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2019年3月 6日 (水)

草木萌動

 

***   活色の航路16   ***

 

極めて簡素に造られたクルーの個室より、多少はゆったりと整えられた客室のデスクに落ち着いて、土岐は、火星各都市船のニュース情報に目を走らせていた。

それぞれが設計製造の段階から固有の機能を組み込まれ、独自性を伸ばすことで成長している火星の都市船は、住人の気質や文化にも、船ごとに大きな違いが存在している。人口規模は小さいながら、情報の多様さでは、地球のような大陸型惑星国家に引けを取らない。

むしろ、閉鎖環境で濃縮された文化の発展は、まるでシミュレーションモデルのように、加速的であるとも言えるかもしれない。火星独立戦争が終結し、急速に回復しつつある火星の都市経済機能は、正に急進長の直中にあった。

ディスプレイ上で次々と更新されていく、そんな雑多なニュースデータを、のんびりとしたペースで操っていた土岐は、前触れもなく唐突に声を上げた。

「MAKI、この艦から火星の経済統計データへアクセスしたり出来るのかな。」
〈はい、アクセスは勿論可能ですが。閲覧は書庫端末に限定されています。〉
「そうか、書庫まで持ってるんだったね、君は。夜明けの船は本当に面白いな。」

乗船当初から、MAKIの存在に全く頓着しない彼は、他のクルーと同じように、ネットレースとも平然と会話を交わしている。MAKIもまた、入艦初期のコミュニケーションラグに対処するマニュアルを、早々に放棄し、古参のクルー同様の扱いで土岐に接していた。

しかし、ネットレースが当たり前に存在する現代においても、乗員の生殺与奪全てを彼らに委ねるような運用を行っているのは、一握りの艦船、つまりは軍事用途の船舶に限られていた。相手を知性として認識しながら、その腹の内に長時間収まらなければならない奇妙な緊張は、簡単に許容できるような状況ではなかったのだ。惑星間航路の宇宙船や火星の民間輸送船では、運航管理をネットレースに任せるとしても、彼らと言葉を交わすのは、あくまでも一部の運転人員のみに限定するが常識とされていた。

ヤガミが懸念していたように、土岐の順応ぶりは、相当の時間数軍事用船舶で生活していたことによるものだろうと、MAKIもまた同じ判断を下していた。その証明を追加するかのように、土岐はMAKIの存在を使いこなしていた。

「ところでMAKI。そろそろ、その廊下をうろついてるのがいるんじゃないかと、思うんだが。」
〈…はい、はるかが先程から、意味不明な往復を何度か繰り返しています。〉
「うん、君達には意味不明だろうな。こういうのを、逡巡と呼ぶ、次の行動選択に迷う時に現れる挙動だ。無駄とも言えるが、人間には必要な場合もある。時間に余裕がある状況なら、許容して貰えると嬉しいね。」
〈了解しました。〉
「今度ドアの前を通過したら、開けてやってくれ。」

土岐の言葉が終わるか否かという瞬間、軽い空気音が響いた。うろうろと廊下を歩いていたはるかの真横で、唐突にドアが開いたのである。まるで、ドアの向こう側が見えていたようなタイミングで発せられた土岐の命令に、MAKIが瞬時に反応した結果だった。

「……え、えっ!?」

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