ごもっともさま
「なんだ、そんな言い訳をせんでも、自分からアタックをかけるまではちゃんと内緒にしておいてやるとも。口の堅さには自信があるぞ。」
「口だけ堅くても何にもならねぇじゃねーか。おっさん、あらゆる意味で勘違いしまくりだろーがよっ!!」
「…ああ、そういえばその問題もあったのか。じゃあ違うのかな。」
唐突に賑やかな応酬を始めてしまった王島と柊星とを眺めながら、その起爆ボタンを押した張本人にもかかわらず、一人取り残された形になった瑞穂が、至ってのほほんとした声を上げた。今にも掴み掛かからんばかりの柊星の剣幕にも動じる気配も見せずに、見るからに機嫌の良さそうな笑顔でその悪口雑言を受け流していた王島が、瑞穂の呟きを聞き付け、律義に質問を投げた。
「うん? 瑞穂はまだ何か気になることでもあるのか。」
「いえ、俺じゃなくて。柊星に、何か気になることがあるんじゃないかと思ったんですが。」
「なんだって?」
思わぬことを言われた王島は、驚いた顔でちらりと瑞穂へと視線を投げてその表情を確認すると、改めて柊星へと向き直った。目鼻立ちがくっきりとしたその顔立ちが、丸々と目を見開いて真正面から見詰めているというのは、なかなかの迫力である。その圧力に押されたという訳でもないのだろうが、柊星はまるで拗ねた子供のように、唐突に口をつぐんで黙り込んだ。
「柊星、何か引っ掛かることがあったんじゃないのか。」
瑞穂に再度そう促されて、柊星はじろりとその鋭い眼差しで相方の顔を睨みつけた。しかし瑞穂の方はと言えば、まるでいつものことだとでも言いたげに、涼しい表情のままじっと柊星を見つめ返しているだけである。やがて根負けしたかのように、柊星はぼそりと、押し殺したような低い声で呟いた。
「……白い髪だったが、北国人の顔立ちじゃなかった気がする。」
「なんだと?」
「…立ち去る時に一度だけ、ちらりと振り返りやがったんだ。髪は綺麗な白い髪でも、顔立ちや身のこなしは北国人らしくなかった。」
「…顔の記憶は俺には無いんだけど。目の色は?」
「それは見えなかった。前髪が変に長くて、顔に被さってたな。」
「東国人の顔立ちだったと?」
唐突に勃発して、また唐突にシリアスへと突入して静まり返った男達のやり取りに、慣れているとでもいうように平然と聞き入っていたやしなが、誰もが口に出すのを躊躇していた言葉を、すらりと斬り込んだ。一同の視線が、鋭くやしなと柊星との間を行き交う只中で、柊星は瞬間だけやしなの顔へと視線を投げてから、まるで目前に当のその男が存在しているかのように、厳しい眼差しで空をじっと睨み付けた。そのまま、獲物に狙いを定める猟犬さながらに、瞬きも身動ぎもせずに停止していた柊星は、やがてぽつりとため息に紛れた言葉を吐き出した。
「……断定出来るかと言われると難しいけどな、東国人でも無かった気がする。白い髪はどうしても印象的で目に付く。あの状況で平然と俺達をやり過ごそうとする程肝が据わってるような野郎なら、それはそれで素人とも思えねぇ。むしろ俺が不審に思って警戒しているのを確認してから立ち去ったとしても、おかしくは無いタイミングだったな。だからこんなに嫌な感じがするんじゃねーかと思う。」
「…それは、なかなか危険な情報というところですね。」
如何にも嫌そうに白状した柊星の言葉に、同じようにため息に紛れさせたやしなの苦い声が答えた。政府に反発する団体が、抗議行動としてこういった会場で騒ぎを起こそうとするのなら、確かに問題ではあるが、それはあくまでも嫌がらせのハプニング程度の計画にしかならないだろう。しかし、ある程度の組織的計画性を持ったテロリスト的集団が、目的を持って工作していると言うのなら、その被害の度合いは、行き当たりばったりの素人レベルとは、比べものにならないような規模になってしまう可能性も高い。まして国外の人間が、意図的に民族紛争を扇動するような偽装の上で破壊活動を行うとしたら、事は農業博覧会の警備という程度の問題では済まされない。
当初の想定よりもさらに状況が厳しいかもしれないことを告げる柊星の情報に、最初は驚いた顔の王島だったが、その詳細が頭に染み込んだらしい硬い表情になると、引き結ばれた口元を歪めながらぐっと腕を組むと、こちらもため息交じりに柊星に話し掛けた。
「どうしてそれを先に言わんのだ。」
「…はっきり断言出来るほどの確証が持てなかったんだよ。」
「それで後から単独行動とかで、証拠を探して勝手に動き回られたりすると、余計に厄介なんだよね。」
こちらも低くくぐもったような瑞穂の声が、珍しくも苛立ったような雑音混じりにぼそりと響いた。思わずむっとしたらしい柊星が、反射的に不貞腐れたような返事を返す。
「るせーな、俺が非番の時間に何処で何しよーと、俺の自由だろうが。」
「周囲が作戦行動中でもか? 猟犬であっても狂犬じゃないんだ、少し頭を冷やせよ。」
「んだとぉ。」
「おい、頭を冷やすなら二人共だぞ。瑞穂もまんまと騙されかけて頭にくるのは分かるが、お前が冷静さを欠くと、柊星が暴走する分だけでも被害は甚大だ、それを忘れて貰ったら困る。」
「…はい、申し訳ありません。」
「……何だか俺が莫迦にされてるような気がすんだけどよ。」
「まさか、お前の能力は高く評価しているぞ。だが自力で制御出来ない以上、瑞穂のコントロールとセットでなければ意味が無いだろう。」
「…あんまりこれとセットにされるのは気が進みませんね。」
「瑞穂もそう言うな。何しろ、これを曲がりなりにもコントロール出来る人物は、WD部隊中捜してもお前しかおらんのだからな。お前の制御能力もピカ一なのは折り紙付きだろう。」
「……おい、てめーら、どう考えても俺が一番莫迦にされてるじゃねーか。」
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