えいぷりるふーる
コースケのその言葉を聞いた瞬間、見事な程に同じタイミングで、王島とヤガミとが揃って弾かれたように振り返った。そのままの勢いでのしのしと歩み寄る王島が、ぐんと息を吸い込んで胸を張ると、大きな体躯がさらに膨らんで一回り大きくなったかのように見える。その身体全体を響かせるようにして、王島は周囲の空気までもが振動しそうな迫力のある声を上げた。
「コースケ、その悪戯というのはどんな奴だ。」
「あ、え?」
自分の言葉が巻き起こした思わぬ反応に驚き、コースケがきょとんとした表情で進んできた王島を見上げている。そんなコースケに畳み掛けるようにして、ヤガミが言葉を継いだ。
「コースケ、落ち着いて。場所は何処だか覚えているか。」
「え、えっと、もうちょっと先かな。どの辺だっけ、ジェド。」
「なんか白い画鋲みたいの、くっつけてたってやつだろ? この辺だった気がするけど。」
きょろきょろと周囲を見回したコースケとジェドが、現在地を確認しながら小走りに動き出すと、王島がそれを追って長い足を踏み締めるように歩いて行く。ヤガミは傍らのはるかを振り返ると、やや潜めた声で早口に囁いた。
「はるか、この通路は狭すぎる。子供達の移動準備を。避難場所はお前の勘に任せる。」
「りょ、了解です。みんなー、ちょっとパネルから離れて、通路の真ん中へんに集まってくれる? この順路の狭いところは、ここからどれぐらい続いてるか覚えてるかな。」
「もうちょっと行くと、入り口のところみたいにまた広くなるの。そこが一番奥で、ジェドの研究はそこにあるのよ。」
やや固い顔付きで頷いてから、それでもはるかは落ち着いた声を上げて、子供達を自分の周囲に集め始めた。小刻みに曲がり角を作って、展示パネルの面積を増やそうとしているらしい細い通路は、かなり見通しの悪い場所だったが、それを補うかのように、はるかは曲がり角の真ん中に陣取って、前にも後ろにも視界を確保できるよう油断無く視線を投げかけている。先程の不安の雰囲気は未だその表情に残っているものの、それでもはるかが、瞬時の状況を正確に把握しているのを見て取って、ヤガミは思わず浮かんでしまった微かな笑みを押し隠した。
コースケが目撃したというのが、何等かの破壊工作の仕掛けだとするのなら、彼らは今、正にその只中に自ら飛び込んでしまったということに他ならない。だが、危機感に緊張を見せながら、しかしそれに動揺することもなく、冷静に対処しようとしているはるかを見ていると、そんなことはさしたる問題ではないことのようにヤガミには思われた。別段、RBを駆って戦場に剣鈴を振るうまでもなく、命はいつでも脆く儚く、何時如何なる時にも存在の危機に晒されているものなのかもしれない。ただ必要なものは、襲いくる危機を過大にも過小にも惑わされることなく、それそのものの姿を見つめ続ける、澄んだ視点そのものなのかもしれなかった。
はるかの様子に満足したヤガミは、パネルの展示を確認しながら動き出した、コースケとジェド、そして王島の後を追って自分も足早に順路を進み始めた。曲がりくねって見通しの悪い通路を、あちこちに目をやりながらゆっくりと進むコースケは、まるで大成功の自分のいたずらを自慢するように興奮した声で、目撃した内容を説明し始めた。
「俺達もポスターの鼻のとこに画鋲刺したりするけど、あんな感じでさ、白くてぶよっとしたのがついてるのを、パネルの端っこにくっつけてたんだぜ。」
「ひとつだけか。」
「んー、俺が見つけたのは、みっつぐらいかなー。」
「僕は直接は見てなかったんだけど、場所はこの辺…。」
「あ、あった、あれだっ!」
そう叫んだコースケが、反射的にそのまま問題のパネルへと駆け寄ろうとするのを、王島の腕が背後から見事に捕らえてぐいと引き戻した。そして、驚いて見上げながら固まってしまったコースケとジェドを、まるでこのためにこそ鍛え上げられたかのような、強靭な身体の背後へと隠しながら、そのパネルへとにじり寄った。
「…どの辺だ、コースケ。前に出ないで、場所だけ教えてくれんか。」
「その、右下の隅っこの方、白い紙の上に、白い粘土みたいのがくっついてるやつ。」
そう言いながら指さしたコースケの腕の、さらに前に割り込みながら、王島はじっと目をこらした。確かに、木製のパネルに貼られた白い模造紙の片隅に、指先ほどの柔らかそうな塊が盛り上がっているのが、ようやく目に止まる。
「せっかくやるならさあ、ちょっとは目立たないとつまんないのに、これだと全然見つかんないじゃん。でも、展示を見るふりをしながら、すげーさりげなくぺとっとやってて、常習犯て感じだったんだぜ。」
「…コースケ、ジェド、お前達の方が目が良さそうだ。この場所から動かないで、他にもないかどうか探してくれんか。」
「お、おう。任せとけ!」
「あれ、何? 王島さん。」
「…分からんが、まあ、念のためだ。」
努めて冷静な声で子供達に返事をしながらも、王島の目は険しい視線のままその白い何かを、じっと凝視していた。それに追いついたヤガミが、こちらもそっけない事務的な口調で声を上げた。
「何れにしても、この辺りから見学者を移動させてからでなければ、無闇に触れないだろう。出来れば周囲のパネルを取り払って、スペースを確保した方がいいんだが、他には無いかどうか全部を確認してからでないと無理だな。」
「…まずは、人員退避が先決のようですな。」
深いため息ととも、王島が言葉を絞り出した、その瞬間。彼らの背後、先程通過してきた大きなテントの辺りで、鈍い地響きを伴うような衝撃音が鳴り響いた。
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