ。」
周囲のテント群の昨日の設営にも、しっかりと借り出されていた二人だったが、同じくWD部隊からの面々の中で、唯一作業中の女性に囲まれていた瑞穂が、平然と言葉を返す。
「それはTPOを外さないからだと思うよ。同じ言葉でも、言っていい時と悪い時がある。柊星には、ちょっと難しそうだけど。」
「……けっ。」
言葉では茶化して返した瑞穂だったが、何しろ柊星の感覚の鋭さは並ではない。少し表情を改めた瑞穂は、今度は真面目に質問を返した。
「具体的に、何かしてたのか?」
「あそこのテントの支柱の辺りで座り込んで、ごそごそしてやがった。」
唇を歪めて如何にも嫌そうに吐き出された柊星の言葉を聞いて、瑞穂は自分の記憶を巻き戻し、風景の中を行き交う人物の検索をし始めた。言われてみれば、確かにテントの隅に座り込んでいた男が、裏道を歩いてくる彼らの姿に気が付いて立ち上がったかと思うと、そのまま顔を背けるように足早に立ち去っていたのを覚えている。
「…ああ、あれは昨日柊星が苦労して張った天幕だからな。」
「てめ、人が高いところへよじ登らざるを得ないように、いつの間にか周到に仕組みやがったのはどこのどいつだっ!!」
「うん、まあ、それはもちろん俺だけど。だって柊星は高いところが好きじゃないか。」
さすがの柊星も口をぱくぱくとさせながら、次の言葉を探し損ねて絶句しているその横で、瑞穂は記憶の断片をさらに引き出しながら、ぽつりと呟いた。
「……北国人の、白い髪だったね。」
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