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2010年5月27日 (木)

比翼の鳥8

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 パートナーシップ 21

 

 

***   パートナーシップ 22   ***

 

恵の小柄な姿がくるくると自分の周囲を飛び回って、身体に取り付けられていたセンサーを外していくのを、無闇に動き出してしまいそうな自らの手綱を引き絞るようにして、ドランジは辛抱強く待っていた。その手際の良さを考えれば、恵の作業時間がほんの一瞬であることは分かりきっているのに、それすらやけに長いように思えてならないのは、紛れもなく自分自身の早る気持ちによるものでしかない。そんなドランジの心中を感じ取っているのか、恵は大急ぎで作業を終えると、はきはきとした小気味の良い声でドランジへのGOサインを告げた。

「メディカルチェック、全て終了です。戦闘配置への復帰を許可します。」
「了解した。ありがとう、恵。」
「どうか、ご武運を。」
それは決して大きな声ではなかったが、真っ直ぐな祈りの込められた言葉だった。機械のように正確な最小の動作で身を起こすと、ドランジは、その言葉に込められた気持ちを自らの胸に刻むように、恵の声を耳の底に残したまま、素早くベッドから飛び降りて足早に歩き始めた。脇目もふらず一目散に、その長身が近付いてくるのに気が付いたのか、士翼号の前で整備班の作業を見守っていたニャンコポンが、肩越しにちらと振り返っているのが見える。その距離を、がつがつとハンガーの床を踏み締めて一瞬で横切り、傍らへと飛び込んだドランジに向かって、その気迫にも怯むことなく、いつもと全く変わらない余裕の雰囲気で、ニャンコポンは整備作業の進行状況をドランジに報告した。

「艦橋から催促の通達は入ってるけど。作業にはもう少し時間がかかるわ。」
「了解。出来るだけ、急いで頼む。」
「言われなくても急いでるわよん。」
ほっそりとした長い脚で床を踏み締めて仁王立ちになり、見事なバストを見せつけるかのように両の腕を組んだニャンコポンが、例によってにやにやとした笑みを浮かべながらそう切り返してくる。しかしドランジとしては、再出撃よりも前にこの人物と話す機会を得たことの方が、むしろ幸運なのではないかと思われた。

「…ライラは、戦場を離脱するのが苦手なのか?」
「今頃気が付いたの?」
前触れもなく唐突に話し始めたドランジに、まるでそれを待っていたとでも言いたげなニャンコポンの返答が投げ返される。走り回る整備班員達の動きに、油断無く視線を走らせているニャンコポンの表情を、ちらりと伺ってから、その本心を探るのは半ば諦めるような気持ちで、ドランジは再び口を開いた。
「そうだな。今頃気が付いた。」
「まあ、気が付かないよりはマシなんじゃないのー。」
冗談とも本気ともつかない口調でそう言うと、ニャンコポンは始めて振り返り、傍らのドランジの顔を下から覗き込んで、赤い唇でにやりと笑みを作ってみせた。たったそれだけのことで、反射的に緊張を感じ、顔を強ばらせたドランジに追い打ちを掛けるように、その笑みが消え失せ、刃のように冴えた鋭い眼光が姿を現した。

「ライラにも、弱点はある。着艦が苦手に見えるのは、単純に操縦技術の問題なんじゃない。彼女は、仲間を戦場に残したまま、自分がそこから離れるということが、どうしても割り切れないのよ。」
「…ああ、確かにそうだ。とても、彼女らしい。」
「そうね、ライラは欲張りなのね。高い理想を掲げ、それが如何に遠い道のりなのかを理解していて、それでも諦めない強さがある。遙かな未来へと少しでも前進するために、寸暇を惜しんで何かを為そうとする。でも、そういう努力を、休み無く全力で実行し続けることは、彼女にも出来ない。」
「…そんなことは、当然だ。そのためにこそ…。」

ニャンコポンの言葉を聞きながら、いつの間にかドランジは自分の思考に集中し、その視線に晒されている己の状況を忘れてしまっていた。この夜明けの船にやってきて、ライラの傍らに立つ者になろうと決意し、これまでその努力を惜しんできたつもりは無い。彼女のその強さに焦がれて、同じ戦場に並ぶ己を夢見た。だが、彼女のことを知れば知るほど、それがライラの全てではないのだということにもまた、気が付いていた筈だったのだ。にもかかわらず、自分は果たして、共に歩むということの本当の意味を、理解していたのだろうか。ドランジの脳裏に、いつか聞いたヤガミの言葉が浮かび上がった。彼女がその役を演じている間は。あの時既に、ヤガミはそれを知っていたのに違いない。白い死の女神の裏側に隠された、彼女の涙を。

己の思考に没頭していたその目前で、緑色の何かがふわりと揺れて、ドランジははっと意識を取り戻した。いつの間にか、ドランジの目前へと滑り込んだニャンコポンが、至近距離から彼を見上げているのがようやく視界に映る。反射的に身を引こうとするドランジの襟元を掴んで引き寄せるようにして、ニャンコポンはもう一度にやりと笑みを作った。
「…私は、彼女と同じ戦場に立つことは出来ない。この先は貴方に任せるわ。」
いつも通りのその笑顔とは、酷く裏腹に、その声は不思議な程の真剣さに満ちていた。一瞬息を飲んだドランジは、自分の頭の中から、その真剣さに答えるのに相応しい言葉を苦労して探し出した。
「…すまん、感謝する。」
「貴方が私に詫びることも、感謝することも必要ない。」

驚くほど静かな、しかし動かし難い何かの決意をその背後ににじませた声で、ニャンコポンは即座にそう答えた。その迫力を気圧され、返す言葉を失ったドランジに向かって、ほんの一瞬、ニャンコポンは誰も見たことがないような優しい笑みを浮かべて見せた。
「…私もまた、長い間彼女を待っていた。ただそれだけ。」
「……待っていた?」
思わずそう聞き返したドランジだったが、ニャンコポンはそれに答えることなく、再びひらりと身を翻して彼に背を向けた。

「…さあて、そろそろ整備班の作業は終了しますのでー。パイロットは再出撃のチェック準備に入って下さいねー。」
「……ああ、了解した。」
目まぐるしく変わるニャンコポンの態度に翻弄され、ぐらぐらとした目眩さえ感じそうなドランジは、己の疑問に対する返答を諦め、自分自身の身体をルーチンワークに乗せて走らせるべく、改めて深く息を吸い込んだ。だが、そのドランジに向かって、まるで止めを刺そうとでも言うかのように、肩越しに振り返ったニャンコポンがぽつりと呟いた。
「あの生き残りの母艦、腹にしこたま水雷を抱え込んでるわよ。ライラの弱点は見抜かれて、狙われている、そう覚悟しておくのね。」

 

 

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