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2010年7月17日 (土)

祇園山鉾

 

 

***   感謝祭のますかれーど63   ***

 

今日会ったばかりの自分に対して、本当に上官に向けるような生真面目な最敬礼をしてみせる王島の姿に、ヤガミは何処かしてやられたような気分で、改めてため息をもらした。こうまでされてはヤガミとしても、この場を預かる指揮官として最適な判断を下し、意地でも一人の欠けも出さずに脱出に漕ぎ着けなくてはならないだろう。口元を引き結んだ渋い顔のヤガミは、立ち塞がっていた王島の長身が頭を下げたことで、急に視界が開けたような薄暗い光景に、八つ当たり紛いに剣呑な視線を投げかけた。

外されたパネルからもれる光が、斜めに線を描いて差し込んでいる向こうには、はるか達を残して来た隣のテントへの通路が、曲がり角の向こうから、人工的な照明の光をぼんやりとこぼれさせている。その光の色合いに、ふと何かの違和感を感じたヤガミは、薄暗い光景をまじまじと凝視した。周囲が明るければ気が付かなかったかもしれない、それぐらい微妙な違いではあったが、ついさっき通り過ぎた通路で見ていた照明とは異質な色が、その光の中に交ざり込んでいるのである。耳の中で、はるかの呼ぶ声が響いたような気がして、ヤガミはそのまま、最敬礼の姿勢で固まった王島の傍らを通り過ぎて、つかつかと歩き出した。

「? ヤガミさん、何か?」
置いてけ堀をくった王島が、慌てて身体を起こして声を掛けるのにも構わず、無意識に小走りになったヤガミは、勢いよく角を曲がって通路へと飛び込み、そして顔を歪めて盛大な舌打ちを鳴らした。辺りには鼻をつく炎の匂いが立ち込めて、煙幕とは全く異なる燃焼の煙が、蠢きながら充満している。そのくすんだ煙を照らすようにして、数歩先の通路は既に、驚くような勢いで燃え上がる火が、狭い通路の両側のパネルを這うように広がり始めていた。
「な、何ですかこれは、いつの間に…。」

ヤガミが呼ぶまでもなく、律義に追いかけて来た王島が、背後で驚きの声を上げている。自分の顔を苦労して無表情に引き締めながら、ヤガミは振り返って、押仕込めるのに失敗した苦々しげな声を上げた。
「…まんまとしてやられたな、例の粘土だろう。」
「しかし、プラスチック爆薬なら」
「見た目が同じでも、成分まで同じとは限らない。酸素か水分で発熱する材料でも混合すれば、立派な時限式発火燃料になる。さすがは根性の曲がった厭らしい手口だ。」
「では、広幡の退路を断つために。」
「恐らくそうだろう。奥のテントから引き返す道々仕掛けていったなら、向こうに進む程酷く炎上している可能性が高い。ここから撤退は無理だな。だが、それよりも…。」

唐突に踵を返し、元のテントへと歩き始めたヤガミに、さすがの反射神経を見せた王島が、すかさず並んで歩みを合わせた。そして無言のまま、主人の命を待つ猟犬のように、じっと耳をそばだてている王島に、ヤガミは低い声で言葉を続けた。
「燃料付きの第二の爆弾を仕掛けたのが広幡なら、彼は解除も出来るだろう。退路を塞いで中に閉じ込めても、あれを解除されたら、後は最後の爆発をやり過ごせばいいだけだ。だったら、三番目を移動させた先は、何処だ?」
「あ、まさか…。」
「そうだ、今解除してる二番目は、ブラフだ。残った燃料を三番目の爆発が炎上させる、これが本命だろう。」

その言葉を聞いた瞬間、弾かれたような勢いで、王島がヤガミの傍らから飛び出して走り始めた。一応予想はしていたものの、その余りの速度に、さすがのヤガミも一瞬目を丸くしてその後ろ姿を見送った。それに続いて走り出したい衝動をぐっと堪えて、忙しなくも辛うじて歩き続けながら、、ヤガミは懸命に自らの頭脳をフル回転させていた。第三の爆弾が、第二と同じタイミングで爆発するという保証はない以上、既に状況は一刻を争っている。この順路から向こう側のテントへの退避が出来ないなら、爆弾の解除は断念してでも、自分達の脱出経路を確保しなくてはならなかった。テント幕の強度を考えると、かなり難しそうではあったが、何処か壁面を裂いて外へと逃れるのが、一番手っ取り早い方法かと考え始めたヤガミの耳に、切羽詰まったような王島の声が響いた。

「おい、柊星、緊急で退避だ! 三番目の爆弾はその近辺にあるぞ!!」
「ああ? おっさん、もうちっと情報伝達のセオリー遵守した方がいいんじゃねーの。」
足早にパネルの角を曲がって、ようやく追いついたヤガミの視界に、引きはがされた穴を躊躇なく潜り抜けて行く王島の姿が見え、続いて意外に近い位置で答える柊星の声が耳に入る。王島の後からパネルの向こうを覗き込んだヤガミは、俯き気味の瑞穂に肩を貸して、既にこちらへ向かって歩き始めている柊星と、それに駆け寄っている王島の後ろ姿を目にして、少しだけ緊張を緩めて息を吐いた。

「…その台詞、柊星にだけは言われたくないような気がするな…。」
「ったく、減らず口が叩けるようならここへほかしてくかんな。」
「おう、代わりに俺が担いでやるから速やかに退避するんだ。三番目の爆弾は、残った燃料を炎上させる位置に移動させてあるだろうとのヤガミさんの推論だ。」
あたふたとした王島の言葉を聞いて、瑞穂と柊星は瞬間顔を見合わせた。それから、微妙に表情をにやけさせた柊星が、腕に下げていた瓶を掲げながら返事を返した。
「燃料なら、ついでに外して持ってきちまったけど?」

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