« 全ての時代に、全ての人々に | トップページ | トポロジー »

2010年4月15日 (木)

阿國忌

 

 

***   感謝祭のますかれーど36   ***

 

低く唸るような柊星の声を聞いて、元々大きななつきの眼が、さらに丸々と見開かれた。人々を集めた今回のような博覧会の会場に、爆発物を仕掛けて見物客に被害を及ぼすことが目的であるのなら、その動機はまだ推測出来なくもないが、こんな状況をわざわざ煙幕で演出する必要など、何処にもない。爆発音に続いて閉鎖空間に煙が立ち込めれば、人々は脇目も振らずに逃げ出してしまうことは間違いなく、今正にそれは見事に証明されていたが、こんなことをして何になるというのだろう。

「…や、やしな先輩に、伝令を飛ばしますっ。」
「そうだな、速い方がいいぜ。わざわざこんなところで煙幕焚いて、何考えてやがんのか知らねーけど、単純な放火犯よりややこしいことを企んでる可能性はあるだろ。」
「少なくともさっきの爆発音は本物だと思うし、実際お客は一斉に逃げ出して大騒ぎにはなってるけど、今のところは怪我人も出てなさそうだしね。この程度の混乱じゃ抜き打ちの避難訓練ぐらいのことで、それ以上という訳でもない。まるで、この会場から、人を追い出したかったみたいなやり口だね。」

確かに瑞穂の言うとおり、最初からそれ程の人気があったという訳ではない展示テントの中は、既に大半の人々が逃げ出してしまった後らしく、白煙に巻かれた人影はかなりまばらになってきていた。白く立ち込めた煙の中を、テントの奥から逃げてきて、ようやく出口へと辿り着いたらしい人影が、微妙な安堵の表情を浮かべつつ、ぽつりぽつりと走り出してくる光景は、騒ぎも一段落に向かっているような、やや間延びした状況であるようにも見える。

「もしくは、人間を他の場所に誘導したかったとか、騒ぎそのものが囮の可能性を考えた方がいいかもしんねーけどな。ま、司令部に情報が届いてれば、考えるのはそっちの仕事だ。俺達は俺達のミッション片付けようぜ。」
実働部隊らしい割り切りの良さで思考を切り替え、改めて周囲に目をやる柊星を見て、なつきははたと我に返った。柊星と瑞穂とが、如何にこういった非常事態の現場でのエキスパートであると言っても、本日非番である彼らは、厳密には飽くまでも善意の一般市民であり、現在この場所での責任者はなつきなのである。藩国部隊きっての問題児が自分の指示を待っているという状況に、今更のように慌てたらしいなつきは、忙しない口調で呟きながらわたわたと動き始めた。

「ええっと、えっと、ちょーっと待って下さいね。やしな先輩へ伝令と、火が迫ってないなら出口の拡張と、後はなんでしたっけ、あ、ちなみに爆発音がしたのは、このパネルから順路を少し進んだところだと思いますー。」
「先に行ってもいいか。」
「いえっ、い、今私も行きますからっ!」
口調は大慌てではあるものの、舞い上がって状況把握が出来ていないということもなく、必要な対応指示をきちんと出しているなつきの姿を見ながら、大変珍しいことに、柊星はその口元に微かな笑み浮かべて、大人しくその指揮ぶりを眺めていた。

「…今日は何だか、想定外のことが沢山起きるな。」
「ああ? そういう瑞穂はぶつぶつ独り言ばっかじゃねーかよ。」
「うーん、まあ、我ながら無理もないと思うんだけどな…。」
「お、お待たせしましたっ、行きましょう!」
彼らの後を追って、何とか脱出する人々の流れを遡ってきたバトメ達に、てきぱきと指示を出し終えたなつきが、二人の元へと駆け戻って来る。まるでその気合いの程を証明するかのように、なつきは手にしていた白銀の箒型銃を、たんと小気味良い音を立てながら、真っ直ぐに地面へと突き立ててみせた。なつき本人よりも、僅かに背の高いその細長い杖の先で、きらきらと銀の粉のような光を放つファイバーを束ねたガラス質の穂先が、しゃらんと音を立てる。

バトルメードのトレードマークとして必須とも言われる箒型銃ではあったが、昨今の満天星国藩国部隊においては、実戦的な武器であるよりも、むしろ帝國のバトメを象徴する儀礼的な意味付けが定着しつつあった。特に不殺能力を要求される場面の多いハイ・バトメの装備品は、状況に応じたきめ細やかな威力制限と、一見しただけでもその実力を喧伝する華やかさとの両立を追求して、趣味と実益のボーダーラインに問題があるとも噂される一部の開発担当者達によって、行き過ぎと批判される程に複雑怪奇なギミックの幾つかを出現させていた。

なつきが手にしている杖のようなものもまた、そのラインナップのひとつである。細身の外見からすれば手品のような精密さをもって、銃としてのシステムをきちんと残していたが、通常は長さを生かした打撃系の得物として使用されることが多い代物である。既に箒として使われる機会は皆無であろうその銃に、それでもなお、強化グラスファイバー製の新素材を用いた箒部分を作ってしまったあたりは、間違いなく趣味の範疇に突入してしまっている。とはいえ、一般的な戦闘に要求される身のこなしとは、全く異なるコントロールの技術を要求される銀色の箒を、好んで使うバトルメードはほとんどいないといってもいいだろう。目前で揺れて光るガラスの穂先を目にして、柊星と瑞穂は思わず、一瞬その視線を見合わせた。

「このパネルの向こうから順路になって、奥のテントへ続く中継ぎのちょっと狭い通路に続いています。爆発音は、たぶん通路よりも少し手前あたりじゃないかと思います。行きましょう!」

|

« 全ての時代に、全ての人々に | トップページ | トポロジー »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 阿國忌:

« 全ての時代に、全ての人々に | トップページ | トポロジー »