ひまわりの日
「だ、だって、今日はどうしてそんなに青々としてるの。」
興味津々に身を乗り出しながらも、まるでその場を遮る壁でも存在しているかのように、一歩を踏み出せず遠巻きにしている子供達に構わず、えるむはとてとてと歩みを進めると、まるでそれが日常茶飯事とでも言いたげな自然な動きで、その生き物の目前にぺたりと膝を付いた。確かにその毛並みの青の色は、まるで触ると冷たいのではないかと思われるほどに、造り物めいて冴え冴えと澄んでいる。しかし、えるむにそう言われて始めて思い出したかのように、その生き物はふさとした尻尾を自分の目前で振るって見せてから、またにやりと笑った。天を目指して燃え上がる炎のように豊かな尾は、リスのようにも見えるが、尖った耳やしっかと踏み締められた前足、そして大きく裂けたその口の中の鋭利な牙は、紛れも無く狼のような肉食獣の獰猛さを示していた。
「ああ、これはそちらの媛の余波だな。」
「ひめ?」
小さな鼻面がくいと横を向くのに釣られて、えるむと、そして子供達の一群がくるりと一斉に、入り口の方向を振り返った。それと示し合わせたかのようなタイミングで、ちょうどこちらを見ていたなつきとはるかと、そして向こう見ずな悪ガキ数人の視線とが、向かい合う形になる。突然の通路の炎上に茫然としていたところへ、まるで追い打ちをかけるかのように、いきなり背後のテント内で沸き上がった騒ぎに驚いて、何事かと振り返ったところだったのだ。一同の視線が集中する中で、青いその生き物は、唐突に風のような素早さで駆け出したかと思うと、一瞬でテントを横切り、はるかとなつきの目前にちょこんと座り直した。
「わっ、来たっ!」
「す、すげー速えー、ホンモノだーっ!!」
「偽物がいたりするのならただでは済まさんが。」
「青星、物騒なことを言わないで!」
「な、な、なんなのこれーっ!?」
燃え上がる炎にもまるで動じなかったなつきが、微妙にはるかの背に隠れつつ甲高い悲鳴を上げ、コースケを始めとする悪ガキ共でさえもが、その余りの速度に腰が引けている中で、こちらは少しもペースを崩さないはるかは、躊躇なく頭を低く屈めて覗き込みながら、のほほんとした声を上げた。
「えっとー、ひめって私のこと?」
「そうだ。御陰で今日は風が軽い。」
「んー? 何かよく分かんないけど、貴方が気持ちいいのなら良かったわね。」
「ちょ、ちょっと、青星!」
せっかく膝を付いたにも関わらず、瞬間で置いて行かれてしまったえるむが、あたふたと立ち上がって、その慌てた態度にはいまいち追いつかない、何処かのんびりとした動きで駆け寄りながら、おろおろと声を上げた。
「あ、青星、通路が火事って、まさか貴方のいたずらじゃないんでしょうね。」
「…いや、これは違う。」
「こ、これは違うならどれがそうなのっ!?」
常日頃、少し鈍いのではと思われるようなマイペースを誇る彼女としては、何処か壊れ気味な慌てようで声を上げながら、えるむは何とかその生き物に追いついてまたぺたりと膝を付いた。そんなえるむに続いて、壁際に固まっていた子供達もまた、一団になったまま恐る恐る歩みを進めて、結局テントの中の人々は、その青い生き物を中心にして入り口付近にぐるりと輪を作った。そこから一人取り残された広幡は、いまひとつ状況に追いついていない、不安げな表情で視線を彷徨わせながら、小さな闖入者の姿を確認しようと、やっとのことで腰を浮かせている。
「いやいや、火事などという中途半端なことは、我はしない。」
「中途半端じゃないでしょうがっ! それより、青星は炎なら操ることが出来るのよね。」
「まあ、そうだな。」
「じゃあ、通路の炎を、抑えることも出来るでしょう?」
「盛大に燃え上がらせて、通路ごと焼き落とすのなら簡単だが。」
「そうじゃなくて!」
なおおっとりとした口調のえるむではあったが、それでも彼女としては精一杯の焦りらしい、必死の響きが声ににじんだ。だがその言葉を聞いて、青星と呼ばれた小さな生き物は、その艶やかな色を放つ青い炎のような尾を、ゆらゆらと動かしながら、火のように赤い瞳を開いてえるむを見据えると、微妙に低い声音で呟いた。
「…火の性を持つものに、炎を抑えろとは礼を失した言い草だ。」
「は、も、申し訳ございません。」
既に膝を付いた状態だったえるむは、反射的にぴんと背筋を伸ばして完全な正座の姿勢になると、流れるようにしなやかな仕種で腕を伸ばして、古風にきちんと手をつきぺこりと頭を下げた。今どき、三つ指をついてのお辞儀などというものは、見たこともない子供達は、目を丸くして息を飲み、そのやりとりを見守っている。だが、えるむが素直に頭を下げたことで満足したのか、青星は赤い眼差しを緩めると、むしろ何処か上機嫌な口調で言葉を続けた。
「まあ、いい。今日は子供らに免じて大目に見るか。炎を鎮めたいのなら、そちらの媛に力をお借りするとしよう。」
「…え、って、私?」
「そうだ、媛は水の花をお持ちの筈だ。」
「水の花?」
急に話を振られて、きょとんとした表情のままはるかは自分自身を指差した。小さな青星の顔がこくこくと頷くのを見ながら、ことりと首を傾げたはるかだったが、はたと気が付いたように目を見張って、半信半疑のような表情で改めて自分の頬を指差した。
「もしかして、これのこと?」
その白い指先の示す頬に咲いた空色の蓮の花に向かって、まるでその香りを楽しもうとするかのように、尖った鼻先をうごめかしながら、青星は嬉しそうに答えた。
「そうだ、絆の水の花だ。救う相手がむさ苦しいのはいまひとつだが、命綱には相応しかろう。」
| 固定リンク

コメント