二荒山武射祭
華やか且つ賑やかなバトルメードに先導され道を進んだヤガミ達は、やがて両側に所狭しと屋台の並んだ道を通り抜け、その目前には視界の開けた広場が姿を見せ始めた。この農業博覧会の会場は、普段なら恐らく、何もないだだっ広い場所なのだろう。そこにまずこういった比較的面積の大きい幾つかのコーナーを設け、それを屋台の細道で繋ぐような設置をしているらしい。迷路のように描かれた会場の案内図は、物見遊山には面白そうではあるものの、目的の場所にたどり着こうとするのはやや難しくも思えるが、小さな屋台の前を公平に客を巡らせるには、良く考えられているとも言える。
当然この広場のようなメインのコーナーには、確実に客足が集まるであろう、人気の高い展示が選ばれている筈だった。優秀な農業生産物の表彰や展示即売、試飲コーナーなどのイベントが催されているそれら他のメインコーナーと比べると、この場所はやや地味な内容だと言えるのかもしれない。屋台に囲まれた狭い道を抜け、広場へと足を踏み入れてみると、思ったよりも群衆は疎らで、ごった返す人波に揉まれるのにやや辟易としかけていたヤガミは、こっそりと安堵の息を吐き出した。
とはいえ、逆に目立つようになったのは、ここまでの道筋のような流れの中では、時折見かけるだけに過ぎなかった、子供達の姿である。人込みが薄まったのをいいことに、ばたばたと騒がしく走り過ぎる子供の足音と笑い声を聞きながら、ヤガミはこの場所が、子供向けの展示の集まっているコーナーなのだと遅まきながら気が付いた。保存食技術の実演や、国内の自然環境調査など、教育的傾向の強い展示を集めたということなのだろう。成程この場所であれば、警備も兼ねたボランティアとして、バトルメードやWD部隊が手伝いをしていても、問題にはなりにくい。さりげなくはあるが、物事のつぼを押さえたその配置の妙に、切れ者の意図を感じ取ったヤガミは、我知らず唇の端を歪めたような微かな笑みをにじませた。
「向こう側の大き目のテントが、自然環境調査の研究展示になっておりまして、その手前の辺りで藩国部隊が実演や炊き出しの手伝いをしている筈です。この時間だと、麺類各種の試食が一段落した頃合いですな。子供達が食べられるようなものが、残っているといいのですが。」
背の低い子供達の姿が目立つようになって、より一層人波からその長身をはみ出させているように見える王島が、長い腕を伸ばして前方を指さした。テントとは言っても、一番大きなものは高さも面積も相当なサイズで、この手のイベント用というよりは、過去何らかの仮設施設で使われていた物の、流用なのではないかと思われた。その手前に見えてきているのは、雨や日差しを凌ぐだけの簡単な造りのもので、屋根だけで側面の無いその内部では、何人もの人間が忙しく出入りして、立ち働いている姿が遠目にも見えている。
「…子供らの環境調査には、WD部隊が同行した合同作戦もあったと、さっきコースケに自慢されたところだ。」
「や、今日知り合ったばかりで、そんな話までされているのですか。」
「悪ガキ共には、それだけ楽しい体験だったんだろう。バトルメードの歓迎振りといい、藩国部隊が子供達に大人気というのは、広報宣伝努力の結果だろうと感心していた。」
子供達の話題に、さも嬉しそうににこやかな表情を浮かべていた王島は、ヤガミの言葉を聞いて、一瞬でその顔付きを引き締めた。目鼻立ちのくっきりとした造作から、純朴そうな温かな感情が綺麗に剥ぎ取られると、その下から現れたのは、強固な意志が形になったような、頑として揺るぎない戦うものの横顔だった。
「…ご存じかとは思いますが、残念ながら我が藩国内には、民族紛争問題の色々ないざこざがあります。藩国部隊の中立性を藩内に如何に浸透させるのかが、重要な課題のひとつであることも確かですが、それだけではなく、民族融和を趣旨とした藩国行事などに対して、不穏な妨害活動を企む輩がおりまして。藩国の自然環境破壊は合併時の環境移植計画の不備の結果であるとの主張が、過激派の中にあるのも事実です。」
「……成程、それで合同作戦と…。」
「実際に手を出して妨害するところまではいかなくとも、親御さん達が警戒して参加を渋れば、それだけで行事の開催としては大打撃になってしまいますからな。とはいえ結果として、子供達に喜んでもらえたのであれば、我々としては大いに満足というところでしょう。」
頑なな程に生真面目な王島のその横顔に、ほんの気配だけの自負の笑みが浮かび上がる。偏見や差別といった、実体を持たない最も厄介な相手を敵に回して、それでも一歩も引かずに戦いを挑もうとする、その堅固な意志を感じ取って、ヤガミはもう一度、唇に微かな笑みを刻み込んだ。自分が、火星経済の未来というような、実体を掴みかねる厄介な相手に戦いを挑んでいるのと同じように、ここにもまた、無謀な戦いに真っ向から挑もうとする、頭の悪い奴がいる、そんな仲間を見出したような気分だった。だが王島は、はたと我に返ったようにヤガミを振り返り、その顔に人の良さそうな表情を取り戻してやや赤面すると、恐縮したように頭を下げた。
「どうも身内の話ばかりで、失礼致しました。」
「……いや、貴重なお話を聞かせて頂いて、こちらとしても参考にさせてもらえればと思う。」
「はあ、本来敵ではないものとの小競り合いというのは、無駄な消耗戦以外の何物でもありません。何とかならんものかと無い知恵を絞るばかりですが、何かの足しになるようでしたら幸いです。」
「目先の利益に捕らわれない敵味方の識別というのは、長期戦の戦況判断の胆だ。」
「は、全くの同感ですな。最終的な目的も定まらないまま感情論と気分で喧嘩を吹っ掛けるなどということは…。」
「おおっ、すげー! お高い女が三倍になった!!」
子供達の展示の説明の筈が、いつの間にやら部隊運用の話へと脱線しかけていたヤガミ達の前方から、相変わらず素っ頓狂に威勢のいいコースケの声が投げ掛けられた。思わず足を止めたバトルメード達の向こう側には、食べかけのマフィンらしきおやつを片手に、もう片方の手でびしりとバトメ達を指さしたコースケの姿が立ちはだかっている。が、とりあえず勢いで言ってしまってから、三倍というか、やしなの迫力あたりを換算すると、4、5倍になるのではという彼女らの予想外の威圧感に、コースケは今更ながら怯んだように動きを止めた。そしてそのまま、コースケはぱたぱたと小走りでバトメ達を大きく迂回し、その背後に回り込んだかと思うと、例によって王島に駆け寄ってまとわり付いた。
「なーなー、二人ともお付きなのかよ。やっぱ尻に敷かれてるんだな。」
「おいコースケ、今のへっぴり腰の直後に言われたくはないぞ。」
「…まあ、敵味方の判断としては、敵に回してはいかん相手は、良く分かってるようだな。」
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