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2010年5月24日 (月)

火産霊の馬鹿ばやし

 

 

***   感謝祭のますかれーど46  ***

 

人数もさることながら、はるかやえるむを筆頭とする女子の一群に囲まれる形になったジェドは、さすがに緊張を隠せない微妙に赤い顔をしてはいるものの、それでも落ち着いた声で、展示の解説に口を開いた。先程ヤガミが聞いたものと、もちろん内容は同じものだが、言葉遣いや説明の順序は、微妙に異なっている。一緒に研究活動を行っていた仲間達は、当然これまでそういった発表にも立ち会っているだろうし、全く同じ台本を読み上げるのではなく、説明の構成だけをしっかりと組み立てて、聞く者に合わせてその場でアレンジ出来るというのは、研究内容を自分の知識として消化吸収していることの証拠でもあった。

むしろさっきの説明よりも、さらに分かりやすいのではと思われるジェドの解説を聞きながら、ヤガミはそれとなく、背の低い子供達に配慮するような振りをして、一群の後ろ側へと静かに移動した。熱心に解説に聞き入っている一同の背後には、同じように子供らの視界を遮らない位置に陣取った王島が、如何にも嬉しそうな表情で腕を組み、解説に耳を傾けている。一番後ろの子供達の背中から、さらに空間を確保して、仁王立ちに長い脚を踏み締めている王島の立ち位置を見て、ヤガミは一瞬だけ唇の端に笑いを浮かび上がらせ、それをまた押し込めた。

音も無く歩み寄ったヤガミが、そのまま傍らに収まって、ジェドの方へとさりげなく向き直ると、それをちらと横目で眺めてから、少しだけ身体を寄せた王島が低く抑えた声で囁いた。
「…どうも少し困ったことになりました。」
「……困ったこと?」
同じように抑えた声でヤガミが囁き返すと、王島はその人好きのする顔立ちには、やや不似合いな、裏側に何かが籠もるように隠された、薄い笑みを浮かべて見せた。
「他の展示も拝見させて頂きましたが、どれも力作揃いですからな。おいそれと展示を壊して、脱出口をこじ開けるという訳にもいかない気がしてきました。」
「…ああ、成程。」

王島の言葉を聞いて、ヤガミもまた得心がいったとでもいうように頷きながら、呟くような返事を返した。ジェドと子供達の研究がそうであるように、ここに集められた展示作品は、皆同じように、単純な調査研究というようなうわべだけの内容ではなく、己の母国の自然や農産物に対する誇りと愛情とに満ちていた。それは恐らく、王島が藩国部隊の一員として守りたい何か、やしなやなつきが、バトルメードの制服に身を包んで守りたい何かと、とても良く似ているものなのではないかと、ヤガミは考えた。それは、ヤガミやはるかが、夜明けの船に対して抱いている思いと、同じ種類のものなのだろう。そしてふと、ヤガミはその外側へと思いを馳せた。自分達は、火星もまた同じように守りたい何かなのだと、胸を張って言えるのだろうか。

とはいえこの状況で、そのまま自分の物思いに没頭してしまうという訳にもいかなかった。ヤガミは、取り留めなく拡散してしまいそうなその思考を、機械的に切り替えて、王島への返答を捜し出した。
「…展示作品を温存したいと言うのなら、脱出口はあの、挨拶文のセクションしか無いと思うが。」
「うーむ、止むを得ませんな。しかしあの小さなパネルの面積だけに限定して穴を開けるというのは、なかなか難しいかもしれません。」
「確かに、下手をすると周囲まで巻き込んで、広がってしまう恐れは高い。その辺りは、骨組みの構造を確認するまで、何とも言えないところだな。」

いざとなればもちろん、展示作品よりも子供達の安全を優先する決断に、少しの迷いも無いヤガミではあったが、だからといって、誰かが守りたいと思うもののボーダーラインを、そう簡単に諦めるつもりもなかった。王島も、子供達も、そしてたぶんはるかも同じように、展示作品を無闇に壊すことには異議を唱えるのではないかと考えてしまったヤガミは、まるではるかにそうやって抗議を受けたような気がして、反射的に微かに首を竦めた。

「? どうかなさいましたか。」
「…いや、何でもない。壁をぶち抜いて脱出するだけなら、ぎりぎりの事態まで待ちに徹するのもいいんだが。戦果を欲張るのなら、危険排除に打って出る手もありそうだな。」
「は、今のところ最も高い危険の排除ですな。」
王島のその言葉に、ヤガミは敢えて言葉では返答せず、ちらと傍らの長身を見上げてみた。まるで、それを待っていたとでもいうように、王島はヤガミに向かってかちりとさりげない目礼を返すと、そのまま音も無く風のように踵を返した。一瞬の迷いも無いその反応に、ヤガミは思わずにやりと、誰も見ていない笑みを浮かび上がらせた。それから、その笑いを収めつつ、ヤガミは前方のはるかの姿へと視線を投げ掛けた。

はるかは女の子達の肩へとその腕を伸ばしながら、ジェドの解説に聞き入っていた。えるむに正面を明け渡した為に、やや横に回った場所にいるため、背後のヤガミの位置からも、その横顔が優しい笑みを浮かべているのが見て取れる。別段、何を期待した訳でも無かった。ただ先程のやり取りの記憶から、勝手な単独行動ではないという、何処か言い訳めいた行動であったのかもしれない。だが次の瞬間、ヤガミの視線に向かって、水に浮かぶように滑らかな動きで、はるかはその闇色の瞳を振り返らせた。まるで、それが当然であるとでもいうような何気無い表情のまま、はるかの顔が、にこりと笑みを作る。その頬に描かれた青い蓮の花が、一層大きく開いたような気がして、ヤガミは思わず、ごくりと息を飲み込んだ。

そのはるかの視線がくるりと動いて、王島が向かった入り口方面へと、ちらりと投げ掛けられた。そしてそのまま、何事も無かったかのようにはるかは視線を戻して、ジェドの解説へと向き直った。まるでキツネにつままれたような刹那の出来事に、ヤガミもまた、はたと我に返って、それからやられたとばかりに、短くため息をついた。すっかりこちらの行動が読まれてしまっていることは、どうも釈然としないところではあるが、今は王島に遅れを取る訳にもいかない。ヤガミは改めて背筋を伸ばすと、足早に歩き始めた。

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