月面着陸の日
かっ‐しょく【褐色】
黒みをおびた茶色。
かち‐いろ 【褐色】
濃い紺色。かち。
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「にしてもウィッカ、どうして直ぐに顔見知りだって分からなかったんだよ。人騒がせだよなー。」
「えっ!? あ、あの、それは…。」
「それは無理もない、最後に会った時には、はるかはまだ小さかったからね。」
「わー、ウィッカの小さい頃!」
「そんなに久しぶりの再会だったんですのね。」
「うん、少し事情があって、長いことお互いに連絡を取り合えていなかったんだけど。火星にいるという話を、はるかのお姉さんに聞いたんだ、それでね。10年ぶりぐらい、もっとかな。」
「あの、お姉さまの話とかも、初めて聞きますね。」
「ウィッカの小さい頃って、どんな感じだったのかな?」
「うーん、そうだなあ。」
「あっ、あのっ、ちょっと待っ…。」
通常のハンガーでは考えられないような、姦しく盛り上がった若手一同のおしゃべりが、あちこちで脱線を繰り返しながら、堂々巡りのような無秩序さで響き続けている。羽目を外し気味で躁状態の明るさがにじむ笑い声を、絶え間なく背後に聞きながら、ヤガミはむっつりと唇を引き結んだまま、目前の訓練プログラムに手直しを加えて続けていた。有り体に言うと、とっくの昔にプログラムは完成していて、もう何度目かになる些末で無意味なチェックなど、ただの時間稼ぎでしかないことは、当人にも嫌というほど分かっていた。が、楽しげな一同の輪に水を差す勇気が振り絞れなかったというのが、本人も認めたくない本音というものだったのかもしれない。
辛うじてはるかの知り合いであると確認された、土岐という人物は、結局なし崩しに夜明けの船へと招き入れられ、当面は滞在という曖昧な予定で、そのまま共に都市船を離れていた。名目としては、艦に乗せないのなら一緒に残ると言い張るはるかに負けた形ではあったが、どの道はるか本人がどう言おうとも、「はるか・ユール・ヴェーダ」の詳細情報を掴んでいる人物を、簡単に野放しに出来る訳ではなかった。はるかを伴って都市船で自由行動を取られる位ならば、MAKIの完全監視下でもある夜明けの船の艦内の方が、格段に安全なのである。
はるかの本物の知人であることが確認され、彼女自身が相手をどれだけ信用していたとしても、状況に何らの違いはなかった。その判断はヤガミだけのものではなく、夜明けの船の方針決定を預かる上層部内においても、欠片の異論も無く一致した見解だった。過去に客人の名目で艦内に拘束していた人々と同じく、艦内での自由な軟禁状態の間に、背後関係を明らかにする方針で、MAKIによる情報収集が続けられている。土岐という人物が火星に到着してから、既に二ヶ月程が経過し、その間彼が頻繁に都市船間を行き来していたことにまで、MAKIの調査は早くも到達していた。
とはいえ、艦内幹部連の緊張とは裏腹に、決まりきった顔触れの日常に退屈する艦内クルーにとって、ニューフェイスの来訪というのは十分に重大な事件なのである。まるでこの予兆を嗅ぎ付けたかのように、舞い戻っていたニャンコポンを筆頭に、その容姿に興味津々といった女性陣は言うに及ばず、第一次接近遭遇の当事者となったスイトピーに至っては、普段の気位の高い警戒心も何処へやら、すっかりハンガーに入り浸りという状況になっていた。
会話術の巧みなスイトピーは、その能力を遺憾なく発揮し、そつなく新しい情報を聞き出しては、そのたびに話の華を賑やかにしている。否応無く聞こえてくる彼らの声を、半ば嫌々傍受していたところによれば、土岐という男ははるかのはとこに当たり、年齢は12、3年上、美術品貿易の調査や買い付けが仕事で、主に宝飾品、アンティークを専門にしているという。火星には仕事で来ているというフレーズに、何処かで聞いたような言い訳だと、突っ込みを入れたヤガミの心中が聞こえたとでもいうように、土岐という男は、こちらも見事に手慣れた様子で会話の手綱を取って、にぎやかなおしゃべりに区切りをつけてみせた。
「さて、みんなとのおしゃべりも楽しいんだが。もう仕事の時間なんじゃないのかな。」
「あっ、そうですね、もうそろそろ…。」
「そうそう、俺達そんな暇じゃねーんだぜ。」
「タッキーだって、ずっとだべってたくせにー。」
「や、だってみんなが楽しそうだからさ。」
「では、わたくしもそろそろ、お暇しますわ。」
「…おしゃべりに飽きたらなら、各自配置についてくれ。予定通り、今日からは銘々で操縦訓練のプログラムをこなしながら、それに基づいた技能検討を進める。」
またしても先手を取られたのかと、あからさまに不機嫌なヤガミがぼそりとした声を上げると、さすがにしまったという顔をしたハンガーの面々は、自分の持ち場へそそくさと散って行った。入り口前の階段に座り込んでいた彼らの後に、土岐が一人残されると、若手連中が離れたその一瞬を待っていたかのように、はるかが声を潜めて話し掛けた。
「あ、あの、土岐、あのですね…。」
「うん、なんだい?」
「み、みふゆちゃんと、お話し出来ましたか?」
「…うん、少しだけだけどね。」
「そ、そうですか。良かったー。じゃあちょっと、行ってきます。」
希望号前で作業をしていたヤガミにも、その会話は耳に届いていた。先程も、自然に姉という言葉が出ていたからには、この土岐という男は、あのCBと連絡を取り合える仲ということなのだろう。美術品貿易と聞いて、そこはかとない緊張を感じていたヤガミは、背筋の冷たさに逆らうようにして、さりげなく希望号の前を離れた。そんなヤガミの様子に気付きもしないらしいはるかは、すれ違いざまに機嫌良くヤガミに手を振って、ひらりと希望号へ飛び込んでゆく。
はるかを覆い隠して、希望号のハッチが閉まっていくのを、足を踏みしめるようにして見守っていたヤガミの背後で、殊更にゆっくりと土岐が立ち上がった。相変わらず滑らかなその足の運びが近付いてくるのを、まるで、背後にも目があるような集中度でじっと待ち構えていたヤガミに、その緊張を面白がってでもいるような、微妙な笑いを含んだ声が投げ掛けられた。
「ここで私が見学していても、構わないのかな?」
「……どうぞ、ご自由に。」
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