大山祇神社御田植祭
王島はそのまま、大きな手の平で広幡の二の腕を掴み直し、その直ぐ脇に並んでぴしりと直立した。これまでの柊星達のいい加減な接し方とはまるで違う、逃亡や抵抗の恐れがある危険人物向けの扱いに、広幡は改めて顔を強ばらせた。それでなくとも、見るからに身体を動かすことが苦手そうに貧弱な広幡と、立派ながたいの王島が並んで立つと、その対照的な体格は互いに際立って見える。とはいえ、そうやって周囲に萎縮されることにも慣れているのか、王島は精一杯の穏やかな口調で、広幡に話し掛けた。
「まずは問題の粘土を確認してもらおう。この通路の少し先だ。」
「…わ、分かった。」
王島の気遣いに気が付いているのかどうか、促された広幡は素直に指示に従って、多少ぎくしゃくとではあるが神妙に足を動かした。それに合わせて、ヤガミが気配も無く身を翻し先行しようとするのに、まるで計ったようなタイミングで、素早くなつきが並んで歩き出した。少し驚いたヤガミがふと、そういえばはるかも、こうやって人の動きを読み取ることに鋭敏かもしれないなどと考えているところへ、なつきはやや声を落として話し掛けた。
「あの、ヤガミさん、どうもありがとうございました。本当は私が、きちんと現場の指揮を執らなくてはならないところなんですが。」
その声にほんの少し、悔しそうな響きがにじむのを感じながら、ヤガミは無表情を保ってぼそりとした返答を返した。
「…いや、かえって出しゃばった真似をした。エキスパートがこれだけ揃っていれば、結局結論は変わらなかっただろう。多少時間は短縮出来たかもしれないが。」
「でも、その行動開始までの時間をどう削るのかが大事なんです。状況判断の勉強をさせて頂きました。」
小柄ではあるが、瞬発力を感じさせるきびきびとした動作で、ヤガミと並んで歩きながら、なつきはぺこりと小さく頭を下げた。一瞬思わず、はるかに飛びかかったなつきの姿を思い浮かべてしまったヤガミだったが、あのスピードと思い切りの良さに、指揮能力が加わるというのはなかなか怖いものがあるかもしれない。そんなことを考えながらヤガミは、なつきが苦もなくさばいている長い銀色の杖に、何気なく目を向けた。あまりにも自然に扱っているために気にも止めていなかったが、良く見るとそれはただの杖ではなく、先端にきらきらとガラス質の光を放つ、大きな房状のものが付いている。
「……箒?」
微妙に自分の考えを疑いつつ、口の中で小さく呟いたヤガミの声を聞き付け、なつきがすかさず嬉しそうに返事を返した。
「ええ、箒ですよ! 他の国からお出での方には、もしかして箒型銃は珍しいかもですねー。」
「…いや、しかしそれにしては、ガラス繊維のように見えるが……。」
一体如何なる理由でガラス繊維で箒を造ったのか、さすがのヤガミも妥当な理由を思い付くことが出来ずに、眉間にしわを刻み込んだ。しかもいくら細いとはいえ、自分の背丈ほどの長さの得物を、なつきが軽々と扱っているところを見ると、重量と言っても限度があるだろう。箒型銃と聞いたヤガミは、これに銃の機構を仕込んでいるとなると、科学技術のレベルはそれなりになるのではと考え込んだ。爆発物に対する王島達の反応から、絢爛世界のような科学レベルではないだろうと当たりを付けていたヤガミは、自分の想定が甘かったかと、思わずひやりと身を固くした。
「はい、そーです、グラスファイバーなんです。我が藩国の兵器開発班の、ちょっと行き過ぎちゃった迷作かもですが、私にはとっても使いやすいんですよねー。ヤガミさんもギミックがお好きなんですか?」
「…ああ、まあ。」
「なるほど、RB隊上層部の方となれば、開発関連もお詳しそうですな。瑞穂にその辺りもご指導頂けると喜ぶでしょう。」
