烏型飛行機ノ飛翔
柊星に容赦なく突き飛ばされ、見事地面へと転がされた黒髪の青年だったが、それでもその手荒い扱いが、紛れも無く自分を助けるためのものであることだけは、辛うじて頭の片隅で理解していた。危うく舌を噛みそうな衝撃の勢いで、身体がぐるんと回転するさらに上から、柊星の身体が瞬間覆い被さって、二人の身体は揃って転がりながら地面へと投げ出された。その柊星達の傍らを、軽やかな足音が駆け抜けて行く。その音に瞬時に反応して、まるで遅れを取るまいとするかのように、柊星の身体はバネのように跳ね上がって身を起こした。
ようやく自分の身体の自由を取り戻した青年が、何とか起き上がって、周囲を見回したその白煙に埋もれた視界の中に、白い煙を正に煙幕として利用するため、低く姿勢を下げたまま、先行する二人を追って走り出そうとしている柊星の後ろ姿が捉えられた。つい先程まで仲間であった筈の、白髪を装った男を追い詰めようとしているバトルメードともう一人の男が、その向こう側にかすんで見える。その位置が、ついさっき自分達が爆薬を置いて回ったポイントの直ぐ側であることに思い至って、彼は無我夢中で大声を上げたのだった。
その言葉は、なつきと瑞穂とを下がらせるために発せられた言葉だったのだが、しかし、その瞬間に二人が同時に選択したのは、それとは正反対の行動だった。素早い身のこなしを、瞬間さらに加速させながら、なつきが地面すれすれへと身体を沈め、その反動を利用して箒型銃の長い柄を、自分を基点に大回転させたのである。凄まじい速度で空を切った反対側のガラスの箒が、ざあっと音を立てて地面をこすりながら、前方の男へ向かって小さな砂粒を巻き込みつつ跳ね上がった。何の変哲も無い小石のようなものでも、これだけの速度で飛んで来るのでは、それなりの脅威になる。反射的にもう一度パネルの向こうへと、男が身を隠したその瞬間を捉えて、パネルごと圧し倒そうと狙った瑞穂が、重心を下げた踏み締めるような駆け足で、設置の継ぎ目を目掛けて態勢を整える。
パネルの設置に参加していた瑞穂達には、それがどうやって組み立てられ、つまりはどの位置にどれだけの力を加えれば破壊出来るのか、それが本能のように無意識に、しっかりと頭に入っていた。身体が資本のWD兵としては、随分と華奢な体格の部類に入る瑞穂ではあったが、それでも、狙い違わずパネルに突進すれば、充分にその破壊に成功していた筈だった。しかし、その前進は思わぬ方向から阻まれた。本命の男が逃げ込んだパネルの向こう側から、細く赤い光が走って、白煙に色を映しながら頭上へと伸びる。パネルの至近距離まで接近していてそれに遮られ、背後への視界が利かないなつきと瑞穂の耳を打つように、柊星の怒号が響いた。
「二人とも下がれ! 上だ!!」
パネルの向こうへと隠れた目標を追って、追撃を掛けようとしていたなつきの頭上で、がたりという音が響いた。はっと我に返るよりもさらに速い、反射的な無意識の動きで、瑞穂となつきとが自らの前進の勢いに強引にストップをかける。そのまま大きく後ろへと跳び退ったなつきの後を追いかけるようにして、天井から吊り下げられていた、案内表示のパネルが落ちてくる。地面に当たって、ぐしゃりと派手な音を立てながら転がった合板製のパネルは、落下の勢いで叩き割られ、周囲へと破片を飛び散らせつつばたりと倒れた。
落下の直撃や破片からは何とか逃れたなつきと瑞穂だったが、落ちてきたパネルの残骸は、しっかりと順路を塞いで入り口方面への道を遮っている。その向こう側に逃れた男は、これでまんまと逃げ果せたということになるだろう。それこそ、周囲の展示パネルを破壊してしまえば、もちろん脱出口を開けることは可能だが、そんな悠長なことをしている時間を、あの冷たい笑みの男が与えてくれるとは到底思えなかった。
「おう、怪我はないか。」
「な、何とかー。」
「ああ、折角柊星が苦労してぶら下げた案内板が。」
「…どうせだったら、これが頭にぶち当たってもその減らず口が叩けるのか、確認してみりゃ良かったぜ。」
「えっ、こんな美形をそんなもったいな…じゃなくて、そんなぶっそーな実験よりですね、爆薬って一体どの辺りにあるんでしょーか。」
「……そこらのテロリストよりか、バトメの方が恐ろしいんじゃねーのか?」
口の中でぶつぶつと呟きながらも、柊星は足早にとって返すと、地面にへたり込んだまま、再び放心している黒髪の青年の腕をぐいと掴んで引き上げた。
「爆薬の位置を、全部把握してんのか。」
「…も、元々設置予定だったポイントから変更になってる部分があるんだったら、それは、俺には…。」
「それより前は知ってんだろ。この辺の一番大きいのってのは、何処にある?」
「い、今、上から落ちてきて道を塞いだ、そこの向こうぐらいだ。見物客の避難を確認した後、入り口に近いところから発火させて、反対側に向かって燃え広がるように…。」
「…中に逃げ遅れが紛れ込んだりしないようにってことなんだな。上出来だ。」
柊星はそう呟きながら、微妙に嬉しそうにも見える顔付きで、唇を歪めた。そのまま腕を掴んで、柊星が強引に立たせようとぐいと引き上げると、彼ははっと気が付いたように顔色を変えた。
「い、いや、まだなんだ。子供達のグループがいた筈なんだけど、まだ出て来ていない…。」
「ああ、おっさん達のことか。そっちはたぶん無理に入り口まで戻って来ないで、奥へ進んでるんだぜ。俺達も急いでこっから離れよう。さっきの奴が安全距離を取ったら、爆破が始まる。」
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