比翼の鳥20
イイコの剣鈴を、船腹中央に深々と叩き込まれた敵母艦は、まるでその痛みから逃れようとする巨大な生き物のように、瞬間でじわりと浮かび上がった。しかし、その余りのタイミングの良さを見て、ドランジは思わず緊張に表情を引き締めた。如何に大打撃を与えたと言っても、この速度で巨大なシールドシップに待避反応を取らせることは、不可能だろう。つまり浮上の操船命令は、イイコの攻撃よりも前に通達されていた筈なのである。さらに進路をずり上げて、RBからの距離を広げようとする敵艦に追撃を加えるべく、剣鈴を構え直すイイコ機に気が付いて、ドランジは落ち着いた声を上げた。
「イイコ、深追いするな。もう次弾の装填が終わる、水雷が来る前にシールド展張を。」
「は、はいっ!」
イイコ機をエスコートして、シールドオフのまま見事敵母艦の直下へと潜り込むことに成功したドランジだったが、これを敵に読まれていたというのも間違いないのだろう。シールドを切ってしまったRBが、艦の水測から捕捉困難なのは事実だが、絶対物理防壁というマジックの楯を手放した昔ながらの人形が、大変脆弱な機構でしかないこともまた事実である。シールド無しでは、潜行も加速もままならない。その特別攻撃兵器まがいの人形を操って、宙戦時代を辛くも生き延びたドランジでもなければ、シールドオフのままで敵艦に忍び寄るなどという行動はとても選択出来ないだろうが、それをさらに予測してくる指揮官が存在する以上、こちらの弱点もまた把握されていることは疑いようもなかった。
ドランジは自らの機体にもシールドを展張させ、速度を上げながら敵艦の船腹を離れて、イイコ機を従えて海底方面へと潜行した。敵艦は未だ徐々にコースを競り上げていて、あっという間に距離が開いてゆく。とはいえ、敵艦はこの期に及んでも速度を抑えているのか、深度差は広がっても、相変わらずの定速を保ったまま変える様子は無かった。ほんの申し訳程度に、やる気の無さそうな機群雷が撃ち出されたのを尻目に、ドランジは潜行したまま、艦首へ向かってRBを旋回させた。進行方向に対してシールドを大きく左右に振るったロスの為か、被害が機関にまで及んでいるのか、もたもたとした動きにも見えるその速度は、内部の破壊度を物語っているのかもしれなかった。
だが、この艦の練度の高さを見る限り、油断は禁物である。飛行隊を引き付ける囮役であろうこの艦の行動を考えれば、深手を負ったと見せかけて夜明けの船の接近を待ち、再び牙を剥くことも充分に考えられるだろう。しかし敵の増援本隊が夜明けの船の背後から追い上げている現状では、この艦も速度を上げた方が有利であるように、ドランジには思われた。希望号を夜明けの船から引き離すメリットはあるのかもしれないが、万一各個撃破されてしまったなら、後は悠々と逃走を許すだけという位置取りである。速度を上げることの出来ない理由があるのか、それとも何らかの意図があって定速を維持しているのか、もしそれが敵の作戦によるものなら、飛行隊の選択によっては、夜明けの船を窮地へとおびき寄せることになってしまいかねない。
この判断が戦いの趨勢を左右するかもしれない状況に、ドランジは視線を険しくした。複数のベクトルが戦場に入り混じる艦隊戦において、目前の艦の行動だけで戦況の推移を予測することは、非常に難しい。これまでは、火星派遣軍全体を統合するような指揮命令系統が整っておらず、夜明けの船に対しても場当たり的な受け身の攻撃にならざるを得なかった内情は、ドランジが一番良く知るところだった。だが、夜明けの船の飛行隊がフォーメーションによる戦術を整えたのと同じように、火星に派遣された各勢力間での協力体制が整備された場合、たった一隻の艦しか持たない火星独立軍としては、対応は極めて難しくなるだろう。
重苦しい未来への予感に、厳しい眼差しでトポロジーレーダーの敵母艦を睨み付けていたドランジの耳に、その不安を吹き飛ばすように弾んだタキガワの声が飛び込んで来た。
「イイコもドランジもすげーよ、やったじゃん! これだけ浮上方面に押し上げれば、夜明けの船との深度差も後ちょっとだけだぜ。」
周囲に僚機がいないのをこれ幸いとばかりに、凄まじい単独乱舞で水雷群を平らげてしまったタキガワは、興奮も冷めやらぬという勢いでそうまくし立てた。敵艦の巨大なシールドから離れ、鮮明さを取り戻した声には、攻め倦ねた緊張感から解放されて、抑えの利かない躁状態のような雰囲気すら漂っている。思わず苦笑を浮かべながら、さて釘を差すべきかと迷ったドランジだったが、その機先を制して、遠慮がちなイイコの声が響いた。
「でも、あの、油断しない方がいいと思います。一撃入ったと思う時が一番危ないですから。」
「分かってるって! その想定で、シミュレーション散々痛い目見たもんなー。」
「…タキガワも大したものだな、あれだけの数の水雷を単機で始末してしまうとは。」
「そうですよ、ひとつも残っていないなんて。」
「いやあ、へへへ。」
「……み…な、無事…ようね。」
「ライラ!」
「ライラさん!」
「……速かったな、ライラ。君こそレコード更新なんじゃないのか。」
「あら、もう少し遅い方が良かった? 私、いない方がいいんじゃないのかしら。」
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コメント
こんばんは。
物凄いお久し振りです。
まず、私などのような、無礼極まる者に対し
きちんと向き合い、返信頂けたこと
心から感謝致します。
ありがとう!
最初に
物凄い感動しました!
返信頂けたこともですが
あぎ様の世界観、何を造り上げて、何を成そうか
どう進行し、組み立て、構築していくか
根底の部分に触れられたことです。
何も知らず
絢爛の何を語れるのでしょう?
あぎ様の世界観の何を語れるのでしょう?
私はあぎ様の世界観
その根底に触れてすらいなかったのかも知れませんね
数々の失言
大変失礼致しました!
あぎ様の世界観
あぎ様の描く物語
虜になってしまってます
またちょこちょこ
お邪魔してもいいですか?
また、いろいろ書くかもですが
お相手して頂けたら嬉しいです
投稿: JJRC | 2014年3月10日 (月) 23:08