「あ、実は瑞穂さんにはもうさっき、後でこの箒いじってみたいってご予約頂きましたー。」
「うーむ、どうもこう、妙に似合いそうなところが何とも言い難いですな…。」
例によってまるで隠し切れていない、嬉しそうな優しい響きの王島の声が背後から聞こえてきて、渡りに船と会話のタイミングを譲りながら、ヤガミは状況の再検討に意識をフル回転させていた。事前に把握していた農業技術や、今日見聞きした情報から判断する限り、この爆弾騒ぎで使われている化学物質の種類が、ヤガミの知識には無いレベルの代物である可能性は、低いように思われた。一方で、この世界群における科学技術レベルの、極めてアンバランスな発達過程は、ヤガミでさえも簡単に把握出来るものではないのもまた事実だった。しかも万が一、それが「外」から持ち込まれたものであるなら。その威力を、外見から判断することは、ほぼ不可能と言えるだろう。
「ああ、なつきさん、ご注意下さい。その角を曲がったあたりが、例の悪戯の現場です。」
「は、はいっ。」
情報検討にはまり込んでいたヤガミの意識をも引き戻そうとするかのように、生真面目な固さを取り戻した王島の声が響いた。軽快に歩いていたなつきがペースを落とすのとは逆に、音も無く足を速めて前に出たヤガミは、自分の記憶と周囲の様子を照合しながら、油断無く辺りに視線を走らせた。つい先程王島と二人で探していたちょうどその場所に辿り着いてみると、当然といえば当然ではあるが、寸分の違いもなく展示パネルにへばり付いた、白い粘土の塊が目に入る。
「そこと、そこ、後は向こうの3ヶ所だな。」
「ふむー、なるほど。確かに粘土みたいに見えますね。」
「あれに見覚えがあるか、広幡。」
ヤガミが立ち止まっているのに習って、十分な距離を保ったまま観察しているなつきに対して、王島に声を掛けられた広幡は、無造作に近寄ろうとして、その腕をぐいと引き戻された。その意味が分からなかったらしい広幡は、怪訝な顔をして王島を振り返る。まるでコースケと同レベルの、その危険に対する意識の甘さに微かに苦笑しつつ、王島が注意を促した。
「プラスチック爆弾を見たことがないのか。」
「あ、ああ、そうか。そう言えばあんな見た目だったな。バーになってるのは扱ったことがあるけど、あんな風に小さくなってると全然違う。」
知識の中途半端さを指摘されたと思ったらしい広幡は、顔を赤らめながら早口に言い訳を呟いている。思わず王島とヤガミとは、再び顔を見合わせた。この様子では、確かに広幡はあの粘土状のものの正体を、全く知らないのだろう。
「…バー以外の形になっているのは、俺は始めて見た。今回の計画で、あんなものを使うというのは聞いてない。」
無言で視線を交わすヤガミ達の様子を不安げに見やりながら、広幡がぼそぼそと呟いた。
「……やはりこの件については、ペンディングのようなだな。」
「はい、まずは先を急ぎましょう。有り難う、広幡。」
そのまま順路を進み出した一同だったが、誰も口を開くことなく、微妙な沈黙が流れていた。何とはなしに再び先頭に立って、素早く歩みを進めながら、ヤガミはこの付近を通過した時の、はるかの表情を思い浮かべていた。向こう側のテントで、広幡ともうひとりの白髪のかつらの男と遭遇した時点でも、タイミング的にテント内の極近くに、既に爆発物を持った仲間の誰かがうろついていた可能性が高い。しかしはるかは、あの白髪を装った男個人に対して、恐かったと表現していた筈である。それこそ何となくでしかないはるかの第六感を、どこまで信用出来るのかはヤガミにも断定出来なかったが、不確定な危険性の判断に迷うヤガミは、まるでその答えをはるかに求めるかのように、足を急がせた。
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