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2011年4月 9日 (土)

ふぉのとぐらふの月の光

 

 

***   感謝祭のますかれーど90   ***

 

「観覧車に乗る時間、あるの?」
「……何周も乗るとか、誰かが子供みたいな事を言い出さなければな。」
「でも観覧車って、一周廻っただけじゃ勿体ないような気がしない?」
「…あー、だから、そういうことを言われるとだな…。」
珍しくもしっかりと自分の腕にぶら下がったままのはるかを連れ、ヤガミは居並ぶ屋台の裏手を選んで、食材の段ボール箱などが雑然と置かれた細道を抜けて行った。見物客で混雑している表側の道は、ある程度慌てて右往左往している雰囲気はあるものの、パニックを起こして走り回るような気配も無く、会場内の秩序は何とか保たれているようである。雑踏の中に時折混じって見えるバトルメードの制服が、時に人垣に囲まれて状況説明をさせられたりしつつも、膨れあがろうとする不安のガス抜きに功を奏しているのを確認しながら、ヤガミは彼女らの視線を避けるようにして、さり気なく足を急がせた。

煤まみれの岩神という格好の目眩ましの登場で、呆気ない程簡単に、爆発現場という最前線からの離脱を果たすことが出来たとはいえ、博覧会場を照らす陽の光には、既に夕刻の色合いが漂い始めている。ヤガミは改めて、自分達の本来属する時間軸、夜明けの船へと帰還するためのタイムスケジュールを脳裏に展開した。もちろん今の火星は、戦闘の合間をかいくぐる命懸けの航行管理が必要とされていたかつての状況とは異なり、多少戻るのが遅れたとしても、規律違反という以上の問題がある訳ではなかった。だが、はるかと二人で出港時刻に遅刻し、夜明けの船中の噂のネタにされるなどという事態は、何としても回避したいところである。ヤガミは、既にすっかり覚え込んでしまった博覧会場内の配置図を思い浮かべながら、観覧車への最短の道筋を選んで、通路と物置の中間のような小道を進み続けた。

「…戻る前に着替えも必要だろう。時間は結構厳しいぞ。」
「うーん、そうよね。ヤガミは何だか焚き火くさいしー。」
「お互い様だ、それは。大体、いつまでもそのメード服でうろうろしていると、また叱られるんじゃないのか。」
「え、えーと、騒ぎを起こさなければ、大丈夫なんじゃないのかなー。」
「……これ以上どんな騒ぎを起こすつもりなんだ。」
「や、だからー、騒ぎを起こさないよーにという話をですねー。」
ぼそぼそと小声の応酬を続けながら足早に進んでいたヤガミは、少し広くなった裏道に、屋台の後片付けらしく立ち働いている人影を見付けて、それとなく視線を走らせた。店に広げた商売道具を運び出し、既に撤収を始めているらしくあたふたと働く人々の動きの中に、ふと何かの違和感を感じたのである。

まるで、その違和感が形になって現れたかのように、忙しなく店内と裏道とを往復している人々の中から、一人の男の姿がするりと分離した。そしてそのまま、ヤガミ達に背を向け、反対方向へと通路を歩き始めた。やや長めで収まりの悪い白髪が、背の高い人影にもさりと乗っているようにも見える。ヤガミは反射的に、新しい酸素を脳に供給するように大きく息を吸い込んで、白髪のその後ろ姿を解析し始めた。別段意識しなくても、数時間街中を歩き回っただけで、この国の人間の人種的特徴はヤガミの脳内に充分サンプリングされていた。北国のその名の通り、白髪に白い肌を持つ人々は、がっしりと太い骨格とアクションの大きな立ち居振る舞いの、、寒い国土に適応した体格を持っていた。同じ訓練を積んで同じパワーを獲得したとしても、生まれ持った人種的な身体の特徴とは、簡単に同一になってしまうようなものではない。あの王島でさえ、同じ身長の北国人と並べて較べたなら、その体躯は、僅かに細い骨格の上にしなやかな筋肉を盛り上げた、曲線的な印象の身体に見える筈だった。今正に、ヤガミ達の目前を歩いている白髪の男がそうであるように。

「ていうか、私が積極的に騒ぎを起こしているよーな言い方はー。」
不意に押し黙ってしまったヤガミに気が付かなかったのか、はるかは機嫌の良さのにじむ声で、お喋りを続けている。ヤガミは瞬間、無意識のまま戦闘態勢に移行しようとしていた自分自身に、懸命に制御を掛けた。それこそ欠片の意識もしないままでさえ、正確無比に引き金を引き刃を振るう自分の腕に、はるかがその身を委ねている。ヤガミは真っ向から対立してしまった判断を、懸命に計算し続けた。成り行きで巻き込まれた事件だったとはいえ、あれだけの目に遭わされたのである、その一派と思しき不審人物をこのまま見過ごすというのは、どうにも腹に据えかねた。セオリー通りに動くのなら、はるかを置いてでも目前の不審人物を追跡し、せめて背後関係へと繋がる糸口を手に入れたいところである。その衝動は辛うじてヤガミの足を前進させていたが、しかし、葛藤に引きずられ、歩みはゆっくりと遅くなっていった。この状況で目前に都合良く、敵が出現するなどということがあるだろうか。以前のような戦闘用義体ならいざ知らず、今のはるかの身体能力は、生身の人間の身体と何ら変わることはない。はるかと自分とを引き離すために、釣り餌を目前にぶら下げられている可能性もあるなら、このままはるかを連れて男を追跡したとしても、状況は悪化することになる。

