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2010年9月 5日 (日)

松尾大社八朔祭

 

 

***   感謝祭のますかれーど72   ***

 

「お小言に付き合ってるよーな暇はないので。じゃ、私も行くからねー。」
「…何かありましたか?」
多少の距離があるとはいえ、狭い通路できゃんきゃんと騒ぎ立てていれば、話の内容は丸聞こえだろう。微妙に頬を緩めつつも、何とか真面目な顔を取り繕った王島が歩み寄ってくるのを振り返って、ヤガミは渋い顔にさらにむすりと唇をへの字に曲げながらも、覚悟を決めて苦々しげな言葉を吐き出した。
「……俺達よりも、さらに上手の欲張りがいるらしい。テントの状況を見てくるから、作業を進めておいてくれ。」
「は、了解しました。」
一応はしかめつらしい言葉を返してくる王島も、その後ろでパネルを引き剥がすのに勤しんでいる柊星や瑞穂も、内心では笑いを堪えているのではないかと邪推しつつ、ヤガミは腹立ち紛れに勢い良く背を向けると、さっさと男の子達を追ってテントへと戻って行く、はるかの背を追い掛けた。早くも入り口の向こう側のテント内では、コースケが何事か声を張り上げているのが、ここまで響いてくる。足早に最後のコーナーを曲がったヤガミは、しかし、予想外の光景を目にして、思わずその場に立ち竦んだ。

テントへの入り口をくぐったその直ぐ傍らでは、もう既に大勢の子供達がわらわらとパネルに群がって、それを取り外す作業に掛かり始めていたのだ。精一杯に伸ばされた、何本もの細い腕が支えているパネルの裏側を覗き込んで、広幡が躍起になって固定金具を外している。ヤガミから許可をもぎ取ったことが伝えられたのか、自分達の待機場所に指定された展示作品の近くに残っていた子供らも、揃って隣のパネルへと駆け寄っているのが見え、その指揮を執っているはるかが、何やら調子良く指示を飛ばしていた。これは確かに、みんなで手伝えば直ぐなのかもしれないと、妙なことにぼんやりと納得しながら、いつの間にかぱくりと間抜けに空いていた口を、ヤガミはようやく閉め直した。

「…あ、あの、申し訳ありません、ヤガミさん。こんな緊急事態に、姉が状況を掻き回してしまいまして…。」
何とか我に返ったヤガミに、小走りに近寄ってきたなつきが、顔をこわばらせてぺこりと頭を下げる。実際に正体不明の男と遭遇し、立ち回りまで演じているなつきとしては、事態は一刻を争っているのだという緊張感が良く分かっているのだろう。お互いにはるかの気紛れに振り回されている立場同士の、微妙な親近感を感じながらも、ヤガミはぼそりとした口調で返事を返した。
「…まあ、はるかはともかくとして、子供が逞しいのは、誉められてもいい傾向だ。戦果を欲張る強かさは、お互い様なんじゃないのか。WD部隊の連中ともいい勝負だろう。」
「はい、あ、あの、ありがとうございます!」
「その代わり、間に合わなかった時には、途中でも諦めて退避してもらわなければ困る。」
「…はいっ、それは承知しております。」

子供達の気持ちをふいにしないで済んだことに、本人もほっとしているのか、何処となく嬉しそうに頬を染めていたなつきだったが、釘を刺したヤガミの言葉には、きりりと引き締まった声で返事を返した。戦果を欲張ることと、無茶をすることは違うのだという、その区別を理解している聡明な反応である。なつきのよく通る声の中に、いざという時には、自分が憎まれ役を引き受ける覚悟を感じ取って、ヤガミはふと、これほど雰囲気の異なる姉妹の中の、同じ色をした魂の響きに、微かに頬を緩めた。
「…取り敢えず、外のバトメ部隊へ連絡を取って貰いたいんだが。通路の炎上は思ったよりも火の回りが速い。テント幕を内側から破って分断し、類焼を防ぐつもりだ。パネルをばらして投擲を試みるので、周辺から人を遠ざけておいて欲しいと。」
「でも、あの、穴を開けたら空気が入って…。」
「そうだな。なので、消火準備も合わせてお願いしたい。」
「わ、分かりました。」

