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2010年9月 8日 (水)

草露白

 

 

***   感謝祭のますかれーど73   ***

 

「おう、おっさん、幸運の女神の顔が拝めて幸先いいじゃねーか。」
「あー、まあ、その、なんだ…。」
「女神というよりは、妖精みたいですけどね、ちっちゃくて。」
「しっかし、あのなりに似合わずすげー突撃かますって聞いたぜ。王島のおっさんにはちょうどいいんじゃね?」
「いや、俺など引き合いに出されては、あちらに迷惑…ではなくてだな、作戦行動の最中に無駄口を叩くな。」
やはり隊の中では、なつきに対する好意が筒抜けになっているらしい王島を、ここぞとばかりにからかいながら、WD兵達は手際良く、順路の脇に積み上げられていたパネルの残骸を捌いて、着々と簡易バリケードの組み立てに身体を動かしていた。ここまできて意地を張って手を出したところで、彼らの邪魔になりそうだと諦めたヤガミは、時折形ばかり陣地構築の指示を挟むだけで、余裕たっぷりの軽口の応酬に耳を傾けていた。

未だ火の手の届いていない順路の脇に寄せて、前方より迫り来る炎を堰き止めようとするかのように、比較的大きく形を残した数枚のパネルが、間隔をとって列を作って並べられ、その右側に辛うじて狭い足場が空けられていた。この空間を通って前へ出て、俄か作りの合板の手斧を投げ付け、いざという時には、バリケードの後ろへと逃げ込もうというのである。とはいえ、その頼みの防護壁もまた、焼け焦げの黒いススが残る薄いベニヤ板でしかない以上、防げる炎はたかが知れていた。まして、炎上する火が新しい酸素を求めて走る速度に、人間がどれだけ対抗し得るのかという根本的な問題もある。自分で提案したとはいえ、考える程分の悪い賭けに、今更ながら緊張を感じながら、ヤガミは何とか仁王立ちに足元を踏み締めて、腕を組んだままで立ち尽くしていた。

そんなヤガミに向かって、正にその危険の最前線へとなし崩しに任命されながら、変わらぬ泰然としたペースを保ち続けている王島が、欠片の緊張も感じさせない声で、報告を告げた。
「ヤガミさん、バリケード準備完了です。」
「……了解、投擲の準備は。」
「は、準備という程のものもありませんな。何時でもいけます。」
王島は即席陣地の前に、無造作に置かれた薄いベニヤの斧を見やって、にこりと笑みを深めた。上手い具合にパネルの足を利用して、長柄を残して器用に作られた手製の斧は、王島の体躯を持ってすれば、投げるだけなら確かに難しくはないだろう。問題はやはり、炎がどう反応するかの予想が付かないということの方なのだ。実際、幸運の女神の加護はどれだけあってもいいぐらいだなどと、珍しくもやや気弱なことを思い浮かべつつも、ヤガミは無表情を保ちながら、低い声で返事を返した。

「…投擲そのものは簡単だろうが、問題は穴を空ける場所だな。一投目をやや遠く、火のかなり回っているところを目掛けて、炎上がそこから広がるように誘う。二投目はもう少し手前、幕の分断に次の手が届く程度の位置が目標だ。」
「…はっ。」
これ以上は無いという簡潔な応答を返して、王島は無造作にバリケードの向こうへと歩み出ると、長身を屈めてベニヤの斧を取り上げた。柄を握り締めて慎重にバランスを確認しているあたり、この手の形状の武器類を扱い慣れているのだろう。単純に投げるだけでなく、身体の回転を利用した投擲に決めたらしい王島が、ぐるぐると豪快な素振りを始めたのを見て、柊星がすかさず茶々を挟んだ。

「後ろに向かって投げないでくれよな、おっさん。」
「…抜かせ、何ならお前のその減らず口を目標にするか。」
押し込めれらた唸り声のような王島の返答が、微かな笑いを含んではいるものの、これまでの彼とは一線を画す、獰猛と言ってもいい気配をにじませているのを聞き取って、ヤガミはほんの少し大きく目を見開いた。そして次の瞬間、その理由に気が付いて、はっと息を呑んだ。徹底した生真面目さを貫く王島の礼儀正しさは、もちろん、彼生来のものであることも事実なのかもしれない。だが、これまでの彼の様子を見ている限り、王島にはそういった規則に閉じこもってしまう、性格の小ささがまるで無かった。むしろその反対に、何時でも敗れるはずの規律に対し、あえて自分を繋ぐことにこそ挑んででもいるかのような、何処か余裕が感じられるのだ。まるで、秩序を守り、自分を律する不断の努力によってこそ、初めて飼い慣らすことが出来る凶暴な何かを、その身の内に隠してでもいるような。

「へっ、まあ多少ノーコンでもいいんだけどよ、後続の暴れる余地は残しといてくれよな。」
「おい、柊星、俺まで一緒くたみたいな言い方は勘弁して欲しいな。」
一応バリケードの後ろに陣取ってはいるものの、隠れているようにはとても見えないラフな姿勢のままの柊星と瑞穂が、こちらもさしたる緊張感も無い言葉を投げ返す。彼らもまた、王島の雰囲気の変化に気が付いているのかもしれなかったが、どちらかといえば、それを面白がって見守っているようでもあった。次のアクションに備えて、それぞれの手に適当な得物を持ちつつ待機する彼らの、さらに後方に控えながら、ヤガミは誰も見ていないのを確認するかのように、その唇に滅多に見られないような、満足の笑みを浮かび上がらせた。

しかし、その笑みに誘われたとでもいうようなタイミングで、ちょうど王島が振り返り、慌ててヤガミは笑いを引っ込めた。炎に最も近いラインからやや後ろに下がり、その距離を加速に使うことに決めたらしい王島は、目標に背を見せて振り返った姿勢のまま、地面に向かってベニヤの斧を構え、ヤガミへと落ち着いた視線を投げ、機械のようにかちりと頷いた。反射的に同じような無言の返答を返そうとしたヤガミは、ふと気が付いてそれを止めると、背筋を伸ばしながらもう一度大きく息を吸い込んで、唇を開いた。
「よし、始めよう。」

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