大神神社おんだ祭り
仲がいいのか悪いのか良く分からない、悪ガキ共さながらの荒っぽいじゃれ合いを眺めながら、これは少し面倒なことになったと、ヤガミは一人状況の検討に思考を巡らせていた。反政府運動という程度の、適当な騒ぎを起こすことそのものが目的の茶番劇ならともかく、明確に民族間の紛争を煽るというような工作活動が相手となれば、対処を検討するこの場に部外者が混ざっている時点で、既に立場としては微妙なものがある。現在ここにいるメンバーにはそれなりの信用を獲得することが出来ても、巡回に会場内を歩き回る大人数の人員全体にまで、ヤガミやはるかが協力者であると浸透させることが出来るとは思えなかった。こうなってみると、バトルメードの制服に酷似した格好のはるかを、早々に捕獲してくれたのが王島であるということは、十分にラッキーな事態であったと言えそうである。危険人物の情報がもたらされた後で、うっかりと巡回中の警備網に引っかかりでもしたら、王島のような冷静な対処ははとても望めなかっただろうし、状況の分からないままでは、こちら側としてもある程度シビアに対応せざるを得ない。事態があっと言う間に悪化するであろうことは目に見えるようなタイミングの悪さを、間一髪で回避していたことに、ヤガミは内心でほっと胸を撫で下ろした。
「別に莫迦にはしないけど、柊星の言動に色々と問題があるのはどう転んでも事実でしかないよね。」
「そっちの都合で勝手に決めつけられたって、んなこたぁ俺の知ったことじゃねぇ。」
「…頼むから、御大以外の軍のお偉方に向かってそういうことを言ってくれるなよ。」
「まあ柊星が柊星だということを、今更とやかく言ってみても仕方が無かろう。これだけ素行が悪くても、それを上回る優秀なプラッドハウンドだというのも、単純に事実だからな。半端に行儀が良くなって鼻が鈍るようでは、どっちつかずで余計に始末が悪い。」
「……それは確かにそうですね。」
「そんなことよりも、俺は瑞穂が不機嫌なところを見たのは初めてのような気がするぞ。珍しいものを拝ませて貰ったな。」
「ああ? 何言ってやがんだ、瑞穂の不機嫌なんてしょっちゅうじゃねーか。機嫌が悪いほど笑ってやがって気持ちが悪いっつーか、そっちの方がよっぽど始末が悪いだろうがーよ。」
「む、そうか、俺からはとてもそうは見えんのだがな。」
「ええと、ともかく状況の検討に話を戻しましょう。こうなると、無闇に白い髪の人物という情報を流さない方がいいかもしれませんね。」
恐らくは普段、他人に自分の感情を読まれまいとしているのであろうプライドを、あっさり柊星に暴露されそうになった瑞穂が、微妙に赤い顔をしながら慌てて王島達の雑談を遮った。自分の情報が危うく作戦方針を惑わす元に成りかけたというばつの悪さも手伝ってか、珍しくもやや早口になりながら、瑞穂は話の先を促した。
「特にWD部隊は人員の大半が旧都築系で占められていますので、一度思い込んでしまうと判断が迷走してしまうのは避けられないでしょう。誰もが柊星のような動物並みの勘の持ち主ではありませんし。」
「……おい。」
「ふむ、そうだな。確かにこうなると人種的にどちらという特定の方法は、逆に避けるべきだろうな。」
「…では、バトメ部隊の側は偽装の可能性を指摘しての監視を強化して、視点の多重化を図りましょう。ウィッグ着用の人物と言えば、女性ならかなりの確率で見分けると思われます。」
「成程、男共にはそういう区別はなかなか出来ませんが、女性陣ならしっかり判断が付きそうですな。」
「基本方針は先程のまま、伝達情報について部隊ごとに差異化するということで、大筋よろしいでしょうか。相手側に不明な点が多過ぎるという状況は難しいところですが。」
「…相手が民族間感情の悪化を狙っているのなら、戦術は大規模破壊による大量の犠牲者か、もしくは意図的なパニックの扇動だろう。破壊工作は警備を厳重にすればある程度防げるが、それ以外に、バトメ部隊を前面に出した作戦行動としての避難誘導プランを策定しておいた方がいい。」
