寒露
一方、大急ぎで入り口付近の展示パネルを退避させ終えた子供達は、すっかり所定の位置になってしまった自分達の展示前へと戻り、互いに身を寄せかちこちに固まって、息すら潜めるようにしてじっとうずくまっていた。皆一様に押し黙ったままではあるが、その眼は、まるで瞬きの時間すらも惜しいと言わんばかりの真剣さで、一心にテントの入り口へと釘付けになっている。何時にない静けさを保つ子供達の前には、二人のハイバトルメード達が、こちらも微動だにせずに立ち尽くし、同じように食い入るような視線をテントの入り口へと向けていた。先程までは、夢中でパネル外しの手伝いに加わっていた広幡は、まるで作業が終わったために、自分の身の置き所がないのを思い出してしまったとでもいうかのように、子供達よりも少し離れたテント際まで下がって、相変わらずきょろきょろと視線を彷徨わせている。
しんと静まり返っていたそのテント内の重い沈黙を破ったのは、しかし、思わぬ位置にいた人物だった。子供達の塊と同じ高さにひざまずき、細い腕を伸ばして女の子達の背を抱いていたえるむが、彼女だけは入り口へ眼を向けようとはせず、僅かに伏せたまま何処でもない何処かを見ているように、ぼんやりと漂わせていた視線を、はっと皆と同じ方向へと振り返らせた。まるで、音の無い音が何かを告げたようなその唐突さに続いて、彫像のように揺るぎもしなかったなつきのガラスの箒が、しゃんと音を立てて素早く回転し、構えを変えたのだ。
「…な、なっちゃん?」
「足音が。」
「え、えっ!?」
一度はなつきの顔へと向けられたはるかの視線が、その言葉に再び大きくぐるりと回って、順路の方向へと振り返る。ひたと耳を澄ませたはるかの瞳もまた、大きく見開かれた。
進んで行った時には、火の勢いに押されて無意識の内に歩みが遅くなっていたのに比べ、炎が弱まってみればほんの僅かの距離に過ぎない順路を、勢い良く一瞬で通り抜け、ヤガミとWD兵達が狭い入り口の角を回って姿を現す。その瞬間、子供達のわあっという明るい声が、テントの中に響き渡った。まさか帰還のその瞬間を、全員の注目と歓声に迎えられるとは思ってもみなかったヤガミ達が、思わず足を緩めるところへ、悪ガキの一群が飛び掛るように出迎えてまとわり付いた。
「帰ってきたーっ!!」
「ヤガミさん、王島さん、お帰りなさい!」
「なーなー、作戦は? ミッションどうなったんだよ。」
「…作戦は成功だ。これ以上、こちら側に火が燃え広がることはないだろう。」
「やったーいっ!」
「……MVPは王島だな。彼の見事な投擲のお陰で、ミッションは成功したようなものだ。」
「おおー、王島すげーっ。」
「あー、その、いや、確かにそういうことになるのかもしれんが…。」
先頭を進んでいたヤガミと、その背後に付き従っていた王島とが、子供達の集団タックルを受け止めた形で思わずよろめいているのを、お守りは任せたとばかりに少し離れた後ろに立ち止まった柊星達が、にやにやと眺めている。緊張状態から解き放たれた反動からか、やたらと駆け回る子供達の群れの向こう側に、嬉しそうな笑みを浮かべてその騒ぎを見守るバトメ達の姿に気が付いて、ヤガミは視線を投げ掛けた。今度こそはるかは、直ぐにはその視線に気が付かなかった。子供達の姿を見回して微笑み、その子供らの勢いに怯んだように眼を丸くしている妹の横顔に、くすりと笑ってみせてから、はるかは、ようやくヤガミへと振り返った。闇色の瞳が、斬り込むようにすらりとヤガミに向けられたかと思うと、その頬に朱の色が散って、嬉しそうな、はにかんだ様な柔らかな笑みが浮かび上がる。だが、騒ぎ立てる子供達の声さえ瞬間遠のいたかのように、その微笑に魅入っていたヤガミを現実へと引き戻して、コースケの声が傍らで響いた。
「ヤガミー、もう大丈夫なんだったら、順路覗きに行っちゃ駄目?」
「……あ、何だって?」
「王島が空けた穴、俺達見てみたいんだってば。なー、いいだろ?」
「いや、まだ完全に火が収まった訳では…。」
意識を飛ばしてぼっとしていたことも相まって、咄嗟の判断が付きかね、思わず言葉を濁すヤガミに、助け舟を出すように王島が口を挟んだ。
「私が一緒に行きましょう。お前達、まだ安全になったと言えるような状態ではないとしっかり弁えるなら、連れて行ってやってもいいぞ。」
「うん、分かってる。任せとけって!!」
「…すまんが、頼む。」
「は、了解です。多少なりとも、借りは返しませんと。」
「? 借りってなんだよー、王島。」
「いやいや、こちらの話だ。」
悪ガキ共を引き連れて、至って上機嫌な様子でそのまま取って返す王島を見送りながら、思わずヤガミはちらりと、なつきの方を振り返った。本当に子供が苦手らしいなつきは、微かに顔を強ばらせながら、賑やかに火事見物に繰り出す子供達と、その真ん中に取り囲まれた王島を見比べている。それに気が付いたらしいはるかが、そろそろと近寄ると、のほほんとなつきに囁きかけた。
「…なっちゃんも、行って来れば?」
「な、なんで私が。」
「うーん、素直じゃないなー。」
「そんなことよりにもよってはる姉に言われたくないわよ!」
| 固定リンク

コメント