長き暦の始まりの日
正にチンピラそのものと言わんばかりの雰囲気を漂わせ、にやにやと笑いながらコースケの言葉を聞いていた柊星に向かって、広幡が唐突に、がちがちに固くなった声を上げた。ともすれば甲高くなってしまう声を押さえつけようとでもいうかのように、足をしっかりと踏ん張って、握り拳を震えさせたその姿を確認するまでもなく、彼が緊張を堪えて何とかその声を張り上げたのであろうことは、端からもあからさまに見て取れる。その広幡に、少しだけ驚いたような目を向けた柊星は、今度はどこか探るような慎重さで、言葉を選んで口を開いた。
「…どういう意味だ、広幡。」
「言葉通りの意味だ、その子は確かに、火事を覗きには行ってたけれども、それより奥に進んでいた訳じゃない。だから、それ以外の何も見ていない、それだけの意味だ。他の意味なんてない。」
例によって早口に言い立てながらも、広幡の声には何処か、芯の通った真っ直ぐな響きが隠れていた。その肩は相変わらず緊張に凝り固まって、余分な力の入った握り拳は、隠しようもなく小刻みに震え続けている。その様子を、酷く冷静に観察した後、柊星はもう一度静かな声を上げた。
「…何も、見てないのか。」
「そうだ、その子は、何も見てない。」
「一番の鉄砲玉が何も見てないなら、もちろん他の連中も、何も見てないな。」
「も、もちろんそうだ。通路の中まで足を踏み入れたのは、そっちのバトメの二人だけで、それも子供達を連れて直ぐに戻って来た。だから、誰も、何も見ていないんだ。」
「…ふーん、そうかよ。」
広幡の決死の弁明を聞き終えた柊星は、再びにやりとした薄い笑いを浮かべてみせた。そして、彼らのやり取りを、同じく固唾を呑んで見守っている周囲の面々の、不意を突こうとでもいうかのように、唐突に話の矛先を切り替えた。
「バトメのねーちゃん達も、それでいいんだな。」
「えっ!? あっ、あの…。」
恐らくはタイミングを計っていたのであろう周到さで、柊星は狙い違わず、斬り込むようになつきの顔を振り返った。さすがのなつきも虚を突かれたのか、言葉に詰まって、忙しない瞬きを繰り返しているその背後では、王島もまた息を呑んでいる。だがなつきは、言葉を選び損ねて開いていた唇を、きゅっと引き結び直してから、意を決したようにはっきりとした返事を返した。
「通路の炎上は確認しておりましたが、それをどう皆さんにお伝えしようかと迷っている間に、柊星さんと瑞穂さんがお戻りになりましたので。お役に立てず、申し訳ありませんでした。」
きりりと背筋を伸ばした後、ぺこと頭を下げたなつきを見やって、柊星は改めて斜めに構えた笑みを浮かべた。それから、思わせぶりな表情でヤガミを振り返ると、雑な動きでひょいと肩を竦めてみせた。
「と、いうことだ。火事しか見てねぇなら、しょうがねーよな。」
「…そうだな、テントから出るなと言ったのは、俺の方だ。順路の様子に詳しく気が付かなかったとしても、別段不自然なことはないだろう。」
「と、いうことだ、王島のおっさんも瑞穂も、それで文句はねーだろ。」
「まあ、いいんじゃないのかな。」
「…なつきさんとヤガミさんがよろしいのでしたら、私に異存はありません。」
実働組の面々で意見が一致したのを確認して、柊星は一瞬あごを引いて下を向いたかと思うと、その唇に、皮肉な色の無いただ嬉しそうな柔らかな笑みの気配を浮かび上がらせた。だが、それはほんの瞬間のことで、再び顔を上げた柊星は、口元をへの字に曲げた表情を見せつけようとでもいうかのように、事の成り行きを見守っていた子供達を眺め渡した。
「ま、誰も見てねぇならそれはそれでいいんじゃねーの。だが、秘密兵器が当てに出来ねーなら、自力で何とか切り抜けるしかねぇんだ、そういうことは、覚えとけよ。」
柊星の言葉を聞いて、子供達は、安堵と、そして新たな不安とに思わず互いの視線を見合わせた。予想外の言葉に、はっと驚いた顔のコースケは、ジェドとの間で躊躇いがちな視線を交わした後、もう一度柊星を振り返った。
「に、にーちゃん、俺…。」
「誤解すんな、男の約束を守るっつーのは、それなりの覚悟がいるってことだ。てめーらに覚悟があるんだったら、その覚悟は最後まで貫き通せ。別にこの程度のピンチなら、妙な手品に頼ったりしなくても俺達が何とかする。つーことでガキ共は、もうしばらく大人しくしてろ。広幡もだ、いいな。」
「…な、何か手伝うことは…。」
「今んとこねーな。」
こちらも蒼白になった広幡が、辛うじて絞り出した声をばさりと切り捨てると、柊星は改めてヤガミに向き直った。
「とりあえず時間稼ぎ程度でも、通路の火がこっちに燃え広がらないように手を打った方がいいと思うぜ。」
「そうですね。現状では幸い、最後の曲がり角からこちらは、ほとんど燃えていません。一度火が広がってから消えているように見えるのが、不思議なところですが。」
「…了解した。燃えて弱くなっているところを狙って穴を空ける、さっきのアイデアでいいだろう。燃え残っているパネルを外して、道具に出来るな。上手く大きな隙間を確保出来るようなら、様子を見ながらそこを脱出口にしてもいい。」
「あ、あのっ、外のバトメ部隊も、そろそろ脱出口の工作に動けると思いますのでっ。」
「…では、同時進行で進めるか。先に別の位置に穴が開けば、その方が安全だな。」
「ああ、忘れてたぜ。穴開けんだったら、そこの真正面の偉そうな挨拶のとこな。」
何の気無しに口を挟んだ柊星に向かって、ヤガミと王島とが、同じタイミングで振り返った。その意味を掴みかね、怪訝というよりは目付きの悪さを張り合うようにして、すかさず睨み返してくる柊星に、王島が質問を投げ掛けた。
「…どうして、あの位置を?」
「んだよ、何か文句あんのかよ。」
「ああ、この手の大型テントは、元々緊急用に穴を空けても、周囲に響かないような構造の部分が設計されてることが多いんですよ。それで設置の作業の時に、どの位置にもって来るのかを、担当のWD部隊の面子で相談したんですが。」
「肝心の作品じゃなくて、つまんねー挨拶文を一番目立つとこにとか抜かすからよ、穴開け用の幕の弱いとこを一番目立つ正面に引っ張って来てある。ちゃんと注文通り条件クリアしてしかも役に立つんだ、ちょーどいいじゃねーか。」
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