炎上中の順路の真ん中に穴を開けるという危険性を、正確に把握したらしいなつきが、再び緊張の面持ちを取り戻す。それを確認してから、ヤガミは踵を返しつつ、言葉を接いだ。
「…俺は準備に戻るので、あのパネルの避難作業が終わったら伝令に来てもらえるか。」
「え、ですが、あの…。」
「間に合わなければ、こちらから催促に行く。」
「りょ、了解です!」
反射的な動作で、ぴしりと敬礼を送ってくるなつきにそのまま背を向けながら、ヤガミはパネルを外す作業に夢中になっている子供達へと、それとなく目を走らせた。ヤガミやWD部隊の面々が、この子供達を守ろうと努力するのと同じように、子供達もまた、自らの大切な何かを、自分の有りっ丈の力を尽くして懸命に守ろうとしている。それはたぶん、目に見え、手で触れることが出来るものとは異なる、形の無い何ものかだった。ヤガミの視線が無意識の内に流れ、子供達と一緒くたになってパネルへと手を伸ばしている、はるかの姿へと彷徨った。今度こそは、気が付かないだろうと考えていたヤガミの予想を裏切って、はるかがぴょんと手元から顔を上げる。その顔が、当たり前のようににこりと、いつもの笑顔を作った。そのまま反射的に、止まってしまいそうになる足を辛うじて前へと運び続けながら、ヤガミは大きく息を吸い込んで、何とか自分の意思ではるかの笑顔から視線を逸らせた。

その勢いのまま、脇目も振らずにもう一度順路へと飛び込んだヤガミは、辺りに残っていたパネルがあらかた引き剥がされて、テント幕がむき出しになっているのを確認し、その手際の良さに思わずにやりと笑みをもらした。模造紙に合板製のパネルという展示部分は、一度火が付けば景気良く燃えるのも当然だが、その外側の幕の部分は、この手の大型テントらしく、それなりに燃えにくい素材で出来ている。案外、子供達がパネルを剥がしに頑張っているのは、万が一の時にはいい保険になるのかもしれないと、今更ながらこじ付けがましく考えながら、ヤガミは角を曲がりこんだ。再び、肌を炙る熱気を分け入ったヤガミの視界には、既に火が回り始めている周囲のパネルに手を掛け、それを暖炉にくべる薪のように、順路の向こうへと押し倒しているWD兵達の姿が飛び込んできた。

「テントの様子はどうでしたか、ヤガミさん。」
その立派な体躯の、強靭なばねのような力を生かして、燃えているパネルをいとも簡単に投げ飛ばした王島が、息も切らさずに振り返りながら声を掛ける。この男とやり合う羽目にならなくて良かったと、内心で密かに首を竦めながら、ヤガミは炎のはぜる音に逆らって、少し大きな声で返事を返した。
「子供達が総出で、ここと同じ力仕事に挑戦中だ。あれなら、それ程の時間はかからないだろう。終われば、連絡が来る。」
「ああ、やっぱりみんな我慢が出来なかったというところなんですね。」
「んじゃ、伝令が来るまではここで火遊びしてりゃいいな!」
「…まあ、そうだな。」

口ではどう言おうと、結局は子供達の努力を尊重し、途中で無理矢理諦めさせるつもりのないことを、すっかり彼らに読まれているのはやや悔しいが、結果として貴重な時間をロスすることに、無言の内に全員が同意しているのには、やはり感謝しなければならないところである。通路の横に整然と積み上げられた即席バリケード用の資材と、器用に斜めに割って刃を作られた、ベニヤの斧のような得物とを見やって、ヤガミはふと、この部隊の面々を鍛え上げた司令官を見てみたいものだと考えて、微かに唇の端を歪めた。その時、小気味の良い軽い足音が、ヤガミの背後から近付いて来た。素晴らしい速度で接近するその足音に、敏感に反応した王島が、はっと勢い良く振り返る。その視線に迎えられるようにして、恐れ気も無く角を曲がって走り込んできたなつきが、通りの良い声を上げた。
「伝令、参りましたっ。」
「な、なつきさん!!」
「お待たせ致しました。子供達の作業は完了し、退避始めております!」
「…了解した。こちらもアクションに出るので、今度こそ入り口付近には絶対に近付かないように徹底してくれ。」
「は、はいっ!!」

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