« 一酸化二水素 | トップページ | めんえき »

2012年12月31日 (月)

創作ノート・加賀見の真名衆 肆

ある人物が存在するからこそ、防げた事件があるなら、その人物を欠いたなら事件は起こるべくして起こることになる。だから、ある人物が配置されているのか否かというのは、物語構造の根幹に関わる部分だ。最初からコピー群であることを設定した物語体系というのは、謎解きのためのからくりとしては有用かもしれないけれども、どの物語にも同じキャラクター体系を作らなくてはならないという縛りがあったら、その物語の楽しみははっきりいって大きく損なわれることになるんじゃないのか。その為に、可能性転写という一対一ではない対応規則があるんだろう。誰かを助けるためにその転写であるところの人物に何らかの強制が発生してそこに物語としての必然性がきちんと存在していなかったら。それはただの道具だろう。病気の誰かを助けるために、そのコピーをクローンとして製造して、内臓抜いて廃棄するのか。そんなことに加担するのは断る、そう言ってる。

ただまあ。マスカレードを描き始めた頃、事実として、私は加賀見の一族のことを、忘れていたのに。にも関わらず、青星が勝手に乱入して、物語のベクトルを引き寄せてしまっているというのも、事実だね。

三上瑞穂の祖母は、一族の直系でありながら出奔、他国の男と駆け落ちした人物だ。その子供である瑞穂という女性は、両親を失い、生活に困窮した酷い状況で三上に発見されて、現党首、血の繋がった従兄弟の後妻になったんだが。ただ、体力的に難しい状態での出産の結果として、命を落とすことになる。そうして生まれたのが、瑞穂なんだよね。自分の名前を彼に譲ったのは、母親だ。その設定は、オリジナルのそのままなんだけど。マスカレードを描いてて、青星の辻褄合わせをどうしようとか思っている内に、加賀見一族を思い出した、だからまあ、三上家っていうのは、加賀見一族の一派なんだろう、きっと。

絵に描いたような政略結婚の悲劇を、物語として描いた時に。そこにある真実とはどんなものだろうかと、そういうようなことだ。その真実の言葉をネットの海の深淵から掬い上げるのは、確かに、シーナになる筈だった。豊穣を祈る一族に生まれたものにとって、その名前に込められた想いがどんなものなのか、そういう系譜の真実を。

|

« 一酸化二水素 | トップページ | めんえき »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 創作ノート・加賀見の真名衆 肆:

« 一酸化二水素 | トップページ | めんえき »