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2010年5月 2日 (日)

天の浮橋

 

 

***   感謝祭のますかれーど41  ***

 

「はるか、子供達の避難を。」
やや遠いながらも、その爆発音からそれなりの威力を感じ取ったヤガミは、音の方向へと視線を向けたまま、即座に声を上げた。既にその場にいた誰もが、音がした方向を振り返っている程の大音響である。狭い通路を入り口の方向へとすれ違おうとしていた、帰り道らしい数人の見物客が、一瞬呆然と立ち尽くした後、ヤガミの声にはっと我に返ったような表情で、あたふたとそのまま駆け出して行く。だが、はるかは落ち着いた声で、確認の質問を返して来た。
「奥が広いなら、そっちの方が安全な気がするけど、行き止まり方向に逃げてもいい?」

確かに、爆発音のした現場がどんな状況になっているのか定かではない以上、無闇にそこへ子供達を連れて行くのは危険かもしれない。かと言って、行き止まりと分かっている方向へと逃げ込むことにも、躊躇を感じたのだろう声を上げながら、しかしはるかの口調は、その選択に問題がないと確信しているらしい冷静さに満ちていた。その声音に込められているのが、疑問というよりも確認なのだということを、しっかりと聞き取ったらしい王島が、こちらも落ち着き払った声で反応の良い返答を返した。

「問題ありません。いざとなれば、テントを一部解体して脱出口を開けますので。」
「…まあ、あれだけ派手な爆発音だ。外のバトメ部隊の連中も、同じ対応を考えるだろう。」
こういった群衆を集める会場で騒ぎが起これば、まず人々の冷静沈着な対応など望むべくもない。このテントが細長い行き止まりの構造をしていて、避難の流れが一カ所の出入り口方向へと向かうしかないのなら、退避の距離を考えれば、反対側の最も移動が長くなってしまう場所に非常口を設けるべきなのは、むしろ自明のことでもある。

はるかは、避難口をこじ開けることを想定した上で、それで構わないかの確認をしたのであろうし、王島の返答は、そっくりヤガミの返そうとした内容そのものだったのだが、声を上げるのに一瞬の遅れを取ったヤガミは、取って付けた様な補足をぼそりと呟いた。十二分に現場慣れしているらしい王島の反応は、ヤガミから言わせても頼りがいのある、経験値の確かな厚みを感じさせたが、はるかの質問に答え損ねたという残念さは、また別の話である。

とはいえ、ヤガミのそんな微妙な心境までは聞き取れなかったらしい王島は、至って明るい屈託の無い口調で、さらに言葉を継いだ。
「ははは、そうですな。やしなさんにお任せしておけば、間違いないでしょう。我々はのんびりと救援を待っていれば良さそうですな。」
そう言いながら、王島は自分の背後のコースケとジェドを振り返り、二人の背を大きな手の平で押しながら、彼らを促した。
「宝探しは後回しだな。お前達も、一緒に避難しておけ。」
「えー、俺達は大丈夫だよー。」

王島の言葉に、見る間にぷくりと頬を膨らませたコースケが、例によってその腰に纏わり付くようにしながら、不満そうな声を上げる。しかし、返って来た王島の返答はこちらも頑として動かし難い意志の強さを秘めた、逆らいがたい迫力をにじませていた。聞こえた爆発音がどんな意図によるものであるにしても、現在彼らが確認している最も大きな危険は、目前に存在する粘土状の不審物である。王島にとっては、まずは目前に事実として存在する脅威から、子供達を遠ざけることこそが、最優先のミッションであったのだろう。
「駄目だ、状況の確認が取れるまでは、ここから離れておけ。」
「でもさあ、王島より俺達の方が、絶対見つけるの速いじゃんか。」
「…コースケ、ここよりもまず、一番奥のテントの確認が先だ。女共より先行して、展示物を一周見て回ってくれ。」

ヤガミが再びぼそりと声を上げると、王島とコースケ達とが同時に振り返った。目前の不審物に気を取られていたらしい王島が、その顔に微かな緊張をにじませている。それとは対照的に、ジェドとコースケの顔が、任務を仰せつかった喜びに輝いているのを見て取って、ヤガミは思わず、自分の顔を無表情に保つのに苦労する羽目になった。
「わ、分かった、俺達が偵察隊だな!」
「そうだ、その代わり何かを発見したら、絶対にそれ以上近付かないで、超特急で報告に来るんだ、約束出来るな。」
「大丈夫! よーし、任せとけって!!」
「奥のテントは、展示の飾り付けで一番長く見てるから、変なものがあったら直ぐに見つかるよ!」
「ヤガミさん、しかし、それは…。」

うっかり先行偵察を失念していた反省からか、王島が硬い表情で生真面目な異議の声を上げる。コースケとジェドとが、もう既に浮かれて動き始めている隙をぬって、ヤガミはこっそりと、王島に囁いた。
「…何か危険があれば、はるかが先に気が付く。問題無い。」
ヤガミの言葉に、王島はあからさまな驚きの表情を返して寄越した。普通に考えるのならば、その反応も無理からぬところだろう。コースケが悪戯現場の目撃を言い出すよりも前に、はるかが危険を察知していたことを、王島は知らなかったし、たとえ知っていたとしても、はるかの感覚の異様なまでの鋭敏さは、そう簡単に信じられるようなレベルを逸脱してしまっている。

だが、ヤガミがはるかの第六感を全面的に信頼していることは、その口調から王島にも伝わったようだった。微妙に首を捻りながらも、王島は渋い声で返答を返した。
「……はあ、まあ、なつきさんのお姉様ですから、並の方では無いのでしょうな…。」
王島の妙な納得の仕方に、こちらも微妙な笑みを返しながら、ヤガミが先を促そうと振り返ると、その機先を制するように、はるかが素っ頓狂な声を上げた。
「あっ、えるむさん、姿が見えないと思ったら、何処に行ってたんですか!?」

はるかの視線が、自分の背後を見ているのに気が付いて、ヤガミは慌ててそちらの方向を振り返った。ちょうど細道を曲がって、えるむが何やらぜいぜいと肩で息をしながら、ようやくという風情で顔を出したところである。
「…はあ、そのう、花の写真に見惚れていましたら、気が付くと皆さんに、置いて行かれてしまったというかですね…。」
掠れた声で息を切らして、えるむは何とか足を進めながら、状況の緊迫感からちょっとずれたような説明を返して来た。そしてえるむは、そのどこか一本抜けたようにのんびりとした、いつも通りの口調のまま、全く無自覚の特ダネを一同の目前に無造作に披露した。
「そしたら凄い音がして、びっくりして皆さんを探そうと思ったんですけど、急に辺り一面、白い煙だらけになってしまって、回りが良く見えなくてですね…特に火が燃えているようには、見えなかったんですけども、不思議ですよね…。」

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