いや、何よりも至極単純明快に、自分がはるかを危険に晒したくないのだ。放っておいても自らトラブルを呼び寄せ、いつの間にやら事件の真っ直中をのほほんと歩いているはるかを、慌てて追いかけることまでは許容するしかないだろう。だが、危険地帯にヤガミ自身が、はるかを巻き込んでしまう、その恐怖が、足元にまとわりつくようにしてヤガミの前進を阻んだ。刹那の戦いを生き抜いてきたヤガミにとって、行動選択に躊躇するなどということは、あってはならないことだった。今この瞬間でさえ、目前の敵を追跡するのなら、僅かな迷いが結果を大きく左右することになるのは間違いない。その時、今度はヤガミのその逡巡が姿を持って現れたかのように、視界の片隅で追跡し続けていた白髪の男の前を、何かが横切った。

つややかな長い黒髪が緩やかに風になびきながら、忽然と現れた華奢な人影に付き従う。その様子を認識して始めて、ヤガミは自分の視界を遮ったものが、人であるのだということに気が付いた。柔らかな夕暮れの気配に逆らうかのような、冴えた白さの長いスカートの裾が、ゆらりとにじんで広がったかと思うと、途端に反転して収束し、はるかよりも少し小柄な、ほっそりとした女性の姿を描き出す。それは確かに、女の姿に見えた。にもかかわらず、まるで風が泳ぐかのように、全く人の気配を感じさせないその人影は、だが揺るぎない断固たる意志を示して、ヤガミと白髪の後ろ姿との間に立ち塞がった。自分の背後に突然出現した人物に、驚いたような動きで、白髪の男が振り返りかけた。そんな男を見やって、線の細い少女のような印象の女性の後ろ姿が、無言のままくいと首を振るう。他者に命令を下すことに慣れきったその動作が、男を促したようにヤガミには見えた。そして、女の動きを受けて微かに首を竦めながら、白髪の男は逃げ出すようにそそくさと足を速めた。

長い黒髪の女性は、白髪の男を見送るでもなく、それきりもう興味は無いとでも言いたげに、ゆっくりとヤガミ達の方へ振り返った。切り揃えられた黒髪の縁取る、抜けるように白い肌の顔の中で、黒目がちの大きな瞳が、じっとヤガミを見据えている。どちらかと言えば幼いと言えるかもしれない顔付きに、だがヤガミは、強烈な違和感を感じて反射的に背を強ばらせた。間違いなく人の姿に見えるにも関わらず、その視界の情報に反して、彼女の姿にも、動きにも、人間の気配が感じられないのだ。大きな黒い瞳に赤い唇、美しい少女のような姿でありながら、その顔には何の表情も浮かんでいない。ただその黒い瞳だけが、感情ではなく、強烈な意志をにじませて、射貫くような鋭さでヤガミ達を見ていた。敵意は無い代わりに、欠片の親近感もない、まるで、野生の肉食動物と対峙しているかのような緊張に、ヤガミは思わず、ごくりと乾いた唾を飲み込んだ。

事ここに至って始めて、どう進むかの方向指示をすっかりヤガミに任せきっていたはるかは、異変に気が付いたようだった。傍らのヤガミの顔を見上げると、いつものようにことりと首を傾げたはるかが、躊躇いがちに小さな声を上げた。
「? どうしたの、ヤガミ。」
その声が迷いを吹き飛ばしたかのように、ヤガミは完全に歩みを止めた。唐突に立ち止まった反動で身体を回転させ、自分を盾にはるかを庇うために、空いている側の肩を前方へと割り込ませる。はるかの温もりを伝える己の腕が、別の生き物のように自ら動き始めようとする衝動を、必死に押さえ込みながら、ヤガミは前方の人影だけに向けられていた意識を、自分とはるかの周囲へと油断無く振り向けた。攻めるより守るのは、いつでも難しい。だが、守るべきものを腕に抱きながら、それを捨てて独りの戦いを選んでしまうことの方が、今のヤガミには逃げであるかのように思われた。

前方には年齢も不詳に見える黒髪の女の姿を捉えながらも、反対側の視界の隅に、不思議そうなはるかの顔が映る。その時ヤガミの視界の中で、透明な青の光が、謎の黒髪の女性の背後を流れ星のように走り抜けた。はっと息を飲んだヤガミの隙を突くようにして、はるかが、折角庇った肩からひょいと無造作に顔を出した。そして前方の人影へと視線を向け、次の瞬間、素っ頓狂な声を張り上げた。
「えっ、み、みふゆちゃん!?」
「……CBとお呼びなさい。」

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