不意に切り込むように投げ出されたヤガミの言葉に、その場に居合わせた一同が一斉に振り返った。如何に王島がヤガミの能力を高く評価しているとしても、今日初めて会ってほんの少し立ち話を交わしただけという人間の発言が、実際の作戦立案にどの程度の重さをもって採り上げられるのかは、また別の話である。自分の意見が、その場でどのように扱われるのかは定かで無かったが、彼らの会話を聞きながら、とりあえずその状況検討能力の高さに賭けてみようと考えを決めたヤガミは、そのまま強引に言葉を続けた。
「会場の何処かで大きな騒ぎが起きれば、誘導情報が伝達されない限り人間の流れは出口へ向かって一斉に押し寄せる。この博覧会の出入り口は、一カ所だけなんじゃないのか。」
「……一応他にもゲートはあるのですが、今回一般に宣伝されているのは正門だけになっていますな。あの入り口のオブジェは、今回の催しの目玉のひとつですので。」
「今日ここまで来るのに、人の波に乗って歩くだけでそれなりに苦労した。あの門へ向かって会場内の人間全部が殺到したら、中も相当な騒ぎになるが、パニックはそのまま外へ広がって街中まで伝染するぞ。」
ヤガミの放り出した言葉が、まるでその場で炸裂して沈黙を撒き散らしたとでもいうように、誰もが息を飲んで黙り込んだ。実際にそんな事態が予想されるかどうかよりも、想定される中で最も被害が大きい場合を指摘してみたヤガミだったが、それがどの程度の確率で起こり得るのかは、この国の民族紛争がどれ位深刻な状況であるのかによって大きく左右されるだろう。そういった現地の生の感覚は他所者には掴みがたい情報であり、この推測に対して彼らがどう反応するのは、ヤガミにも予想の付かないところだった。だが、その沈黙は長くは続かなかった。程なく、一同の思考の空転を破って、これまでの穏やかな余裕を削ぎ落としたようなやしなの張り詰めた声が、ぴしりと辺りに響いた。
「…なつきちゃん、今回閉鎖になってる出入り口の情報と、その周辺が今どんな状況になってるのかもう一度確認して。今日使われていない場所については、説明情報がほとんど手元に無いわよね。」
「はいっ、デフォルメマップじゃなくて、ちゃんとした地形地図を入手して来ますので。ちなみに係員用の搬入口なら、今朝食料品の運び込みにえるむさんが立ち会ってますので、よくご存じと思いますー。でわっ!」
まるでギアが切り替わったかのように行動に唐突な急加速をかけ、本領発揮とばかり勢いよく走り出していくなつきの後ろ姿を、分かりやすくじっと見送りながらも、王島は厳しい表情で低い声を絞り出した。
「…場合によっては、フェンスを潰して臨時の脱出口を造ることを考えた方がいいかもしれませんな。」
「現在空いている広い場所を確認しておいて、一時的に避難プールとして人間を待機出来るようにしておけば、移動の時間に余裕が出来るんじゃないですか。その場所に救護所を設置すれば一石二鳥ですし、誘導も速やかに出来そうですし。」
「WD部隊を露払いに先行させて安全を確保しつつ、バトメ部隊が誘導というようなポジション分けが必要かもしれませんね。会場外についてまでは、これだけの人員ではとても手が届きません。部隊に連絡を入れて、緊急の場合には対処が可能なように準備を進言しましょう。」
一気に状況対処の思考が走り始めた面々の表情を確認しつつ、ヤガミはゆっくりと立ち上がった。はっとしたようにやしなや王島が振り返るのに向かって、自分の口元がにやけないように注意深く引き締めながら、ヤガミは努めて無愛想に、突き放したような言葉を投げ付けた。
「……具体的な作戦立案に入るなら、部外者はいない方が話しやすいだろう。この場所以外が本部になる可能性はあるのか。」
「…しばらくは、ここが情報センターになると思います。現状バトメ部隊の人員はここを中心に動いていますし、WD部隊の方々にご協力頂いて警官隊とのチームを再編するのには、もう少し時間がかかりそうです。」
「とりあえず、この辺りをうろついている。用があったら声を掛けてくれ。集団パニックが起きれば、一番弱いのは身体が小さい子供になるだろう。このコーナーの周辺に子供が集まってるなら、ここは重要保護ポイントの筆頭だな。」
「……はい、了解致しました。ご協力心から感謝致します。」
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