海外移住の日
今はまだ、誰の耳にも届かない幻の音に過ぎなくとも。我は我に問い、我は我に答える。それは在りて在ることの定めの始まり、形無き虚ろより生まれしものが、己という約定を結んで無辺の世界と向かい合う戦いの始まりである。姿も持たないえにしの糸を風がかき鳴らし、己の魂の音色を自ら選び取って、小さなひとつの歌が始まる瞬間である。己という幻が何を選んで何を目指し、何と戦うための風であるのか、その目指す彼方を選び取り、今名前という新しき歌が生まれ落ちる。それは他者から与えられるものではなく、自らのために自ら選ぶ、魂の音色を守る唯一無二の武具である。その輝きによりて我は在り、また同時に我在るが故にそれは闇を退けて輝くだろう。
幻の夜明けの光に照らされて、掲げられた舞い手の銀剣は再びその真の姿を取り戻そうとしていた。それは幻の剣であり、そしてまた同時に、瑞々しくほころびかけた小さな白い花でもあった。朝焼けのしんと冷えた空気に漂うように、最も艶やかな花の薫りが形無き風の姿を一層際立たせて、祈りの想いと共に空に満ちる。その花の香を胸一杯に吸い込んだ幼き幻の風達は、世界に己の帰還を轟かせる緑児の産声のように、高く歌い始めた。それは世界と己との約定の歌、無辺の虚ろにもそれでも負けないで在りて在るための、戦いの詠歌であった。細く白い舞い手の腕に高く掲げられた剣が、遥かな幻の鳥の青い瞳に答えて、今一度涼やかな銀色の光を放つ。その高き光を一心に見詰めて、歌う風達は互いの手を取り合い、もう一度廻り始める。
星々の世界より還り来た炎の鳥の翼の、細い細いえにしの徴の導いたその有り得ない夜明けの光に照らされて、希望という灼熱の想いを継ぐ幻の風達は、わだかまる大海のような慟哭の夜の大地を渡るだろう。その唇に夜明けの歌を響かせ、祈りの白い花の香を棚引かせながら。
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