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2010年2月11日 (木)

建国記念の日

 

 

***   感謝祭のますかれーど21   ***

 

緊張感の中にも、微かに温かな称賛の気配がにじむやしなの声を聞きながら、ヤガミは至って無愛想に見えるよう表情を引き締め、ほんの頷くだけの会釈を返した。そのやしなの傍らでは、王島が堂々たる体躯を、がしりと音のしそうな勢いで直立不動の姿勢に正すと、気合のこもった敬礼を披露して見せる。それに続くことこそしなかったものの、瑞穂と柊星とがてんでにそれぞれらしい態度で送っているその視線が、十分に好意的な親しさを含んでいるのを感じながらも、ヤガミはそれにくるりと背を向けて、足早に隣のテントへと近付いて行った。

正直なところを言うなら、当のヤガミとしても、自分が指摘したようなパニックの扇動が実行される確率は、実際にはそれ程の高いと考えていた訳ではなかった。群衆心理が時として非常に危険な恐慌状態に陥ってしまうことは、もちろん事実だったが、それを意図的に扇動するなどということは、言う程簡単なことではない。むしろヤガミが懸念していたのは、その暴発のスイッチを、警備に当たっている筈のその当人達が蹴飛ばしてしまう可能性が否定できないという事実だった。

不審人物の捕捉といった任務を一度与えられてしまうと、軍に所属しているような、チームでの作戦行動に順応する訓練を積んだ人間は、その思考の方向性を切り替えるのが酷く難しくなる傾向が強い。パニックを起こしかけて逃げ惑う群衆に、高圧的な取り締まりを強行するような態度で臨めば、正にその恐怖感こそが、本当の意味での騒乱の引き金を引くことに成りかねなかった。そして、治安維持を行う筈だった自国軍が、何の罪も無い群衆に対して強権的な行動を取ったというイメージの傷痕は、長く人々の意識の底辺に刷り込まれることになるだろう。

多少誇張した表現であっても、一先ず部隊全体に集団パニック発生の可能性を示唆し、万が一の時には、不審人物よりももっと恐いものが襲い来るかもしれないという認識があれば、ミッションの標的は比較的速やかに切り替えることが出来るだろう。ヤガミの忠告の裏に、そんな部隊員の心理こそを操作する意図を隠されていることを、やしな辺りは勘付いているのかもしれなかった。バトメ部隊をセンサーに、警官隊とWD部隊がタッグを組んでの実力行使に動くというのは、確かにそのバランスを考えた布陣であるとも言える。自分の指摘は、やしなに取っては渡りに船だったのかもしれないと考えて、思わずヤガミはその口元に歪んだ笑みを浮かび上がらせた。やしなの戦術指揮センスのレベルも、正に徒者では無さそうだった。

彼女や王島に任せておけば、このまま何事も無く肩透かしな平穏の内に一日が終わるのかもしれないという期待を、ぼんやりと抱いているヤガミだったが、それでも敵勢力がどの程度の規模のものなのかが不明である以上、楽観的に構えている訳にもいかなかった。以前この国を訪れた際に、ちょうどはるかとヤガミとが遭遇する羽目になった、帝國環状線と呼ばれる鉄道網に対する破壊工作にしても、飛行部隊での救出を行うという、それなりのレベルに達している武装勢力による作戦であったことは、疑いの余地がない。

前回せっかくの旅行中にもかかわらず、勝手に暴走し華々しい乱入までやってのけたはるかを、大急ぎで回収してそそくさと逃げ出したという、全くの通りすがりに巻き込まれただけのヤガミだったが、そんな部外者の視点から見ても、よくもあれだけの作戦に対して、この国の部隊も互角に防いだものだと、後から状況を再確認して、珍しくも上機嫌になったのも事実だった。ヤガミが感心する程の両者のあの手並みを考えれば、今回もまた、それに匹敵する作戦が構築されているとしても、おかしくはなかった。

いずれにしても、敵が一体どんな存在で何を狙っているのか、その情報が極めて少ないというのは、行動判断の根拠には手痛いところではあるのだが、一方で柊星のように、そんな論拠の必要性などすっ飛ばしたところで、的確に真実を見抜くちからを持つ者も存在する。ヤガミが論理的根拠というよりは、野生の勘のような柊星の情報を採用した王島達の判断を、そのまま信用する気持ちになったのは、それが他でもないはるかの能力と、同じ種類の感覚であるような気がしたからだ。現在のこの状況に対して、ヤガミが遊撃部隊として彼らの盲点となる事態に備えようとするのなら、はるかが現状をどのように感じているのかということは、大変重要な指針となりそうだった。

そんな理由付けを脳裏で展開しながらも、ふとヤガミは、尤もらしい大仰な言い訳を並べてみたところで、自分が単純にはるかの顔を見たくなったという方が、真実に近いのかもしれないと思い浮かんで、ほんの少しだけその唇を緩ませた。はるかが、子供達と賑やかな調理に勤しんでいる姿が、見てみたかっただけなのかもしれないと。ヤガミにとって、もしかするとそれは、不思議な感覚だったのかもしれない。彼の目前には、何時如何なる時にも戦うべき敵が存在し、ヤガミは自分が戦う意味などというものは、考えたことがなかった。だが、今、この瞬間にヤガミが戦うということは、即ち自分が大切に想う存在の笑顔を守るという、揺るぎない意味を持っていた。それは確かに、不思議な感覚だった。ヤガミはその胸に満ちた暖かな何かを味わうようにして、一歩を踏み締めながら前へと歩いて行った。

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