メキシコ王の娘の日
ひそひそと一応形ばかり声を潜めてはいるものの、狭い通路では結局丸聞こえのえるむ達の内緒話に、ヤガミははたと我に返った。目前で、大変珍しい柔らかな笑みを浮かべていたはるかもまた、はっと気が付いたように表情を改め、勢い良くくるりと振り返ると、あたふたと子供達に話し掛けた。
「ご、ごめん、ちょっとぼっとしちゃったけど、もちろん私も直ぐ行きますっ。さあー、出発、出発しよう、ね!」
わだかまった女の子達の背中へと腕を広げて、順路の先へと促しながらも、はるかはまだヤガミの動向が気になっているのか、ちろちろと視線を背後へと投げて、最後尾の様子を伺っている。そんなはるかの表情に、つい緩んでしまう頬を何とか引き締めながら、ヤガミもまた狭い通路を奥へと進み始めた。
「は、そういえばえるむさん、あんまりパネルの側には寄らないで、出来るだけ真ん中を歩くようにして下さいね。」
「はあ、真ん中ですか?」
「そーなの、さっきね、コースケとジェドが、パネルにくっついた変なのを見つけたのよ、ねー。」
「ええっと、変なのって何なのでしょうか。」
「分かんない!」
「?」
「あのですね、どうもさっきの怖い人達と、関係がありそうなんですけども…。」
ヤガミが動き出したのを確認して安心したのか、はるかは歩きながら、如何にも女同士らしい井戸端会議的情報交換に花を咲かせ始めた。口々に自分の情報を報告し合っているはるか達のやり取りを聞いている限りでは、この手のお喋りに、年齢差というものはあまり関係がないらしい。とりあえずは気持ちの落ち着きを取り戻したというところか、もしくは、そうして緊張を紛らわせることで、自分のペースを整えようとでもいうのか、何れにしても、男の子達とは全く方向性の違う、環境への適応能力の高さは、やはり女性ならではというところだろう。そんな女性陣の賑やかな声の先導からは、少しだけ距離を取りつつ、ヤガミは自分の思考をフル回転させ、これまでの情報の総点検を進めていた。
こんな博覧会会場で爆発音というのも只事ではなかったが、テント内で煙幕を焚くような手のこんだ真似をするというのは、単なる示威行動にしても随分用意周到な計画ぶりである。発煙筒を作るぐらいは、素人にもいくらでも方法はあるが、その煙を、これだけの大型テント一杯に充満させるのには、かなり高度な化学的知識が必要になるだろう。しかもそれに必要なだけの量を、曲がりなりにも警備の目をかい潜って、会場内へと持ち込むことに成功している。ヤガミは歩みを進めながらも、同時に脳内の情報を総動員させ、さらに油断無く周囲のパネルへと視線を走らせた。こんな手間隙を掛けて、一体何を企んでいるのか、問題なのはその点なのである。それによってこれから、この周囲のパネルへと仕掛けられた悪戯が、どんな芽を吹くことになるのかを、大きく左右することになるだろう。
前を行く賑やかなお喋りをナビ代わりに、自分の思考に没頭しつつ進んでいたヤガミは、彼女らの声が急に周囲に拡散したのに気が付き、慌てて自分の意識を引き戻した。狭い順路の曲がり角を越えると、思いがけない程大きな空間が、目前に開けていた。入り口付近のテントは、比較的小さくパネルで区切られて、それ程見通しが良かった訳ではないが、こちらは同じぐらいの面積を丸ごと大きく使い、テントの中とは思えないような、広々とした展示スペースを確保している。既に他の見物客は皆避難済みであるらしく、遠慮する相手もいなくなったまたとない遊び場には、コースケ達が嬉々として走り回っていた。
テントの中央では、王島の長身が腕を組んで仁王立ちになり、現場監督よろしく、張りのあるその声で男の子達に指令を送っている。はるか達が、急に広いところに出てしまって、面食らってでもいるように辺りを見回しながら近付いていくと、振り返った王島がにかっと、如何にも彼らしい裏表の無い笑顔を見せた。
「ああ、ご到着ですな。女性陣がお出での前に、安全確認は無事終了しております。」
「えっ、このテント全部ですか?」
「は、悪ガキ共はなかなか優秀な偵察兵のようです。元々、ジェドの展示の部分は自分達で作成したものですし、変更部分にも即座に気が付きました。」
「えっとだから、僕一人の展示って訳じゃないんだしさ。」
「誰かさー、俺達が設置した後に、ちょっとだけ並べ方いじったみたいなんだぜ。俺がちゃんと見つけたけどな!」
「だけど、変えた後の方が分かりやすかったじゃん。誰かがきっと、直してくれたんだよ。」
「えー、でもー、コースケのうっかりはいつものことだからー。もっかい女の子達でも見回りしようか。」
「んだよ、それっ!」
姦しい女同士のお喋りとはまた違う、言葉のドッジボールのような投げ付け合いが始まって、ヤガミはまたしても表情を緩ませながら、改めて周囲へと視線を投げた。それぞれの部門別に、応募作品の中でも優秀作ばかりを展示しているらしいこのテントでは、作品のスペースも比較的大きく取られ、見応えのありそうなディスプレイがなされている。その中でも最も人目を引く、入り口から正面に当たる一等席に、お偉いさんの挨拶文らしきものがでかでかと掲げられているのに気が付いて、ヤガミは思わず皮肉げに口元を歪めた。
「…ではまず、この陣地の安全確認は完了ということで、問題無さそうだな。」
「はい、これで一安心というところですか。」
「やったーい、みっしょんこんぷりーとー!」
「外の連中が動くにしても、もう少し時間はかかるだろう。それまでの間、じっくり展示を見学させてもらおうか。」
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